爆竹「前にどこかで聞いたんだけど」
書類に文字を書き込む手を止めないまま、弓親が口を開いた。
「現世の一部の地域では墓場で爆竹を鳴らす風習があるんだって」
「……それで、まさか爆竹の発注までしたってのか?」
「そんなことはしてないよ。そもそも、僕が頼んだのは隊葬の用意だけなんだってば」
つい先日。
現世に赴いた数名の先遣隊は破面との戦闘を余儀なくされた。
そこで破面の一人、エドラドと対峙した一角は戦いの中で劣勢に追い込まれた。
その戦いをそばで見ていた弓親は、一角の葬儀の用意をして欲しい旨を瀞霊廷側に伝えた。
結果的にそれは杞憂に終わり、一角はエドラドを倒して生き残った。そして誤算だったのが、瀞霊廷側の迅速な対応だった。
「あの一言で、除隊手続きに住居やら諸々の解約と墓場の申し込みまで手続きが進められちゃうなんてね」
「……」
一角は苦々しい顔で記入を終えた書類を左へ。そして右の書類の山から新たな書類を手元へと。
さして悪びれることもなく弓親は謝罪を口にする。
「悪かったね、こんな面倒なことになるとは」
「……あの状況じゃしょうがねえ」
破面相手に一角は辛くも勝利を収めたが、満身創痍だった。
その後、寄宿先に決めた家に半ば強引に転がり込んで怪我の介抱をして、翌日になって弓親が隊葬の撤回を求めた頃には後の祭り。様々な手続きが完了した後だった。
隊葬のキャンセルを通すのもなかなかに大変だったが、本当に大変なのは尸魂界に戻ってきてから。
除隊の撤回書。再入隊の申請書。入隊登録証明書の再発行書。席官の着任書。斬魄刀の抹消取消申請書。再登録書。
撤回、再申請、また撤回申請の嵐。
こうして執務室でそれぞれの机に向かって黙々と書類記入に追われる羽目になった。
記入を迫られたのは当の本人だけでなく、隊葬の申し込みをした弓親もだった。
一角ほどの量ではないが、机に溜まった書類の一枚を手に取る。
「お墓についての書類見てたら、思い出してさ」
「爆竹をか」
いい加減繰り返しの作業に飽きた二人は手を止める。
「つうか、なんのために墓場でそんな傍迷惑なことすんだ?」
「確か魔除けだって言ってたかな。それに、爆竹を鳴らすのはお盆だけらしいよ。死んだ直後や墓参りのたびにやるわけじゃないみたい」
「魔除けどころか霊魂も虚も嫌がって逃げてくだろ、そんなモン」
墓場といえば、おしなべてしめやかなものだ。
けたたましい音と火薬の匂い、煙。
爆竹がもたらす騒ぎがその場を席巻するのは一体どのような情景なのか。
「まあ、湿っぽいよりはいいかもしんねえな。派手になりそうだし」
「そう言うと思ったよ、君は」
弓親は悪戯っぽく笑う。
その笑顔を見て一角はあの夜を思い出す。
戦いを終え、血を流し硬い地面を這いずった先で。
三日月が浮かぶ夜空を背に笑いかける弓親は、一角があの戦いで死ぬなどとは微塵も思っていないようだった。
ただ、本当にそうであれば隊葬の連絡などしないはずで。
弓親が内心どう思っていたかは一角には分からない。問いただそうとも思わなかった。
あの夜、あの場所で自分が斃れたとしても。
弓親はきっと同じように笑ってくれただろう。