セックスしないと出られない部屋のナオ武♀③「そうだな……メシ食うか」
休憩しようというナオトの提案に、タケミチは素直に頷いた。このセックスしないと出られない部屋の外は常に暗く、時間の感覚を失くす。すでに夕飯の時間帯だった。
冷蔵庫の中を確認すると食材だけは豊富に揃えられている。試しにコンロのつまみを捻ると火が点く。ガスも通っていることが確認出来た。
「調理は問題なさそうです」
「うん。てか、オレんちの冷蔵庫にしては入ってるモンが高級食材なんだけど……この辺の設定もガバガバだな」
「たしかに。タケミチ君がこんな高級牛肉を買えるはずがないですよね」
ナオトの手にあるのは庶民には手が届かない霜降りの牛肉だ。他にもフランス産のバターや高そうな果物が入っている。この部屋がどういう仕組みで存在しているのか謎だが、創造主は気前がいい。あんな馬鹿げた招待状をポストに入れるくらいだからサービス精神があるのかもしれない。
「せっかくだし、これで何か作ろうぜ」
ガソゴソと食材を漁りながら、中に入っていたキャベツ、にんじん、玉ねぎを取り出した。
「え、タケミチ君って料理出来るんですか……」
「野菜炒めくらいならできるっつの。オマエは……そうだな、米でも炊けよ。それくらい出来るよな?」
「わかりました」
二人で分担を決め食事の準備をした。普段は面倒で自炊をほとんどしないが、簡単なものなら作れた。伊達に一人暮らし歴も長くない。
適当に野菜を切って、肉と一緒にフライパンで炒めた。味付けに迷ってナオトに声をかけた。
「ナオトって辛いの平気?」
「大丈夫ですけど」
「それなら豆板醤いれよっかな」
「トウバンジャン……」
ナオトが若干不安そうな目で見てくる。
タケミチの料理の腕を信じていない目だ。
「おい、何だその目は」
「いえ、別に」
整理整頓の類は死ぬほど苦手だが、料理はそこまで苦手じゃない。ハッとタケミチは閃いた。これはいい機会かもしれない。ナチュラルにクズ呼ばわりしてくるナオトに、自分は無能ではないとわからせてやるいい機会だ。
気合いを入れてタケミチは豆板醤を野菜炒めに投入した。手早く炒めるとピリ辛の食欲をそそる香りがする。
「ほら、味見」
菜箸で摘んだ野菜炒めをナオトに差し出した。ナオトは少し驚いたように数回瞬きをする。一瞬だけ戸惑ったようだったが口を開けてキャベツをぱくっと食べた。
「いける? 辛すぎたりする?」
「……美味しいです」
ナオトはもぐもぐと咀嚼しながら答えた。
「よかった」
「意外です。タケミチ君の味覚がちゃんとしてるなんて……」
「あ? 喧嘩売ってんのか」
褒められているのか貶されてるのか微妙だが、美味しいと言われれば嬉しい。口悪く返しながらも自然と頬が緩む。へへと笑いかけたらナオトもふっと表情が柔らかくなった。
白いご飯と野菜炒めというシンプルすぎる献立をローテーブルに並べて夕飯にした。謎の部屋に閉じ込められているという異常な状況のはずなのだが、ナオトと食卓を囲んでいると意外とほのぼのとした雰囲気だった。
「非常時こそ淡々と生活することが大事なのかもしれません。いつもと変わらないように」
夕飯を食べ終えたナオトが箸を置いて言った。何かを悟ったような口調だ。
「だな。あんまり思い詰めないで気楽にいこうぜ」
タケミチも腹が満たされると楽観的な気分になった。ナオトと二人ならこの異常事態も乗り越えられる気がしてきた。
食べ終えた食器をまとめて立ち上がると、ナオトも続いた。
「タケミチ君って生活能力皆無じゃないんですね」
「まあね。掃除はしなくても死なねぇけどメシは食わないと死ぬからな」
「あの汚部屋は病気になりそうですけど……」
「そういうオマエは家事できんのかよ?」
「料理はあまり得意じゃないですが、洗濯と掃除は好きです」
「マジ? それならオレたち一緒に住むのに丁度いいじゃん」
「嫌ですよ。どうせタケミチ君サボるでしょう」
そんな軽口を叩きながら皿を洗う。
ナオトが言うように一人なら食器の片付けなんて後回しにする。でも、他人がいると一応やっとくかという気になる。実家を出てから誰かと住んだことなんてなかったから変な感じだ、とタケミチは思った。
「なあ、明日の朝メシなんにする?」
冷蔵庫の中を覗きながらナオトに尋ねた。
「もう明日の話ですか?」
「だって他にやることねぇし……」
この部屋で娯楽なんて食べ物くらいしかない。それに食事のことを考えているほうがセックスを意識しないですむ。ナオトを変に意識してドキドキしなくてすむ。
ナオトはすっとタケミチの隣に座った。
「だったらパンケーキがいいです」
「パンケーキ?」
はい、とナオトが頷く。ナオトが甘いものをリクエストするなんて意外だった。でも思い返してみたら、ヒナもパンケーキが好きでよくデートで食べていた。橘家の朝食では定番なのかもしれない。
「いいかもな。果物もあるし」
「生クリームもあります」
ナオトが微笑んだ。朝から生クリームかよ、突っ込んだがナオトが楽しみにしているみたいだから作ってやろうと決めた。
その夜、布団がひと組みしかないことに気づいた。枕だけは律儀に2つある。ナオトは枕をひとつ抱えて部屋の隅にポンと置いた。
「タケミチ君は布団で寝てください。ボクは毛布だけ貸ります」
「えっ、床で寝んの?」
タケミチの問いにナオトは「慣れてますから」とだけ答えた。たしかに刑事は特捜が設置されると道場で雑魚寝してるイメージがある。ドラマで見るやつだ。だけど、それだって布団は用意されているだろう。
「一応、君のほうが年長者ですからね。譲ります」
「…………そっか……ナオトがいいならいいけどさ」
一緒に寝ればいいよ、とは言えなかった。おそらくナオトは女体化した自分の身体に気を使っている。
――中身はオレなんだからそんなの気にしなくいいのに。
むむ、とTシャツ一枚の自分の身体を見た。薄い布が胸の膨らみを拾っている。ノーブラだからふるんと揺れて、客観的にみてもかなりエロい。これでも駄目か……と負けた気分になりながらタケミチは眠りについた。