縛り執筆1 どんな物語だって、序章、せめて第一章から始まるべきだ。
そう伝えると、目の前の美しい男はゆっくりと一度だけ目を瞬いた。表情に動きの少ないこの男は、瞬きの回数すらも極端に少ないように思う。眼球が乾燥して痛くならないかと心配してしまうが、この男の目が赤くなっているところを見たことがないから大丈夫なのだろう。目が赤いのは俺だけで充分だ。
ともあれ、今の瞬きが表すのは「疑問」だ。この男の表情も、いつの間にか大分読み取れるようになった。急に物語の話を始めた俺に、説明を求めているのだろう。
「たとえ話だよ。物語が急に第三章や第四章から始まれば、話が飛びすぎてわけがわからなくなるだろ。だから、つまり……」
あー、と不明瞭な母音を口にしながら、男の次の瞬きを待つことなく視線を横へそらす。
「……急に、道侶になれなんて言われても、わけがわからない」
俺が死んでいるあいだに、もしくは俺が各地を遊歴しているあいだに、「道侶」という言葉の意味合いが変わったのだろうか。正直脳内は混乱を極めていて、なんとかその言葉を噛み砕こうと、時間稼ぎにたとえ話を口にしたのだが。
「何がわからない」
堂々と返された言葉に、思わずため息のような苦笑のような吐息がこぼれた。
「全部だ、含光君。全部わからない。普通お前のような身分だと、縁談が組まれ、問題がなければその相手と道侶になる。一般的なことを話すと、惹かれ合った男女が仲を深め、やがて愛を告白し、恋人である状態を経ていずれ道侶という続柄となる。ここまではわかるな?」
「うん」
「俺とお前は、今話したどの手順も踏んでない。俺とお前は知己だろう? 縁談相手でも、恋人でもない。そもそも俺もお前も男だし、それ以上に問題なのは、お前が藍の二公子で俺が夷陵老祖だってことだ」
夷陵老祖の悪名は、あれから数年経った今も消える気配がない。遊歴中も、ここ雲深不知処での滞在中も、骨身にしみるほど痛感していた。たとえこの男が含光君でなかろうとも、縁組みする価値はまったくない。
「お前の真っ白な衣に土を付けるような仕打ち、俺には到底できないよ」