彼の話をしよう 俺の名前は柴八戒。歳は26。仕事はモデルをしている。
最近そこそこ名が売れてきて、雑誌やファッションショーだけでなく、テレビのバラエティ番組などにも引っ張りだこ、
自分で言うのもなんだが、人気モデルの枠に入っているんじゃないだろうか。
そんな人気急上昇中の期待の若手モデルの俺は、最近高校の頃からずっと付き合っていた恋人と晴れて結婚した。
恋人の名前は、タカちゃん。歳は俺の1つ上の27歳。仕事はデザイナー。かっこいいだろ?
タカちゃんは本当にめちゃくちゃかっこいい。かっこいいし、かわいい。
料理はできるし、すっげーオシャレだし、仲間思いで頼りがいもあるから、みんなから慕われてる。
あと、ケンカがめちゃくちゃ強い。体は俺の方がデカイけど、タカちゃんと本気でやりあったらたぶん普通に負ける。
タカちゃんの好きなトコ?そんなん全部だよ!ぜーんーぶ!!!
顔もかっこいいし、声も色っぽくて好きだし、笑った顔もサイッコーにかわいくて好き。実家の家族のことすげぇ大事にしてんのも、
俺の家族も同じように大事にしてくれてんのも、もう本当ぜーーーーんぶ大好きなの!!!
俺たぶん、タカちゃんのおしっこなら飲……
バコーン!!!!
ものすごい鈍い音が部屋中に響いた。
「っっっっってぇぇぇ~~~~!!なにすんだよ!バカ柚葉!!!」
「バカはアンタでしょ!このヘンタイ三ツ谷オタク!!アンタ今私が止めなかったら、三ツ谷もドン引きのとんでもないこと口走ろうとしてたんだからね!!止めてもらったこと感謝しな!」
「だからって……そんな硬いもんのカドでしばかなくってもいいだろ…まじで痛い、血ぃ出てない?」
柚葉の手にしっかりと握られている分厚いファイルをじッと睨みながら、抗議する。
「そんな顔してもダメなもんはダメ。アンタ、曲がりなりにもイメージが大事なモデル業やってんだから。あんま変なこと言ってると仕事来なくなんでしょ!」
すみません、さっき言ったこと絶っっ対に記事にしないでくださいね!そうです、おしっこがどうとかのとこ!
俺の敏腕マネージャーの柚葉が、目の前のインタビュアーに笑顔で釘を刺している。目が笑ってない。
女性向けファッション誌の表紙を飾ることになり、それに伴って見開きで6ページ、俺についてのインタビュー記事も掲載されることになった。
今日はそのインタビューの日。女の人がニガテな俺のために、インタビュアーの人も男性にしてくれていた。
その人がなんせ聞き上手で……俺はペラペラと愛するタカちゃんについて色々と喋ってしまった。
――――――――
元々、タカちゃんのことは特に隠していなかった。長く付き合っている恋人がいる、という話はいろんなところでしてきた。
所属している事務所も、もう大人だから恋愛のことは本人にまかせてまーす、のスタンスだったので、メディアの前で恋人の話をすることを咎められたりもしていない。
それに、社長はタカちゃんのことをめちゃくちゃ気に入っているので、俺たちの結婚にも前向きだった。
結婚と言っても同性同士。日本の法律では一般的な男女のように婚姻届けを出して結婚、という事はまだできない。
ふたりで色々話し合って、俺たちは養子縁組の方法を選んだ。
手続きがおわって晴れて家族になれた日、俺は嬉しくて嬉しくて舞い上がっていた。
俺の苗字になったタカちゃんが愛おしくて愛おしくて、外だったけど、人気のない路地裏にタカちゃんを引っ張り込んで、ちゅ、と唇が触れ合うだけのキスをした。
「これからよろしくね、タカちゃん」
「うん、こちらこそ末永くよろしく」
へへ、と照れたように笑うタカちゃんを見てたらムラムラしてきて、そのままタクシーを拾って急いで家に帰った。
それから数日後、事務所にとある出版社から分厚い封筒が届いた。
中には発売前の週刊誌が一冊。同封されていた書面を見ると、
柴八戒さんと恋人がキッスしてるとこ撮っちゃいました!スクープとして明日発売のこの雑誌に載せまーす!よろしく!って感じの内容。
おー、本当にこんなことあるんだ~、俺もゲイノウジンになったな~、なんて呑気に思っていると、「ハァ~~」と横からでっかいため息が……
「アンタねぇ、あれほど人前でイチャつくなって言ってたのに…」
あきれ顔の柚葉を制して、社長が口を開く。
「まぁ、撮られちゃったもんは仕方ない。発売は止められないからね。それより、八戒はどうしたい?」
社長からそう尋ねられて、目の前の雑誌に視線を落とす。
“人気モデル柴八戒、結婚秒読みのウワサのお相手は男だった!!”
