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    さんじゅうよん

    @kbuc34

    二次創作の壁打ち。絵と文。

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    さんじゅうよん

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    二人とも高専の生徒だった頃の五と歌の話
    ほぼ五視点

    ##五歌

     正論が、嫌いだ。
     ──────だから俺、お前のことも、最初は嫌いだったんだよ。歌姫。






     ばあん、と苛立ちに任せて扉を蹴破った。
     けたたましく音を立てて倒れ伏した戸板を踏み付け、中に入ると、奥のベッドで横になっていた女がびくりと肩を揺らして振り返る。
     いつもは二つに分けて毛先を結んだ黒髪が、さらりと揺れ、細い首のラインに沿って垂れている。白を覆う黒との対比が互いに互いの繊細さを際立たせて、普段以上に頼りなく見せかけた。
     ちっ、と思わず舌打ちをくれた。
     ずかずかとベッドに歩み寄り近くに用意されていた丸椅子へどかっと腰を下ろしたところ、唖然としていた彼女の焦点が自分の顔の上でようやく定まる。驚きと怯え、それから警戒心で強張っていた表情が、みるみるうちに怒りで染まって険しくなる。
    「ば……ばっ、馬鹿! 医務室の扉蹴倒す奴がどこにいんのよ!?」
    「あ? ここに居んだろ」
    「開き直んな!」
     今すぐ直してこい、と拳を握って振り上げて、怒鳴る。その顔は、青く、白い。
     任務中、呪霊に腹を抉られたのだ。
     傷自体は硝子がすぐに反転術式で塞いだ為命に別状はなかったものの、出血量が多かった。輸血はしたそうだが、だからといってすぐに完全回復するものでもなく、俺を怒鳴る声も普段に比べれば勢いが格段に落ちている。
     華奢な手足。嗄れた声音。そのくせ、威勢の良さは以前と何ら変わりない。顔色の悪さに目はいくが、平然としている。
     見れば、無性に、腹が立った。
    「ッ! な、んの、つもりよ……!」
    「それ、こっちの台詞だっつーの。何のつもり? 体張って助けました〜って、俺に恩でも売った気かよ」
    「はぁ!?」
    「何で庇った? あんな雑魚呪霊、背後取られたところで何てことねえんだよ」
     無限があるのだ、どうせ、攻撃など当たらない。
     それはこの女だって知っている筈なのに、呪霊と俺との間に割って入った。そしてこの体たらく。弱いのだから精々保身に努めていればよかったものを、まったく、余計なことをしてくれたものだと思う。お陰で手間が増えた。
     胸倉を掴んで睨み下ろせば、歌姫は、くしゃりと顔を歪めたまま吐き捨てた。
    「目の前で、仲間が襲われそう、だったら……サポートに入るのは当然でしょ」
    「はっ! 笑わせんなよ、だから、必要ねえって言ってんの、わかんねえ? 弱いくせに下手に手ぇ出されっと、かえって足手纏いなんだよ」
    「…………ったく、うるっさいわね……んなこと、言われるまでもなくわかってんのよ!!」
     私だってあんたなんか助けたくも何ともなかったわよ、と歌姫が怒鳴る。
    「でもしょうがないじゃないっ、体が、勝手に、動いちゃったのッ!」
    「……」
    「ていうかそもそも、共同任務だっていうのにあんたが足並み揃えないのが悪いんでしょ!? 協力しなさいって、夜蛾先生にも、散々言われたのに……一人で先に突っ走って! 単独任務ばっかりじゃないんだから、多少は人に合わせることも覚えなさいよ! ていうかあんた、傍から見てると危なっかしいのよ! 格下相手だからって雑に掃討してずんずん奥進んで、取りこぼしなんかするから背後取られたんでしょうがッ。本当に助けがいらないんだったら、一瞬でも隙なんか見せるなっつーのこの特級馬鹿!! そしたら私だって間に入ったりしなかったわよ!!」
     激昂して掴み掛かったのは俺だった筈が、気づけば立場が逆転している。小さな手が弱々しく胸倉を掴み、引っ張って、ぐいぐいと揺さぶる。体が弱っているせいで、普段の半分も力が出ていない。完全に歌姫の一人相撲でしかなかったが、唾を撒き散らしながら掠れた声で捲し立てる姿はなかなかの剣幕で、怖いとか気圧されたとかそういうことはないものの、ちょっと、唖然とした。
     血の気のない唇からは、こんな時にも、正しい意見しか零れない。仮にも、死にかけたのだろうに。怒りはあるが怨み嫉みはどこにもない。何故こうも、真っ当でいられるのだろう。
     呪術師なんて多少は頭がイカれていないとやっていられない。そういう部分はこの女にだって多かれ少なかれある筈なのだが、しかし、どうして、清い心根は歪まない。怯えも恐れも飲み込んで、容易く、他人の為に命を懸ける。
     正論が嫌いだ。どうせ成し遂げられもしないくせに、口先ばかりで語られる綺麗な言葉に吐き気がする。無常な現実に直面すれば誰もがあっさり掌を返す。にも拘らず、善人を気取って、理想論を振り翳す凡愚が疎ましくてならない。
     それは、この女だって、同じ。
     その筈なのだけれど、吐いた正論そのままに振る舞う姿に、目が、眩む。
    「…………」
    「大体、私の方が、先輩、なんだからね……後輩のあんたに何かあったら、私の責任に、なるのよっ……だから別に、助けたとかじゃ、ないし。義務よ義務。第一、ね、あんたの礼なんて、貰ったところで、二束三文にもなりゃしないのよ。要らないわよんなもん」
     怪我したのは私が油断した所為だし迷惑かけたかもだけどでもだからって思い上がんなよこの野郎、と息も絶え絶えに吐き出して、ぷるぷると、歌姫が震え出す。
     様子がおかしいと思い注視すれば、それでなくとも紙屑のようだった顔色が土気色に変わっていた。襟を掴む拳が、熱い。容態が悪化していた。
     はっとして、すぐ人を呼びに行こうと思ったのだが、その前に、騒ぎを聞きつけてやって来た夜蛾先生と硝子に床に伏した扉と怪我人相手に胸倉を握り合う姿を見咎められて思いっ切り殴られた。









