告白されたいタケミチくん♀① せっかく可愛い女の子に産んだのに。
そんなふうに母親にはよく嘆かれた。まあ、母親の気持ちもわかる。小さい頃から男とばっかり喧嘩して、傷だらけになって帰ってくる娘に小言のひとつも言いたくなるのだろう。一応弁解しておくと、喧嘩は弱い者いじめが許せなくてふっかけているだけで、誰でも彼でも殴っているわけじゃない。それに、最近のオレは変わりつつある。喧嘩ばっかりしてたオレも女子高生という肩書きを持ち、それなりに女の子らしくなってきている。可愛い洋服も好きだし、かっこいいアイドルを見ると胸がときめくし、タピオカだって飲んじゃうし、それに恋だってしたい。
そう、恋だ。ここ最近のオレはソワソワしている。なぜなら、彼氏が出来そうな気配があるからだ。
はっきりと言葉にされたことは無いけど、絶対にアイツはオレのことが好きだと思う。そういうのって、雰囲気でなんとなくわかる。
手を伸ばせば、すぐ届きそうな恋の気配。しかも、もうすぐ夏休み。海、花火、祭りと楽しいイベントが目前に控えている。浴衣で夏祭りデート、花火を見ながらファーストキス……。オレは絶対に夏休みまでに彼氏が欲しかった。
オレを好きに違いない。そう確信している相手は親友の弟だった。オレの親友のヒナは優しくて、正義感に溢れ、外見もめちゃくちゃ可愛い。中学からの自慢の親友だ。そのヒナの弟がナオト。ちょっと素っ気ないけど、遊びに行くと必ずこんにちはって挨拶してくれる可愛い奴で、ゲームに誘ったら一緒に遊んでくれるし、頭がいいからテスト前は勉強を教えてくれたりもした。ひとりっ子のオレは弟が出来たみたいで嬉しくて、ついついスキンシップが多くなった。
「ナオトすげぇじゃん!」
ゲームに勝ったナオトの頭をくしゃくしゃと撫で回したり、
「これ、マジで面白いから見て」
ナオトの肩に顎を乗せて一緒にスマホの動画を見たりしていた。
親友の弟だという気安さから、距離感がおかしくなってたのかもしれない。高校生になるとナオトは恥ずかしそうに目を逸らすようになって、いつもの「こんにちは」の声が上擦るようになった。
オレもナオトを意識するようになるのに時間はかからなかった。
「タケミチ君、アイス食べますか?」
「うん、食いたい!」
ちょうどコンビニで買ってきたから、とナオトはアイスをくれた。受け取るときに指先が触れて、ビクッとナオトの肩が揺れた。オレはそれを見逃さなかった。
――絶対オレのこと好きじゃん。
――あと、コイツ間違いなく童貞だな。
自分のことを棚に上げて、心の中でふっと笑った。中学時代のナオトはオレより背が低かったけど、今はかなり背が伸びてオレを見下ろしている。いつもは涼やかなナオトの目元はピンク色に染まっていた。さっき触れた指先を落ち着かない様子で擦り合わせている。
――早く告白してくれたらいいのに。
ナオトが告ってくれたら、オレは年上の余裕で「付き合ってあげてもいいよ」って言う準備は出来ている。
そんなふうにソワソワと告白される瞬間を待っていたけど、どんなに待ってもナオトからの告白はなかった。
「千冬ぅぅ……告白って、どうやったらしてもらえんの?」
「は? そんなの待ってねぇで自分から告ればいいじゃん」
オレは同じ高校の友達である千冬に泣きついた。千冬はオレと同じ馬鹿だけど、意外と恋愛に関しては知恵がある。
「オレは初めての彼氏には、絶対に告白されたいの!」
「タケミっちって、謎に乙女なところあるよなぁ……普段は男みてぇなのに」
千冬は呆れたように笑い、読んでいた漫画雑誌をパタンと閉じた。そして、もう一度ニヤリと笑った。
「しょうがねぇな。オレがとっておきのテクニックを教えてやる」
「マジでッ?! なになに?」
「『わざとだよ♡』作戦だ」
「……えっ……なんか、よくわかんねぇけど凄そう」
「タケミっちは、矢沢あい先生の名作NANAの、幸子の名シーンを知っているか?」
「知らない」
「読んでおけ、名作だ」
「おう。それはわかったから、その作戦の中身を教えてくれ」
「つまりだな、まず男を戸惑わせる行動をする。ちょっとドジったり、呆れさせる行動がいい。男から『何でそんなことするのか?』と聞かれたら……」
「聞かれたら?」
「『わざとだよ?』と返す。コレだけだ」
「えっ……それだけ? そっからどういう仕組みで告白されんの?」
「あのな、タケミっち。これをされたら漏れなく男は、『オレの気を引きたくてそんなことしたのか♡可愛い奴♡』ってなるんだよ!」
「すげぇ! それで相手から告白を引き出すワケか!」
オレは腕を組んで感心した。さすが少女漫画愛好家の千冬だ。こちらから決定的なことを言わず、相手から言わせるように仕向ける……オレの望んだ通りの作戦だった。
「早速やってみるよ!」
「頑張れ。でも、あんまり変なことすんなよ。タケミっちは一応オンナなわけだし……」
オレは浮かれていた。だから隣で千冬がいろいろと忠告してくるのを「ハイハイ」と聞き流してしまっていた。
作戦を決意したオレは早速準備に取り掛かった。