キスをしている写真と、その後見つめ合っている写真の隣に、デカデカと書かれている見出し文字。
タカちゃんにはモザイクかかってるけど、服装とか体格見ると男だってすぐわかる。記事の内容はしっかり読んでないけど、男同士という事をセンセーショナルに書いていることはわかる。
まぁ仕方ないことではあるけど、俺は別に男同士なことをひた隠しにしていたのではなく、聞かれなかったから特に言ってなかっただけで、近しい仕事仲間や友人はみんなほとんど知っている。
「なんか、すげぇ物珍しそうな感じで書かれてるけど、ちゃんと俺たちがどんな夫婦かなんて一つも書かれてないのが悔しい。タカちゃんがどんなにかっこよくてやさしくて、最高のパートナーかってことがいっこも伝わらないじゃん、これじゃあ!」
「うんうん、そうだね」
「だから俺、俺とタカちゃんのこと、ちゃんと知ってもらいたい!こんなカタチじゃなくて、自分の言葉でみんなに言いたい!」
「よしわかった!そういうことだ、柚葉、よろしくね」
俺の言いたいことを全部聞いて、社長は柚葉に声をかけると、そのまま部屋を出て行った。
え?どういうこと?何がわかったって?状況が分からなくて、隣の柚葉の方を見ると、柚葉はいつもスケジュール管理に使っているタブレットを取り出して言った。
「今度、ファッション誌のインタビュー受ける仕事あんでしょ?あれ、元々柴八戒を丸裸にしよ~!みたいな、アンタのことを深く掘り下げる内容を予定してたの。だからこの際、そこで結婚のことや三ツ谷のこと全部話しちゃえば?ってこと」
「え!!いいの!?全部話して……」
「三ツ谷がOKならね」
そうだ、タカちゃんにも聞いておかなきゃ。タカちゃん案外恥ずかしがり屋だからな、あんまりそういうことあけすけに言われるの嫌かもしれない。
スケジュール表のある日にちを指さしながら、「ここね、インタビューの日。この日までに三ツ谷に話しといて」そういうと、柚葉はどこかに電話を掛けながら部屋を出て行った。
「タカちゃん、いいって言ってくれるかな……それよりキスしてたとこ撮られたこと怒るかも……!」
男同士で付き合うとき、タカちゃんは事も無げに自分の家族に報告していた。それに対してタカちゃんの妹たちやお母さんは、「そうなんだ、おめでとー!」くらいの感じで、特に驚きもしなかった。東卍時代の仲間や友人たちも、俺とタカちゃんが付き合うことを聞いても反応は同じ。逆に、「は?いままで付き合ってなかったン?」と驚かれたほどだ。
しかし、今回は状況が全く違う。同性同士という事を受け入れられない人だってもちろんいるだろう。そのことで、何かタカちゃんが世間から嫌なことを言われたりしないとも限らない。お互いの仕事に少なからず影響は絶対にある。公表するということは、そういうことなのだ。
柚葉がいつの間にか呼んでいたタクシーに乗り込み、自分の家へ帰る。結婚を機に、少し広いマンションへ二人で引っ越した。
オートロックを解除してエレベーターに乗る。音もなく静かに上昇し、目的のフロアに着いたことを知らせるアナウンスが聞こえた。エレベーターのドアが開き、自分の部屋へと歩きだす。
腕に着けている時計を見ると、20時を少し過ぎたころだった。
――タカちゃん、もう帰ってるな
部屋の前まで来ると、中から少し物音がして、人の気配が感じられる。やっぱり帰ってる。
ドアを開けると、フワっといい香りが鼻をくすぐった。あ、これカレーだ!
