セックスしないと出られない部屋のナオ武⑤ なんとかマイナス40度を耐え抜いた。
部屋の気温が通常に戻ったのは、これ以上やっても無駄だと観察者判断されたのかもしれない……とタケミチはぼんやり考えていた。
寒さのせいで朦朧としてた頭も働き出し、痛いほど冷たかった指先の感覚も戻ってきた。
極寒の時間は永遠のように思えたが、時計を見ると数時間しか経っていない。ナオトが「殺されはしない」と明言したから信じて耐えることが出来たが、タケミチ一人だったら心が折れていただろう。
「タケミチ君……大丈夫ですか?」
背中合わせにいたナオトが、ゆっくり振り向いた。手を伸ばしてタケミチの頬に触れてくる。
「おー、なんとか生きてるよ……」
ナオトの手はまだ冷たい。でも不思議とそこから熱が伝わってくる感覚があった。
「相変わらず生命力が強いですね、君は」
ふっとナオトが目を細める。笑顔とも言えないような緩んだナオトの表情。それを見てタケミチは心底ほっとした。
ナオトだ。いつものナオト。タイムリープから戻るたびに迎えてくれて、気付いたら側にいてくれる存在。タケミチは一緒に部屋に閉じ込められた相手がこの男でよかったとすら思った。
「指の感覚あります?」
「うん……大丈夫」
「……よかった……」
そう呟いたナオトの声は少し掠れている。
「オマエこそ大丈夫か?」
「…………はい」
返事をしたあと、ナオトはずるずると床に倒れた。
「おい? ナオト?」
声をかけても返事はない。目を覚ませ、と叩いた頬は氷みたいに冷たかった。腕も、首も触れると驚くほど冷たい。どうしよう、とタケミチが呟く。ナオトの肩を揺さぶる手が震えだした。
「ナオト? なあ、起きろよ」
タケミチの声も小刻みに震えて動揺が見える。
橘直人の生体をスキャンしたが、命に別状はなかった。疲労と体温の低下が原因だ。だが、花垣武道は取り乱し軽い錯乱状態になっている。
観察対象が死ぬことは本意ではないし、健康を害して生殖活動に支障がでることも望ましくない。こちらとしては観察に徹して余計な手出しはしたくなかった。
しかし、――このままでは一向に実験が進まない。
生殖行為に至るまでに、ここまで手間がかかる対象者は初めてだ。仕方なく3通めの手紙を作成してポストに入れた。
『橘直人に以下の処置を行なってください。乾いた温かい衣類に着替えさせる。毛布でくるむ。熱い飲みものを飲ませる。以上で橘直人は回復するでしょう。』
⭐︎
橘直人が目を覚ましたときに見たのは、タケミチの泣き顔だった。
「ナオト! 大丈夫か?!」
ナオトに覆い被りタケミチはペチペチと頬を叩く。その顔は涙と鼻水でぐしゃぐしゃでひどいものだった。
「…………たけ、みちくん」
口の中はひどく乾いていて、上手く話せなかった。身体は鉛のように重く、腕を持ち上げるのも億劫だった。それでも力を振り絞って泣いてるタケミチの目元に触れて、涙を拭った。
「なんで、泣いてるんですか……」
「なんでって……ナオトが冷たくて、ずっと目覚まさなくて……」
「……え」
「身体を暖っためれば……目、覚ますって言うからオレずっとオマエのことぎゅってしてて……」
そうだったのか、とぼんやりする頭で思った。布団に寝かされ、身体はぐるぐると毛布で巻かれている。きっとタケミチが側にいて暖めてくれていたのだろう。
「これ、飲め」
湯気がのぼるマグカップ差し出された。受け取りたくても上手く身体が動かなかった。
「まだ無理か?」
そう言うとタケミチはカップの中身を自らの口に含み、ナオトに覆い被さった。
「えっ、いや、あの起きます、から」
慌ててナオトがタケミチの口を手のひらで抑える。口移しを途中で遮られたタケミチは「むぐっ」と手のひらの下でくぐもった声を漏らした。
「んだよ、人がせっかく……」
「大丈夫です、起きます」
「ほら。あったかいモン飲んだほうがいいらしいから」
「ハイ……ありがとうございます」
なんとか上体を起こして、タケミチから白湯の入ったマグカップを受け取る。飲み終わるまで心配そうにじっとタケミチに監視されて落ち着かない。
「すみません……迷惑かけました」
ひと息吐いてから、タケミチに謝った。するとタケミチはまた泣きそうに顔を歪めてぎゅっとナオトを抱きしめてきた。
「オレ……すっげぇ怖かった。ナオトがこのまま目を覚まさなくて、死んじゃったらどうしようって。こんなことになるなら……さっさとセックスして部屋から出ればよかったって……マジで後悔した」
「……一人きりにして不安でしたよね」
「ナオト、セックスしよう。もうオレ嫌だ」
タケミチの頬に涙が伝う。寒さで朦朧としたくらいで大袈裟だと思わないでもない。だけど自分のために泣くタケミチを見たらぎゅっと胸が締め付けられた。
「……君は、それでいいんですか?」
「いい。全然いい。……ナオトとする」
そう告げるとタケミチはナオトの肩口に顔を埋めた。そこまで追い詰めてしまったのか。申し訳なくて頭をそっと撫でると、タケミチは顔をあげた。
「ほんとは最初から嫌じゃなかった……ナオトならしてもいいって思ってた」
「え?」
「でもオマエは中身がオレだと萎えるみたいだし……せっかく女体化してもオレじゃ全然意味ねぇよな」
「あ……それは嘘です」
「嘘?」
「ええ、ボクが性欲を向けたら君が不快だろうと思ったからです」
「べつに……オレ……嫌じゃないし」
「ボクも本当は全然嫌じゃ……ないです」
答えながらじわりと頬が熱くなってくる。なんとなく視線を合わせるのが気恥ずかしい。まるで告白しているようだ。ナオトが横に顔を逸らしたら、タケミチがグッとナオトの両頬を挟んだ。
「えっ、なにを……」
「目、閉じて」
目元を赤くしてタケミチが言った。ナオトは素直に目を閉じる。
顔が近づき唇が触れる。唇はふにふにしていて、彼の頬の柔らかさを連想させた。タケミチの首の後ろに手をやり、首筋を撫でながらキスに応じた。唇が離れてゆっくりと視線が合う。その顔は涙の跡でぐちゃぐちゃで、目も真っ赤だったけど、自分からしたキスに照れていて、可愛いなと思った。
「と、とりあえずシャワー……浴びてくる」
「あ、はい」
自分でシャワーと言っておいて、ぎこちなくなっているタケミチの後ろ姿を見送った。
シャワーの水の音が響く。
心臓は鼓動を速め、どんどん頭に血がのぼってくる。
まずい。枷が外れた。理性はあっさりと失われていった。