Recent Search
    You can send more Emoji when you create an account.
    Sign Up, Sign In

    こゆき

    何かのたまり場

    ☆quiet follow Send AirSkeb request Yell with Emoji 💖 👍 🎉 😍
    POIPOI 7

    こゆき

    ☆quiet follow

    ゆるっと今年のバレンタイン凪茨。
    書くにあたって調べたんですがカカオから作るのって結構大変みたいですね。

    ##凪茨

    絆されたとは、まだ信じてやらない。普通、世間では繁華街やショッピングモールの催事場なんかの装飾で季節の移り変わりを感じたりなんかもするだろう。それを遡る事数か月前、雑誌で特集を組むからとオファーが来て、七種茨はまたそんな季節かと感じた。
    茨にとってバレンタインは一種の商戦でそれ以上でもそれ以下でもないはずだった。オファーとして来る仕事は勿論、プロダクションでも様々な企画をしてファンにいかに金を落とさせるか。茨が考えるのはそれが第一だ。今年は”バレンタインのチョコを貰った時の反応”をテーマに所属アイドルを撮影し、ポストカードとしてチョコと共に販売する。
    目新しさこそないものの、推しからチョコが届くという事でファンの間でも反響は上々だった。ランダムでポストカードに直筆サインが入った物を作る事で、より多く購入させるという寸法だ。
    迎えたバレンタイン当日、SNSで反応を確認した茨は低コストながらに中々の盛り上がりだと満足げにタブレットを閉じた。さて、あとは。あと、なんて本当はないはずなのにコズミックプロダクションの一角に陣取った仕事部屋には小さな箱がひとつ。世界有数のブランドで、数粒しか入っていないのに万単位で売られているそれはとにもかくにも人気が高く、ネットでの通販開始後数分で売り切れてしまった物。恋人がチョコレートを好むものだから、高くて物珍しい商品を、と茨自らネットに張り付いて何とか購入した物だ。
    ネイビーのベルベットの箱にゴールドのリボン。四粒入ったチョコレートはそれぞれ味が違うらしく、希少な材料で作られた物らしい。わざわざこうして恋人にチョコレートを準備するなんて、昔の自分が見たら腹を抱えて笑っていた事だろう。恋人の喜ぶ顔を見るのが存外悪くない事だと思う自分に、茨は溜息をついた。

    「……絆されてる」

    多分、きっと。しかし、でも、だって。あの乱凪砂だ。地上に楽園を作るためだと日和と共にEdenの一員として勧誘し、そこから何もかもをプロデュースして仕立て上げたあの最終兵器だ。完璧を形にしたあの男が、何をまかり間違って自分なんかの事を好きだと宣い始めたのか。
    茨はそんな凪砂に勘違いだろうとか一時の気まぐれだろうとか随分色々と言い聞かせてきた。最初は頑なに勘違いでも気まぐれでもないと言い張っていた凪砂だが、途中からは手を変えたのか、一生涯気まぐれを起こすという事にするので気まぐれに付き合って欲しいと言い出した。凪砂が飽きたら終わりにする、気まぐれだというていで付き合い出してかれこれ数年が経過している。
    結局キスもセックスもした。本来の使用用途ではない使い方をした器官が悲鳴を上げた事以外、茨に嫌悪感はなかった。前述したが”自分の考えた最高の最終兵器様”なのだ。寵愛を受ける意味は解らないにせよ、一種の芸術のような男はただただうつくしかった。どこの馬の骨とも解らない女性と付き合いたいと言われたり、性的欲求を解消したいと言われて宛がうための女性を探すより楽なのではとも思い始めていた。そう、利害の一致だと思っていた。最初は。そう、最初は。

    「……茨、いる?」

    コンコン、と控えめに扉がノックされて思いをはせていた張本人が現れる。

    「自分はここにおりますよ、閣下。丁度良かった、閣下を探しに行こうと思っていたところです」
    「……そうなの?」

    後ろ手に扉を閉め、来客や茨の仮眠に使うソファに凪砂は腰掛ける。机の上に置かれたチョコレートの箱に気付いたようで、視線が注がれていた。

    「はい、今日はバレンタインデーですからね。商戦以外にあまり意味はないと思っておりましたが、閣下が最近チョコレートにはまっていらっしゃるので、準備しました!」
    「……ありがとう、嬉しいな。……開けてもいい?」
    「勿論。希少価値がある素材をふんだんに使っているそうです。試食なんかは出来ておりませんが人気が高いのできっと美味しいでしょう」

    凪砂ははにかみながらそっとリボンを解きベルベットの小箱を開けた。宝石のような形をしたチョコレートが四つ、煌びやかな印刷が施されたグラシン紙に包まれて鎮座していた。

    「……綺麗だね。食べるのが勿体ないくらい」
    「実物を見るのは自分も初めてですが、確かにこれは綺麗ですね。人気があるのも頷けます」
    「……こんなに綺麗なチョコレートを貰った後だと、私が渡すのは恥ずかしいな」

