言葉にならない傷を撫でる 爆発するサンドスチームの様子は怒り狂ったワムズのようで、静かな大地に砂の大波を発生させた。爆発音と共にもくもくと巻き上がる砂塵。その隙間から転がり落ちるように飛び出してきた男二人は、すぐ後ろを走る車に"運良く"回収されたのだった。
異様な状況の中、車内は興奮状態に陥った。悲鳴にも似た運転手の問いかけ。それに返答する男達もまた興奮から脱せずにいた。殺気立ったまま小さな町にたどり着き、気づいた時には、二人はツインの部屋に押し込まれていた。
呆然と、お互いの顔を見る。
ここにたどり着くまで、時間にして一刻ほどだろうか。まだ銃撃戦の音が頭の中で響いている。身体には硝煙の匂いが染みついていた。
最初に動いたのはヴァッシュの方だった。
「弾丸が……」
ぽつりと呟かれた言葉が、静かな部屋の中に響く。ぼうっとしていた葬儀屋もぱちりと瞬き、無意識に自分の腹を撫でた。
「あ? 平気や。止血した」
「まさか。あんなに打たれてたのに」
「ワイの身体がおかしいことぐらい、もう分かっとるやろ。いちいち聞かんと察しろや」
でも……とヴァッシュが言い淀む。不安そうに揺れる瞳を見て、ウルフウッドはため息を吐いた。昨日の今日だ。このまま言葉を重ねても、どうせ言い合いになると予想がつく。そう思い、がん、と大きな音をたててその場にパニッシャーを下ろし、剥ぎ取るようにジャケットを脱いだ。次いで乱暴な手つきでボタンを外し、血がこびりついたシャツを脱ぎ捨てる。
目の前の男の視線を感じながら、ウルフウッド自身も自分の身体を見下ろした。乾いた血がこびりついているものの、傷らしい傷は見当たらない。うんざりするほど綺麗な身体だった。
「もう塞がっとる。肉に押し出されて、弾は全部外や」
満足か、と目で問うと、目の前の男がすっと腕を上げた。
「でもここに傷があった」
ヴァッシュの手がウルフウッドの腹に触れた。それから撫でるように手を動かす。
じわり、と、他人の体温が皮膚を通して広がっていく。
「……傷があったんだよ、ウルフウッド。君は傷ついたんだ。分かるかい?」
ウルフウッドは息を呑んだ。突然のことで、拒絶の言葉が喉で渋滞をおこしている。何か発しようと口を開けるも、痛かったね、と呟かれたヴァッシュの声音がそれを遮った。
呟かれた言葉が耳の奥で反響しているようだった。先ほどまで銃を握っていた手が、慈しむように、慰めるように、自分の腹に触れている。ウルフウッドはそれを見つめることしかできない。
「……手ぇどかせ」
「うん」
何とか絞り出した言葉に、目の前の男は素直に従った。手は離れていくが、肌は感覚を覚えている。傷は消え、痛みも消えたはずの場所が、じくりと熱を持ったような気がした。
――この身体になってから、受けた傷を意識することがあっただろうか。
自問し、いや、と否定する。そんな余裕は無かった。その事を、はじめて思い知る。
サンドスチーム内でのことを、ヴァッシュは聞いてこなかった。問い詰めたって良いはずなのに、ウルフウッドのバックグラウンドを聞くこともない。
――痛かったね。
呟かれた言葉を、ウルフウッドは頭の中で反芻した。
撫でるように通りすぎていったその音を、何度も、何度も。