2024Happybirthday KEIGO 啓護くんは、甘いものが大好きだ。
ハロウィンのときは、海外のお菓子を食べる日だと言って、ジャック・オ・ランタンを模したオレンジ色のバケツを抱えていた。
なにか悪戯したいんだろうなというのは、長年の恋人だ。その目を見たら、察することはできた。
『Trick night or Treat night 』
耳元で囁かれた言葉は発音がよすぎて、さして英語が得意じゃない僕には、すべてを聞き取ることはできなかった。だけど、「トリック オア トリート」というハロウィンの常套文句は知っている。
『トリートで』
そういって、猫の舌という名を持つチョコレートを一枚バケツからもらい、食べたのも覚えている、
『俺のお菓子を盗ったな』
ニタリと笑った啓護くんは、お菓子を食べちゃった罪で僕を逮捕して、ベッドの支柱に手錠でつなぎとめた。
そのあとは……あれは結局、悪戯な夜だったのだろうか。それとも、僕が意図せず望んだ甘い夜だったのだろうか。きっと、どちらを選んでも啓護くんは、同じことをした気がするな。
クリスマスは、ケーキを食べる日なんだそうだ。
クリスマス・イブまでは、いろんなお店のシュトーレンを食べた。もちろん、ジンジャークッキーも。
当日も、たくさんのケーキが届けられた。ウィーンの有名店舗のザッハトルテ、京都の老舗和菓子屋が作成した和栗と抹茶のケーキ、高級果物屋さんとコラボしたイチゴがたっぷりと乗ったタルトのケーキ、北海道の有名スウィーツ店のチーズケーキ、近くの美味しいケーキ屋さんで買ってきたブッシュ・ド・ノエル。一つ一つは小さかったんだけど、五個も並ぶと圧巻だった。
『生クリーム系は買わなかったの?』
もちろん、六個目が欲しかったわけじゃない。ケーキよりケンタッキーのほうが、僕は美味しかったし。
ただ、ショートケーキはケーキの定番だし、生クリームは彼の好物だから、なんでないんだろうと思ったのだ。
『そりゃ、お前を食うからな』
意味が分からなかった。お風呂を出るまでは。
僕をベッドに押し倒し、馬乗りになってき彼の右手には、ホイップクリームの絞り袋が握られていた。
『今夜のお前はケーキだ』
ペロペロと乳首を舐められて……次の日、さすがの啓護くんも胸やけを起こしていた。
で、バレンタインデーだ。
世界中の美味しいチョコレートが日本に集まる祭典。そして、啓護くんの誕生日。
チョコレートとケーキが食べられる日だからと、啓護くんは鼻歌を歌いながらiPadをスイスイ操作していく。彼は僕の膝に乗ってくつろいでいるから、僕にも画面がよく見える。
ドライフルーツの入ったチョコレート、チョコレートをまとったクッキー、ナッツ食感が美味しそうなチョコレート、ホットミルクに溶かすらしい猫の形をしたチョコレート、いろんなお酒のボンボンチョコレート。
ありとあらゆるチョコレートが、次から次にウェブ上のカートに入っていく。もちろん、ケーキも日持ちしそうなものが、どんどん追加されていった。啓護くんの買い物だから、僕はなにもいわないけれど……
僕がプレゼントする余地は残しておいて欲しいな、なんて。
どうしよう。今、日持ちしなさそうなチョコレートケーキがカゴに入った。
啓護くんの誕生日プレゼントに、ケーキを作るのは無しにしよう。
去年は手作りのセーターにした。その前は、手袋とマフラー。彼の着ている服はブランド物じゃないし、着る服にはこだわりがないのかなと思って、コツコツ編み上げたのだ。素人ながらに、なかなかの出来だったと思う。
今年も、なにか編もうと思っていたのだ。
彼の服が、老舗のテーラーに仕立ててもらっている一点ものだと知るまでは。
僕ははじめて知った。本物のお金持ちは、というより、由緒正しきお家は、パーカーですらオーダーメイドするのだということを。
無理無理無理無理。
皇室御用達的なお店で、身体にぴったりに仕立てられた高級を超える高級なシャツの上に着られる、僕の手編みセーター。六百年超えの英国老舗店で、アルパカの生地からオーダーされたコートと一緒に着られる、僕の手編みのマフラーと手袋。
もう、絶対に無理。
いまさらやめてといっても、彼は「じゃあコートのほうを捨てる」とかいいだしかねない。だから、いわない。けれど、今年も手編みをするほど心臓は強くない。
けれど、僕よりはるかにお金持ちな啓護くんに、僕が何かを買ってもなー。
いや、絶対に、彼は僕がプレゼントするものは、例え100円の消しゴムでも喜んでくれるけれども。