     朦朧とした意識の中で、ごめん、と声が聞こえた気がする。
     いつになくしおらしい様子に、あんたの所為じゃないから気にするな、と言葉を返したところ、苦笑するような吐息が零された。
     直後、額に、柔らかいものが触れる。
     …………目が覚めた時には、もう、何も覚えていなかった。










     復帰の許可が下りた。
     数日ぶりに教室に向かい、自席で教本を捲っていたところ、通りすがりに廊下からひょこりと五条が顔を覗かせた。
    「よっ」
    「げ……」
    「五日ぶりだな歌姫。復帰おっそ」
    「…………誰の、所為だと、思ってんだよッ……」
     硝子のお陰で怪我の治癒は何の問題もなく、順調に回復していたものを、あの日、この大馬鹿野郎が見舞いに押しかけて来た所為で高熱を出して倒れてしまった。そこから丸一日は起き上がれず、二日目で徐々に熱が下がり、三日目でやっと普通に食事が取れるようになった。そして、現場復帰の許可が下りたのが昨日だったのだ。熱さえ出なければあと二日は早かったに違いない。
     じろりと睨んだところで五条はどこ吹く風である。堪えた様子もなく、それどころか「軟弱ぅ」と人を嘲笑い、元凶となったくせに反省の素振りもない。
     からから笑って、五条が言った。
    「ま、元気そうでよかったわ。あれで死なれたら、流石に俺も寝覚悪いし」
    「あのねえ、ちょっと熱出したくらいで、死ぬわけないでしょ……!? あんた私のこと何だと思ってんのよ」
    「えー? そりゃ、ちょっと呪霊にどつかれたくらいで土手っ腹に風穴開けられちゃう、頼りなぁーい先輩だと思ってるけどぉ?」
    「……ッ………五条ォ……あんたって奴はぁあああ……!!」
     嫌いだ。
     本当に、嫌いだ。
     出来ればもう二度と、こいつとは、一緒に仕事をしたくない。
     したくなかったのだが、
    「──あ、そういや聞いてる? 歌姫の次の任務、俺と同伴らしーよ? 病み上がりだし、呪霊祓うのは俺に任せて、歌姫はサポート入れだってさあ。よかったねえ歌姫、三流でも出来る、かぁんたんなお仕事で」
    「は……は、はあ!? ふざけ──」
    「てないです〜っ。嘘だと思うなら、先生に確認しろよ」
    「ちょ、ちょっと…………待ちなさいよ五条!」
     じゃあな、とひらひら手を振り扉の向こうに姿を隠した後輩を慌てて追いかけるもあっという間に廊下の角に飲み込まれて、見失ってしまった。