「ただいまー!」
少し大きめの声で帰宅したことを知らせると、
「お!おかえり」と、愛しい奥さんが顔を出した。
「今日はカレーなんだ!いいにおい」
「ごめんな、今日ちょっと時間なくて。カレーと、あとそこのスーパーで買った総菜だけど」
「じゅうぶんだよ。いつもありがと」
ちゅ、とタカちゃんのおでこにキスをして、抱きしめる。
「風呂湧いてるけどどうする?腹減ってんなら先に食うか?」
「うん、先に食べる。そんで食べたら一緒にお風呂入ろっ」
「ん、わかった。じゃあ手洗ってこい」
抱きしめられていたタカちゃんは、ポンポンと俺の背中を叩くと、夕飯の準備をしにキッチンに戻って行った。
「タカちゃんのカレー最高!おいしい!!」
「市販のルーだぞ。だれが作っても同じだろ」
俺がいつものようにタカちゃんの料理をほめると、笑いながらタカちゃんが謙遜する。かわいい。新婚って感じ。
結局、3回おかわりした。「そんな好き放題食っていいのかよ、モデルなのに」心配するタカちゃんをよそに、俺はヘーキヘーキ、とだけ答えると、カバンの中からあの封筒を取り出した。
中の雑誌を引き抜いて、例のページを開く。2回目のおかわりを食べてるタカちゃんに、ズイっと雑誌を差し出した。
まだ食ってんだけど……と不満を漏らしていたタカちゃんだったが、俺が差し出した雑誌を見て、スプーンを置いて黙った。
「明日、それ発売されるんだって」
「…………」
「ご、ごめん!!!タカちゃん!!おれ、あの時舞い上がってて…誰が見てるかもわかんないのに……この写真じゃモザイクかかってるから、タカちゃんってことはまずわかんないと思うんだけど、それでもこんなカタチで世間に知られることになっちゃってほんと、あの、」
「よく撮れてんじゃん」
「へ……?」
「この写真のお前、めちゃくちゃいい男、ホラ」
持っていた雑誌を俺に見せながら、これこれ、と俺の写真を指さすタカちゃん。
予想を反するタカちゃんのリアクションに、俺は少し、いや、だいぶ拍子抜けした。
「あ、ほんとにいい男……いやそうじゃなくて!タカちゃん、怒んないの?」
「ははっ、なんで俺が怒んのよ」
タカちゃんは、軽く笑いながらそう言うと、スプーンを持って再びカレーを食べ始めた。
美味しそうにカレーを食べているタカちゃんを見つめながら、俺は次に言う言葉を頭の中で必死に探していた。
「俺、お前と家族になったあの日な、今まで生きてきた中で一番うれしかったんだよ。ホントに」
先に切出したのはタカちゃんの方だった。
「何がなんでも絶対お前のこと幸せにするって決めたの。あんとき」
「それは……俺もだよ!」
「あの日、あの時キスしたことも含めて俺の一生の最高の思い出」
「うん……」
「だから、その時こと後悔してるみたく謝んのやめろ。な?」
「うん」
よし、わかったならオッケー!そう言ってタカちゃんは残りのカレーを食べ終えると、ごっそーさん!と立ち上がって、空になった皿をもってキッチンへ歩いて行った。
タカちゃん……相変わらずほんと男気あってかっこよすぎる……大好き……!!俺も慌てて自分の皿をもって、タカちゃんの後を追いかけた。
その後、二人で一緒に風呂に入りながら、インタビューのことを話した。タカちゃんは二つ返事で「いいよ、なんでも喋ってこい」と無邪気に笑いながら言った。
ほんとになんでも喋っていいの?ちょっと意地悪く、タカちゃんの耳元で言うと、タカちゃんは顔を真っ赤にしながら「へ、変なことは言うなよ!夜のこととか!」と慌てている。