だからこそ、啓護くんには、僕の気持ちがこもったプレゼントをしたいのだ。
「啓護くん」
「なんだ?」
なにか欲しいものはあるかと聞いてみたかった。だけど、「なんでもいい」といわれるくらいならいいけれど、「セーター二着目」っていわれても、僕が苦しいだけだ。
だから、僕は「糖尿病にならないでね」と、誤魔化すだけにした。
さて、どうしようかな……
+++
バレンタイン当日、つまり啓護くんの誕生日の夕食は、彼のリクエストに応えて、スモークサーモンのサラダとカニクリームコロッケ、ムール貝のミネステローネにした。
サラダはスモークサーモンを薔薇の形に整えたくらいで、あとは切っただけの野菜と啓護くんが好きなレストランのドレッシングをかけただけだけど、カニクリームコロッケは毎度難産だ。カニは、お歳暮解体セールで缶詰を買っておいた。汁はスープに入れ、身をベシャメルソースに投入する。このソースを、成形できるギリギリのゆるさで作成して、カラッとキツネ色にあげるのは、なかなか緊張を強いられる作業だ。細かく切った野菜をカットトマトと一緒にストーブにかけておけば、とろとろ野菜の美味しいスープになっていた。
作業している間は、それに没頭出来てよかったのだ。
「やはり、お前の料理は最高だな」
「ありがとう」
口の端をクッとあげて微笑むのは、彼の癖。眉間の皺も取れているし、本当に美味しいのだろう。可愛い顔でもぐもぐしている姿は、思わずギュッとハグしたい衝動にかられた。いまは食事中だから我慢、我慢。
「「ごちそうさまでした」」
洗い物は食洗器に任せて、僕はソファで啓護くんを抱きしめ頭をヨシヨシした。
「七朗」
「うん?」
「お前、なんか今日変だぞ」
ソワソワしている、と指摘されてしまった。
「うーん。やっぱり、君は誤魔化せないか」
僕は立ち上がり、隠していたプレゼントを取り出し、彼の前に跪いた。
「わ、笑わないでね」
啓護くんの長く美しい指が、不器用にラッピングされた包装を解いていく。
「これは……」
フリフリの真っ白なエプロン。昔ながらの、新婚さんエプロンだ。
「色々感想はあるが、今どきよくこんなの売ってたな」
そういいながら立ち上がった彼は、ニヤリと笑った。
「風呂を入れるから、寝室を温めろよ。今夜は裸エプロンをしてやるよ」
「や、あ、ちがっ」
「ん?」
エプロンを持ち上げた啓護くんは、違和感を覚えたらしく、それを広げて体に当ててみせた。
「可愛い! 啓護くんは、なんでも似合うね」
「そりゃ、どーも。だが、これは俺のサイズじゃないな」
「ぼ、僕のです」
「はぁ!?」
啓護くんはエプロンを両腕を上げて広げて、マジマジと観察をしはじめた。
「まさか、これ……お前の手作りか!?」
僕のサイズのフリフリエプロンなんて、どこにも売ってないよ。だから、コクンッと頷いた。
最近は、ミシンを貸し出してくれるウェブサービスがあるのだ。そこで借りて、白い布やレースもネットで注文した。レースはともかく、ただの布だから町の手芸店で買ってもよかったんだけど、どうしても不審者になる気しかしなかったのだ。
「んぐっ」
啓護くんは、声をかみ殺して笑う。ケタケタと、エプロンが揺れる。フリルが震える。
「笑わないでって、いったじゃん」
「すまん」
ソファに座り直した啓護くんが、今度は僕の頭をヨシヨシしてくれた。
「こ、今夜は、僕が君を料理します!」
僕が突然決意表明したものだから、啓護くんはポカンとした顔をした。
「い、いつもね、その……そういうことをするときは、啓護くんが誘ってくれるでしょ」
「だから、お前から誘ってくれたのか?」
「うん」
肯定すると、ゆっくりと頭を撫でてくれた。
「ありがとう、七朗」
美しく、格好よく、可愛く、セクシーな顔を近づいてくる。
チュッと、柔らかいものが額にあたった。
「嬉しい」
その、まさに破顔という顔に、僕は慌てて前かがみにうつむいた。
「お、お風呂洗うね」
「寝室を温めておく」
僕は真っ赤になりながら、お風呂場に駆け込んだ。
今夜は、どんな夜になるんだろう。
だけど、今日は!
「あ、まだお誕生日おめでとうっていってない!」
なんたる盆暗、でくの坊。プレゼントに緊張していて、失念してしまっていた。
ここまでいわなかったら、これはタイミングを見計らっていわないと。
啓護くん。生まれてきてくれて、ありがとう。僕と生きてくれて、ありがとう。
「ベッドの中で、かな」
格好よく決められるかな。
裸エプロンで。