    「覚えてねえな」
     寝言にしてはしっかりした口調だったのでもしかしたら、と思ったが。しっかり寝ぼけていたらしい。
     ほ、と胸を撫で下ろす。衝動的な行動に後悔をしていた。胸に芽生えたばかりの感情は話に聞くよりもずっと厄介で、手綱を取るには暫く時間がかかりそうだ。
     まあ、多少暴走したところで歌姫はあの調子だし、バレはしないだろうが。
    「はよー」
    「おはよう。どこ行ってたんだ?」
    「ん、ちょっとな」
     一年の教室にはすでに傑と硝子が揃っていた。殆ど同時に寮を出た筈が、随分遅れてやってきた俺に怪訝そうな傑を薄笑いでいなす。
     しかし、机に覆い被さるようにして頬杖をつく硝子が、穿った目をしてこう言った。
    「……歌姫先輩のところでしょ」
    「は? なんで?」
    「反応いいから楽しいのはわかるけど、先輩、真面目なんだから、イジリ倒すのやめなよ。こないだの熱とか、マジで洒落になんなかったし」
    「……」
    「本当だったら、アレ、五日で復帰出来るような怪我じゃないからね? その辺わかってる?」
     君らみたいな規格外のクズと先輩を一緒くたにするんじゃないと、くどくど棘を塗した説教を垂れる。惚けても無駄らしい。
     いつもであれば苛立って、一言どころか二言三言言い返す場面ではある。
     が、今日のところはそうしない。何も言わずに、ふ、と笑って自分の席に腰掛けた。
     ……左右から、不気味なものでも見るような視線を浴びせかけられた。
    「んだよ」
    「どうしたんだ、悟……何か、悪いものでも食べたんじゃないのか……?」
    「全く言い返さないとか逆にキモ」
    「……お前らな……」
     同期二人が酷すぎる。
     むっと口を尖らせかかるものの、溜息を吐いてやり過ごす。今日の俺は一味違うのである。
     ふふん、と得意気に笑う。
     傑も硝子もますます顔を強張らせたが気にしない。俺は上機嫌で鼻歌を歌い、頭の後ろで手を組む。
     ────さて、今日も今日とて世の為人の為、精々励むとしようか。









     やっぱり、正論なんて嫌いだ。綺麗事が罷り通る世の中ならば、そもそも呪術師なんて不要である。「正しい」なんて本来人の数ほど無数に存在するものを盲信して、結果、何も為せないで絶望する惰弱さには反吐が出る。
     けれどもそれを承知の上で、死に臨みながらも、正道を歩こうとするその生き様を憎めない。いっそ煩わしいくらいに眩くて、見過ごすことがどうしても出来ない。
     ────守ろう。
     見ず知らずの赤の他人の為に命を投げ出すのは馬鹿馬鹿しいが、自分の正しさの為に躊躇いなく命を消費しようとする、弱くてお節介な誰某の為ならばそれも悪くはない。それこそ放っておけば知らないうちに路傍に捨て置かれてしまう程度の命なのだ、だったら、俺が拾って懐へ仕舞い込んだって構わないだろう。
     大事に、するから。
     だから、そんな簡単に、命を擲つような真似はしないでくれ。
     ましてやそれが俺の為なんて、冗談じゃない。惚れた女の背中に庇われるとか、そんな情けない格好は御免である。
    「おら、行くぞ歌姫。もたもたすんなよ」
    「もう……なんで私がまた、あんたと一緒に仕事なのよ……!」
    「ぐちぐち言うなよなあ、上司命令だろぉ? 歌姫のだぁいすきな、年功序列ってやつじゃーん?」
    「ふざけんなって言ってるでしょ!? 別に、好きとかそんなんじゃないわ!」
     社会的なルールの話してんのよ、とがなる彼女はぶつくさと文句を言いながらも俺の背中をついてくる。律儀だ。嫌々言いながらも、任務はきっちり熟す気でいる。補助監督からの通達事項を復唱しつつ、注意事項を口酸っぱく俺に言い聞かせようとしている。
     つい、笑った。
     話半分に聞き流すふりをして、苛立ちにささくれてもなお心地よい声音に、耳を傾ける。
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