まずは、身体の線にぴたりと沿ったタンクトップと、ミニスカートに着替えた。タンクトップは丈が短くて、少しだけお腹が見える。いわゆる腹チラだ。ミニスカートはハイウエストのフレアで、腰のラインから太ももまでが綺麗に見える。ショップの店員さんに「かわいい〜♡とってもお似合いです♡」と褒められて買った。なるほど。鏡を見るとなかなかいい感じだった。いつもは楽ちんでゆるい服ばかり着ているから、ナオトにアピール効果はあるはずだ。
ピンポンと呼び鈴を鳴らすと、ナオトが玄関のドアを開けて出てきた。
「あれ……タケミチ君、姉さんは出かけてますよ」
「わかってる。今日はナオトに会いに来たから」
橘家のご両親が留守なのも把握済みだ。すべては計画通り。ヒナには事前にお願いして、ナオトと二人きりにしてもらっていた。
「……ボクに?」
ナオトは訝しげにオレを見た。それからオレの胸元の辺りに視線を寄越して、気まずそうに目を逸した。ぴったりしたタンクトップは胸の膨らみを拾って、ほどよくおっぱいを主張している。ナオトに意識させるには充分だった。
「……あの、ボクに何の用ですか?」
「アイス買ってきたんだ。溶けちゃうから中入っていい?」
戸惑っているナオトの背中をグイグイ押して、部屋に押し入った。パタンとドアが閉まるとナオトの部屋に二人きりになる。
「はい、アイス」
「ありがとうございます……」
買ってきたアイスをナオトに渡して、自分も包装を破って口をつけた。
ここからが本番だ。気合いを入れなくてはいけない。
床にぺたんと座って、少し顔を傾ける。ナオトと目が合えば、にっこりと笑って棒状のアイスを舐めた。ペロっと舌を出してそろそろと、下からゆっくり、めちゃくちゃ時間をかけて舐めた。
「甘くて美味しいな」
唇についたアイスを舐めながらナオトに笑いかけた。
「……」
ナオトは無言でオレを見つめている。このチャンスを逃してはいけないと、オレはわざとアイスの先端に齧り付き、ちゅぷっと音を立てた。口に入れたままアイスの棒を動かして丁寧に舐める。口の端から溶けたアイスから溢れていく。少しわざとらしいかもしれない。でもナオトから告白を引き出すためには仕方ないのだ。
「姉さんが居ないのに、今日はどうしたんですか……」
ナオトは落ち着かなさそうに、視線を彷徨わせていた。エロくアイスを食べる作戦は効果があった。これは半端なく意識している。
「ナオトがこの前アイスくれたから。お返し」
「……別に。あれくらいいいのに」
「それより、この部屋ちょっと暑いな」
オレはアイスを舐めながら、タンクトップの胸元を摘んだ。もちろん胸チラのためのパフォーマンスだ。でも溶けたアイスがポタっと胸に落ちてきて、想定外にエロくなってしまった。胸の谷間につうっとミルク味のアイスが伝っていく。
「アイス……溶けてますよ」
「やばっ、シミになる」
慌ててティッシュで拭き取ろうとしたけど、ナオトが立ち上がって素早く拭いてくれた。胸の際どいところまで手が入ってきて、ぴくんと反応してしまう。
「ひゃ……」
変な声が出てしまい、顔が熱くなる。
ナオトはオレの反応に一瞬止まったけど、すぐに、
「これ……」
と言ってタンクトップの裾を摘んで引っ張った。まるで布を観察するようにじっと見つめている。
「今日の格好珍しいですね。こんなに短くて、お腹冷えるんじゃないんですか」
「え、可愛いだろ? 短いのが流行ってんの」
「へえ」
視線は胸から腹、それから脚に向けられる。ナオトにじっと素足を見つめられたら、自分で進んでミニスカートを履いてきたのに、ものすごく恥ずかしくなってきた。
「でも、ちょっと短かすぎたかな」
へへっと笑って、あらわになっている脚を少しでも隠そうとスカートの裾を必死に引っ張った。
「あ……ナオトのアイスも溶けそう」
ナオトの手にあるアイスが溶けて、手首に伝っていく。ナオトは慌てる様子もなくアイスが溶けるのを眺めている。オレは咄嗟にその溶けたアイスを舐めた。半分はミルク味で、もう半分はナオトの肌の味。ぺろっと手首を舐め上げてからナオトの顔を見上げると固まっている。
「あ、ごめん……」
エロく見せる作戦中だから謝る必要はないんだけど、ナオトがあまりにも固まっているから、つい謝ってしまった。
「…………どうして、そんなことするんですか?」
ナオトがゆっくりとした口調で聞いてきた。これこそ待っていた質問だった。オレは何度もシュミレーションした通りに答えた。
「……わざとだよ」
ここからは、オレが想定していた展開を念のために説明しておこう。
――わざとだよ? そう伝えたらナオトの顔は真っ赤になり、しどろもどろに焦る。そして「ボク、ずっとタケミチ君のことが好きだったんです!」と告白される。「付き合ってもらえますか……?」と上目遣いでお願いされて、オレは「ん〜、付き合ってあげてもいいよ」と頷いてハッピーエンド。それがオレが想定していた展開だった。
だけど、現実は違った。
「へぇ……わざとなんですか」
「えっ、うん」
なんだかナオトの目の色がいつもと違う。いつもは優しい感じなのに、今日はなんだか怖い。あれ、オレなんかまずいことしちゃったかな……と焦っていたら、服の上からふにゅっと胸を触られた。
「ひあっ?!」
「いい加減にしてください。ボクも我慢の限界です」