そういうところも本当にかわいい。タカちゃんと家族になれてよかった。心底幸せをかみしめながら、その日は風呂で1回、ベッドで3回シて、翌日タカちゃんから怒られた。
そんなこんながあっての今日のインタビュー。いかに俺がタカちゃんのことが大好きか、タカちゃんも俺のことが大好きか、幸せかという話をたっぷりさせてもらった。
俺のタカちゃんへの想いは十分に伝わっただろうか……柚葉は、ウザイぐらい伝わったからもういいと、ウンザリした顔で言った。
そういえばあの週刊誌が発売された翌日、数名の記者がタカちゃんから一言もらおうとマンション前で待ち構えていたことがあった。
事前に、もしかしたら記者に取り囲まれるかも……ドラケンくんの家にでも一時的に避難させてもらう?とタカちゃんに提案していたのだが、タカちゃんは、
「なんで俺ん家なのに俺が逃げなきゃいけねーの。いーよ、適当にあしらっとくから。ただでさえお前海外ばっかで一緒に居られる時間すくねぇのに、日本にいるときぐらいなるべく一緒にいたいだろ」
と、そんな風に事も無げに言った。俺は思わず「タカちゃん!!」と、叫んで抱き着いて泣いた。
おい全世界の人類たちよ、これが俺のパートナー、タカちゃんだ!!!どうだ!!うらやましいだろう!!!
翌朝、案の定マンションの前に報道陣が集まってきていたが、タカちゃんは気にすることなくいつも通りの時間に家を出た。
一人の女性記者に「柴八戒さんのご結婚相手の方で間違いないですか!?」と問いかけられると、
「はいそうです。ご祝儀、おまちしてまーす」と綺麗な顔で笑った。
インタビューが載ったファッション誌は、話題性バツグンで、飛ぶように売れたらしい。世間の反応も思ったほど悪くなかった。
俺もタカちゃんも、仕事に支障はほとんどない。支障がなさ過ぎて、俺はまた明日から海外だ。今回は2週間とそこまで長くはないが、新婚が2週間も離れるなんて異常だぞ!!と柚葉に抗議するも、はいはいごめんなさいね~と軽くあしらわれただけだった。わかってたけど。
――――――
「あ、……んっ、はっかい、もう…」
俺の下で、愛しのタカちゃんが気持ちよさそうに体をくねらせている。
「ん、挿れてほしい?」
コクコクとタカちゃんは頷いて、俺の体に腕をまわしてきた。
俺は、ガチガチで今にも爆発しそうな愚息を慎重にタカちゃんの中に沈めていく。
「ああ……はぁっ……ン、あ……」
タカちゃんの色っぽい声がダイレクトに耳に入ってきて、それ聞いただけでイキそうだったけど、なんとか耐えてゆっくりと腰を動かした。
「タカちゃん、きもちい?」
「ん、んっ、あ、きもち……」
「明日からまたしばらくできないから、今のうちにいっぱいきもちよくなろーね」
「う……んっ!ああっ!」
ずちゅ!ぐちゅ!
俺のモノを出し入れする度に、ローションの湿った音が寝室に響く。
タカちゃんも俺も、限界が近かった。
俺はだんだん腰の動きを速めると、きゅんきゅん締め付けるタカちゃんの奥に思いっきり精を放った。
翌朝、タカちゃんが作った朝ごはんをしっかり食べて、行ってきますのチューをして、俺は家を出発した。
2週間なんてどーってことない。なんせ俺たちは最長半年も離れてたことあるんだからな!!!
誰に言うでもなく、頭の中でそんな事を思いながら、空港までの道を急いだ。
結婚生活はまだまだ始まったばかりだ。