名前はまだない 目を見たら分かる、と言われた。その時の柔らかい声音が、先ほどからウルフウッドの思考の中をふわふわと漂っていた。
目の前の焚き火がパチパチと小気味よい音を立ててはぜている。ちらりと横を見れば、赤いコートの男が薪をくべている所だった。焚き火に照らされたその顔を盗み見る。薄いオレンジのサングラスの下、焚き火を映した瞳がちらちらと光っていた。
瞳の色は青だろうか、とウルフウッドは思い、いや緑か、と思い直す。どちらともつかない色だった。暗がりではよく分からない。焚き火に合わせて揺れるそれは、たっぷりと入った水を彷彿とさせた。
――わからんな。
そう思いながら、ウルフウッドはぱちりと瞬く。目を見ればわかる、と男は言った。しかし、ウルフウッドが男の瞳を見ても、分かる事はひとつもない。長いまつげに縁取られた瞳。柔和な印象を覚える。それだけだった。男が何を考えているかだとか、何を抱えているかだとか、そういう事は皆目見当がつかない。
「何だよ……」
見つめていた球体――ヴァッシュの瞳がくるりと動き、ウルフウッドの方を見た。サングラスの隙間から見える瞳。その中に、自分の姿が映り込む。その瞬間、胸のつまるような思いになった。知らない感情だった。居心地が悪くて、逃げ出したいような気持ち。それでいて、異様に引きつけられるような思いにもなる。
「調子狂うわ……」
「は?」
天を仰いでウルフウッドがため息をつくと、男がこちらの方に顔を向けた。いぶかしげな瞳が、サングラスの下でちらりと光る。先ほどのような気持ちにはならない。その事に、ウルフウッドは内心胸をなで下ろす。
「その眼鏡」
「眼鏡?」
「絶対外すな……」
「えっ、なんで!?」
もう一度大きくため息を吐く。調子狂うわ……と再び呟かれた言葉は、ワムズが舞う夜空へと吸い込まれていった。