魏嬰が小さくなる話「誰も取らないからちゃんと持っていて」
藍忘機は羨羨の抹額を持つ小さな手を優しく包み込む。その目には幼い道侶しか映っていないに違いない。
「ほんと?」
「うん」
「らんじゃんだいすき!」
「私もだ」
「きゃー!」
羨羨は藍忘機の首に飛び付くと、ぐりぐりと頭を擦り付ける。仕草はとても可愛らしいし、微笑ましいのだが、(いつも似たような光景を)見せられる方はたまったものではない。
目の前で繰り広げられるやり取りに、真っ先に我に返ったのは藍思追だった。こほん、と聞こえるように咳払いをして笑顔で告げる。
「含光君、ご一緒しても宜しいでしょうか?」
「構わないが……」
表情こそ変わらないものの、玻璃の瞳には困惑が浮かんでいる。当然、藍思追と藍景儀が付き添う必要はない。そう、心配なのは藍忘機と羨羨ではなく、藍景仁だ。
そして結論から言うと、藍啓仁は卒倒した。藍忘機の抹額が小さな羨羨の手にあるのを見て、恐らくは大体を察したのだろう。あるいは羨羨に十五歳の魏無羨を面影を見たのかもしれない。
ふらりと傾いた体を藍思追と藍景儀が慌てて支えた。
「藍先生ー!」
「しっかりしてください!」
「だあれ?」
「私の叔父上だ」
藍忘機にすれば叔父が魏無羨を見て卒倒するのはいつものことである。騒ぎ立てるほどではないし、家規で禁じられているから、と言わんばかりにすんとした顔をしていた。
藍啓仁の顔は蒼白を通り越して真っ白で彼の心労は察するに余りある。すると、藍忘機の腕から降りた羨羨が片方の手で抹額を持ったまま、もう片方の手で藍啓仁の髭を引っ張った。幼子であるため、勿論遠慮などどこにもない。それを見た藍思追は冷や汗をかき、藍景儀は藍啓仁に負けず劣らず真っ青になる。
「おじうえのひげー!」
「羨羨、やめなさい。叔父上の髭が抜けてしまう」
「いたい?」
「うん。だからやめなさい。叔父上が倒れてしまう」
もう倒れてます含光君、と藍景儀は喉まで出掛けた言葉をどうにか飲み込んだ。敬愛する藍忘機に指摘するなど出来るはずがなかった。もし藍忘機ではなく魏無羨であったなら、藍景儀も遠慮なく口にしていただろう。