Recent Search
    Sign in to register your favorite tags
    Sign Up, Sign In

    sabacanz

    @sabacanz

    ☆quiet follow Yell with Emoji 💖 👍 🎉 😍
    POIPOI 39

    sabacanz

    ☆quiet follow

    12/12新刊の『端境につがう』の拾遺短編集に収録予定の猫と兄弟のお話の冒頭部分です。宜しければ………(ごくり)

    『春陽(仮)』※2023年3月刊行予定 炭を一点に固めたような、黒の一点が山間の畑にぽつりと浮かんでいた。
    …よく目を凝らすと、猫だ。首のあたりから何かにつままれ、力なく下がっている。
     その「何か」が気になって左眼を細めると、背後にもう一匹いる事に気が付いた。黒々とした冬の畑を、潮風で運ばれた薄雪が暈かし染めた風景の中に、消え入りそうに紛れ込んでいるのだ。

     白猫の薄く開いた瞳から溢れる眼光は、木漏れ日を溜めた玻璃だろうか。この季節に似つかわしくない、燦然とした煌めきは、険しい冬の吐息に僅かに身じろいだ。

     ―(まずいんじゃねえのか)
    何処からやってきたか分からない猫が二匹も、こんな僻地の山間の畑に。
    それも、あろうことかこれだけ冬が厳しい時期に。

     「…………」

     百之助は長靴を履いたつま先を、軽く重なっただけの雪の結晶の層に染みこませた。徐々に、しかし確実に、彼等の座す一点への距離を詰めるために。


     時計の知らぬ時が襟巻きに積もり、百之助の暮雪の頬に紅く沁みる頃、漸く彼等の目の前に着いた。

     だが、近くに寄っても黒猫は反応を示さず――白猫は、堂々と背を伸ばした儘だ。
    白猫は小さな黒猫―――片目がひどく汚れて、膿んでいる――を咥えたまま、此方をじいっと見据えている。
    「……どうした、お前ら。」
    「ーーン。ナーン……」
    ―もしもし、そこのお兄さん。大変申し訳ありませんけれど、私たちをお助け下さりませんか。
    一声、二声、黒猫の分も…と、白猫が微かな鳴き声を漏らす。そうして、ふる、と一度震えた後に、申し訳なさそうに頭を垂れた。
    「こんな場所で……行く宛てや、家はないのか。」
    「ナーン…」
    ―さようです。

    「…………っち。」
     首から襟巻きを―勇作手編みの、大判のものだ―を外して、二匹の背にかけてやる。そうして、おくるみごと赤子を抱きかかえるように、ざっと抱き上げた。

     二匹とも、意思を示すに至らない儘である。小さく震える黒猫も、ふわふわと膨らんだ白い毛並みの白猫も、まるで雪で誂えたかと錯覚を起こしそうな具合で――少なくとも彼の知っている赤子とは似てもにつかなかった。
     ―なら、二匹で米袋一袋分に届くか、届かないか、くらいか……?

    「……こっちだ。」

     百之助は、言葉を仕舞い込んだ口を堅く結んだ。



    ◇◇◇◇◇



     どういう事だろう。直ぐに戻ってくる筈の兄が戻ってこない。
    「…」
    ―窓だって、特別強く吹き込む潮風で張り付けられた雪で、ぴったり閉ざされている今日だというのに。

     兄の百之助は寒いのにめっぽう弱く、毎年きまって風邪を引く。それは勿論のこと、この季節になると暮雪の肌は冴え冴えと凍てつく気色を呈している。
     故に何か用事があって外へと出るという時だけは、神代の仙人か何かのように外へ出ても瞬時に戻ってくるのだが……かれこれ三十分くらい戻ってこない。今日は柚子皮を使いたいと思うから、すぐ取って戻ってくる。というだけの筈なのに。
     ―よもや、畑で倒れてはいないか。
     しんと静まり返った舟屋の中には、僅かに勇作独りである。古材を撫でつける風雪は音を持たず、沁むばかりであり、屋内には一切の音すら届かない。

    「…‥うん……いけないな。」

     じいっと、独り聞き耳を階下へと向け続けているだけでは限界になった。
     ―やはり、外へ兄様の様子を見に行かないと。
    勇作は先程迄兄と一緒に嗜んでいた珈琲の冷えた残りを一気に飲み干すと、掘り炬燵から出た。兄弟揃って、もうそれなりの歳なのだ。屋内外の寒暖の差で、きゅうっと心臓が絞られるような感覚にでも襲われていたら…と、ついよからぬ想像をしてしまったのだ。


     きん、と冷えた金属のレール上を古材が滑り、分厚い硝子が凍てた木枠の中でガタガタ震えた。
    「……もどりました。」
    「あ、あああ、よかった…‥…兄様、おかえりなさい。…マフラー迄外されて…耳元迄真っ赤で…‥お外は寒かったでしょうに。」

     ―こんなに長い時間、どうされたのですか。と、安堵で緩んだ涙腺をなんとか引き留めて、兄の薄銀差す髪をすっかり染めた雪を払う。
    「……いや、こいつらがだな。」
    「…こいつ…ら…?え??あ、兄様、この子たちを何処で…⁉︎何と冷えてしまっているのでしょう、早く消毒して、温めないと……‼︎」
    「……ほお……なーんだお前さん、『人間様』だけでなく猫に関しても心得があるのか。ははっ、大したもんだな。」
     真っ赤になった鼻をすすりながら、百之助は猫達を抱いた腕に力を込めた。

    「本当に、偶々ですよ。大学の寮の裏に住んでいた仔が居て、獣医科の友人によく懐いておりました。けれど、あの時分の野良猫でしょう?教官に隠れて、俺も一緒にお世話をしていたもので…」
    「はあ。そいつはご経験豊かなことですな。」

     ―ともかく、湯たんぽを用意してきます。兄様は彼らを暫く抱っこしてあげていてください。
    と、朝方しまったばかりの陶製の湯たんぽを取りに、勇作は居室の二階へと一目散に急いだ。

    ▶︎▶︎▶︎to be continued....
    Tap to full screen .Repost is prohibited
    Let's send reactions!
    Replies from the creator

    sabacanz

    DONE12/11新刊の昭和の食堂パロ【端境につがう】より、Twitter用サンプルです。
    兄弟は舟i屋を改造した店舗兼住宅に住み始めた後、段々ひとに囲まれる様になってきました。
    その中で、客人を世話していたのですが……
    端境につがう【双手の揺籃-一九四九-前編】抜粋サンプル 一緒に夕食を取った二人が離れへと休みに下がった頃、明日の朝餉の支度を手短に済ませながら、百之助がぽろりと呟いた。

    「しかし勇作さん、短い間に此処はホントに賑やかになりましたな……あんたツバメだったんですかい。みぃーんな、お仲間引き連れて、ねえ?ったく、巣に籠る暇もありもせんな…」
    「えっ、あ、申し訳ございません、そんなつもりじゃないんですが……‥‥」
    「…ほお……じゃあ、確かめてみねえといけませんなあ‥…」
     調理器具をもとの位置に戻して、前掛けで手を拭く。一日使い倒してきて、すっかりくたくたになっている布地は、五分ほどしか水気を拭えない――限界だ。
    まだ水気を含んだ指先がぎゅう、と勇作のシャツを握る。その指から先―掌から、唇迄をじわり沁み込ませてしまう様に、開襟の胸部分に口付けた。すう、と息を吸い込むと、、勇作の過ごしてきた一日が、百之助の知らない分まで肺一杯に広がった。
    5497