    凪砂はそう言うと小さな紙袋を机の上に置いた。紙袋にも箱にもブランドのロゴなんかはなく、どこの商品かは解らない。

    「……茨にあげる。開けてみて」
    「いやあ、こんな下僕の為に閣下の気を遣わせてしまい申し訳ありません!ありがたく頂戴します」
    「……下僕にチョコはあげないからね」
    「……アイアイ」

    恋人だから、と凪砂は念を押す。気恥ずかしいので相槌を打つ位しか出来ないのだが。
    箱を開けてみると、ハッピーバレンタインと書かれたカードと共にトリュフチョコレートが並んでいた。凪砂は渡すのが恥ずかしいと言ったが、どこにでも市販されていそうな美味しそうなチョコレートだ。

    「美味しそうなチョコレートですね。カカオの香りが濃厚で……純度の高い物なんでしょうか」
    「……私が作ったんだ。カカオから」
    「……カカオから?もしかしてわざわざすり鉢で……?」
    「……うん、よく知ってるね、茨」

    カカオからチョコレートを作るとなると、実を洗って炒って、殻を剥いて湯煎しながら何時間もすりつぶさなくてはならないのではなかったか。茨は仕事で参加出来なかったが、ニキズキッチンの面々がカカオからチョコを作ろう、と何時間もかけて試行錯誤を繰り返していたはずだ。頼んでもいないのに弓弦から工程の写真がちょこちょこ送られてきていた。

    「……大変だったでしょう」
    「……まあ、そうだね。でも、茨に喜んでほしくて」

    腕ばかりに無駄に筋肉がつくだとか何とか、小言を並べたいところだったが凪砂の期待に満ちた眼差しに茨はぐっと言葉を飲み込んだ。市販の物と遜色のないそれを一粒、口に運ぶ。苦過ぎず、甘さ控えめのチョコレートは口内の温度でとろりと溶ける。飲み込む時にふわりとラムが香って良いアクセントになっていた。

    「……美味しいです。市販の物だと言われても、気付かない位」
    「……本当に?よかった、口に合って。私も食べていい?」
    「勿論です、閣下がお作りになられたんですから」

    凪砂は一粒口に運ぶと、チョコレートを咥えたまま、茨に口付けた。ああ、そんな馬鹿なカップルみたいな事を。拒む事も出来たが、折角作ってもらったチョコレートを落としてしまうのも忍びない。茨がそっと口を開くと凪砂の体温で既に溶け始めたチョコレートが味蕾を刺激する。そのまま口移しでチョコレートが渡されるのかと思いきや、凪砂は動かず、茨の出方をうかがっているようだった。
    互いの体温でみるみるうちに溶けるチョコレートを、どうにか零さないように茨は舌先で受け止めた。こんなしようのない事をしているせいだろうか、甘くないと思っていたチョコレートはどうにも甘ったるいような気さえして。大部分をどうにか受け取ると、残った欠片まで渡すように凪砂の舌が茨の口内を蹂躙する。いつものように舌先を緩く食むとまたラムが香った。

    「……甘さは控えめにしたつもりなんだけど……甘いね」
    「……食べ方のせいでは?」
    「……ふふ、そうかもしれない」

    舌先に残る甘さがじりじりと身を焦がす。もう一粒、もう一粒と分け合ううちに気付けば箱の中身は半分になってしまっていた。

    「……フェネチアミン、だったかな。チョコレートに含まれている成分。化学的に証明されたわけではなかったと思うけど」
    「フェネチアミン、ですか?聞き覚えがありませんが……」
    「……恋愛化学物質、って言うらしいよ。性的な刺激を感じた時に脳内で分泌される成分らしい」

    恋愛化学物質。何とも便利なネーミングだ。ドーパミンやエンドルフィンの親戚だろうか。しかしまあ、何か分泌されているのかもしれない。チョコレートが溶けきっても尚、戯れのような口付けは止まらなかった。頬が火照って、密着した身体が熱を帯びている。

    「……帰りましょうか」
    「……帰ってしまうの?」
    「ここだと落ち着きませんし、続きは帰ってから、ね?」

    そう、きっとチョコレートのせいだ。柄にもなく胸が高鳴るのも、こんなに甘ったるい痺れが残るのも、全部全部。恋愛化学物質、なんて便利な言葉だろう。全部チョコレートのせいにして、この浮ついた熱を発散したい。
    絆されたとは、まだ信じてやらない。
    Tap to full screen .Repost is prohibited
    🍫🍫🍫🍫🍫🍫💕❤💞💘☺🍫💖❤👏❤❤❤💖💖💖💖💖🍫🍫🍫🍫🍫🍫🍫🍫💘💘🍫🍫☺👏💖🍫🍫🍫🍫🍫🍫🍫🍫🍫🍫👍🍫💕💞❤
    Let's send reactions!
    Replies from the creator

    recommended works