#4【まこはる】揺蕩い沈むキミの手を、僕は今度こそ離さない。.
「真琴は真琴だろ?…だっけ?」
「いつまで覚えてるんだ、そんなこと」
あのとき、確かに遙はそこにいた。
真琴の言葉に照れ臭そうに眉を下げて、どこまでも穏やかな声音をしているくせに不機嫌を装って視線を反らしたりなんてして。
確かに、遙は真琴の隣にいたのだ。
「………ハル、」
その日の夜。
真琴と一緒に岩鳶の実家へ帰省していた遙が、急に合宿に行くと言ったっきり音信不通になった。
いつの間にか実家にも居なくてどれだけメッセージを送っても既読にもならない、何度掛けても電話にも出てくれない。
ならばと東京へ戻ったその足で遙の部屋を訪れてみても、どうにも人が出入りをしている気配がない。生活の匂いのしない部屋で、ふと気になってクローゼットを開けると、少しの衣服と全ての水着がなくなっていた。
合宿に行くと言っても水着を全て持っていくなんてこれまでだって一度もなかったことだ。
なにかがおかしい。
どうにも嫌な予感がする。
直感的にそう思った。
(………否、)
正直に言えば世界大会の後から真琴には思うところはあったのだ。
忘年会で見た憂う遙の表情とか、行方を眩ます直前の思い詰めたような様子とか…今にして思えば、少し前に参った東京の神社で体験した出来事も、虫の知らせのようなものだったのかもしれない。
それに気付いていたからこそ、声をかけるチャンスはいくらでもあったからこそ、こんなことになるまで問いかけることをしてこなかった己に舌打ちをしたくなる。
しかし、いくら己の行動を悔いていたところで事が起こってしまったのだからもう遅い。
仮にここで自分を殴っても何も解決などしないのだ。
(…冷静になって、今の俺が出来ることを、)
遙の部屋のクローゼットを背に腰を降ろし、ふぅと大きく息を吐き出して気持ちを落ち着ける。
すると、少し冷静になれたお陰か彼に繋がる唯一の手掛かりに思い当たった。
慌てて傍らのリュックに手を伸ばし、スマホを手にした真琴は、とある番号をコールする。
電話帳に登録されていても、これまで一度も掛けたことがなかった番号だ。
もしかしたら出ないかもしれない。そう思いながらも暫くコール音を聴く。
無情にも嵩むその音に、あと一度鳴って出なかったら切って改めようそう考えたそのときに、プツリとコール音が途切れた。
『…なんだ』
なんとも気怠そうな電話口の声は、まるで真琴がかけてくるのがわかっていたかのような響きを称えていた。
真琴が話すべきことはひとつだけ。
「……ハルのことです」
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『勝手にしろ』
そう締め括られた通話を終えた真琴は、詰めていた息を吐き出しながら立てた膝の間に顔を埋める。
瞳を閉じて、通話の内容を反芻しながら、遙のことを……これから自分の取るべき行動を考える。
真琴と…仲間たちとの連絡を絶ってまで合宿所に籠るということはきっと、誰とも会いたくないという遙なりの意思表示だろう。だから放っておくのが正しいのかもしれない。遙は遙の思うままに進み、高校の頃のように答えを見つけるのを待っていることが正解なのかもしれない。
でも、
それでも………、
「ッ、」
真琴は伏せていた顔を持ち上げ立ち上げ、よし、と両頬を叩いて気合いを入れ直す。
少し強く叩きすぎて痛かったけれど、気持ちを切り替えるのには十分だ。
これから取る真琴の行動は、遙にとったら余計なお節介かもしれない。
それこそ遙の邪魔になってしまうのかもしれない。
それでも、忘年会で、帰省で、真琴の実家で…姿を眩ます直前まで、みんなに囲まれて嬉しそうに頬を綻ばせていた遙の姿を思えば、放っておくことが正解だとはどうしても思えない。
真琴はもう、夏の葬式を怖がって遙に手を握ってもらわないとならないような子供ではない。
遙の後ろをひっついていないとならないような内気な子供ではない。
この足で、遙の元へ行くことだって出来る。
黙っていても瞳を見れば全てわかりあえる時代はとうに過ぎ去り、すれ違って、ぶつかって、言葉で伝えあうことの大切さだって知った。
だから、想いを聞きに行く。
そうして、想いを伝えに行く。
そのためには、まずは目的地までの切符の手配だと、真琴は遙の部屋を後にするのだった。
了