次までお預け「おい、ちふゆぅ大丈夫か、家ついたぞ」
場地さんの声が聞こえ、薄らと目を開けると見慣れた玄関。
やっと家に帰ってきたという安心感と同時に気持ち悪さが込み上げてきた。
完全に飲みすぎたと後悔しても今更遅い。
目を瞑っても世界がグルグル回ってる感覚にさらに吐き気を催した。
「…ぅう、きもちわりぃ…」
「酒弱いくせに見栄張って飲むからだろ…」
隣からは呆れたように、場地さんの深いため息が聞こえた。
「あとはもう寝るだけなんで…すみません…」
これ以上は迷惑をかけられない。
場地さんにお礼を言うため、頭を下げようとした瞬間、ぐわんと一気に視界が揺れる。
思っていたよりも足がふらついていて、バランスを崩し、玄関の段差に躓いてしまった。
「…わっ!」
「うぉっ…あぶねーよ、ばか」
床に倒れそうになったところで、俺の腕をぐい、と場地さんが力強く引き上げる。
その反動でお互いの身体が密着し、鼻先が触れるまで一気に縮まる距離。
目線の先、近距離で場地さんと目が合ってぶわああと一気に全身に血が駆け巡った。
これは酒のせいだ、きっと。
酒が回ってるんだ。
「っ…すみま、せ」
はっと我に帰り、顔を背けて視線を逸らした。
何秒間見つめ合ってたのか。
まるで世界に2人だけになったような、不思議な感覚だった。
「…千冬」
少し低めの声で名前を呼ばれた後、場地さんの手が顎に添えられた。
そのままくいっと軽く持ち上げられて無理やり場地さんの方を向かされる。
再び目があったそこで、蜂蜜のようなゴールド色の瞳に思わず吸い込まれそうになった。
そして、顎に添えられていた手が移動してきて、俺の頬に触れると、ゆっくりと場地さんの顔が近付いてくる。
俺は反射的に目を瞑った。
…キス、されると思った。
そう意識しただけで全身に力が入った。
しばらく時間が空いた後、頭を軽くポンポンと叩かれる感覚に目をゆっくりと開けた。
そこには、ニヤニヤと口角を上げて意地悪そうに笑っている場地さんがいた。
「酔った流れでこーゆーのしたくねぇから次までお預け」
「…へ、」
「ん、じゃまず今日はゆっくり休めよ」
場地さんは、呆然としてる俺に向かってひらひらと手を振って出て行った。
玄関に1人取り残される俺。
場地さんの言葉を思い返す。
次があるって、ソウイウ事だよな?
考えれば考えるほど場地さんの事で一杯になって、ぐわんぐわんと頭が回る。
これは酔ってるから?
いや、場地さんのせいだ、と俺は確信した。
「次っていつだよ場地さん…」
その日が意外と早く来ることを、この時の俺はまだ知らなかった。