魏嬰が小さくなる話「含光君、魏先輩に何が……まさか先日の……」
「恐らくは」
藍思追は皆まで言わずとも合点が行ったようだった。藍忘機が女性になった際、彼と藍景儀もその姿を目にしている。ちなみに藍景儀はと言えば、未だ玉砂利の上に蹲ったままだ。
刹那、一陣の風が吹いた。藍忘機の抹額が羨羨の目の前で翻る。ひらひらと舞うそれを幼子が掴もうとするのは当然だった。伸ばされた小さな手が抹額に触れた途端、はらりと解けてしまう。
「らんじゃんのひらひら!」
「含光君、抹額が……」
「構わない」
羨羨は長い抹額を気に入ったようで、ぎゅっと握り締めて放そうとしない。藍思追は慌てて周囲を見回すが、幸いと言うべきか他に人影はなかった。
いくら羨羨は魏無羨とは言え、他の子弟に見られでもしたらいらぬ混乱を招く。驚きのあまりに倒れる者が出てもおかしくなかった。
「では暫くは魏先輩はこのままなのですね」
「時が経てば戻るだろうが、いつかは分からない」
「分かりました。何かお手伝い出来ることがありましたらお申し付けください」
藍忘機は無言で頷くと、羨羨を連れて歩き出そうとする。
「どちらへ?」
「叔父上のところへ」
「あの、含光君。それならば、抹額は直された方が良いのでは?」
ようやく立ち直った藍景儀が遠慮がちに尋ねる。多く子弟が羨羨を見た以上、藍啓仁が知るのも時間の問題だ。しかも先日の一件は既に藍啓仁の耳に入っている。子弟の口から聞くよりは、と言うことだろうか。
ただでさえ魏無羨を見て卒倒してしまう彼だ。抹額を幼子に持たせたまま姿を見せればどうなるか、火を見るよりも明らかだった。
自分が持つ白い紐が抹額という物だと気付いたのだろう。羨羨は奪われると思ったのか、胸元に引き寄せて激しく首を横に振る。
「やー!ひらひらしぇんしぇんの!」
「気に入った?」
「あい!」
ふわりと、藍忘機が微笑んだ。どんな花でさえ霞んでしまう程に麗しく柔らかな笑みだった。羨羨の髪を撫でるその姿は慈しみに溢れており、仲の良い親子のようにも見える。
あまりに輝かしい光景に、藍思追も藍景儀も言葉を発することが出来なかった。