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    seki_shinya2ji

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    新しい生活を始める二人の未満で以上の話

    【治侑】筆の花を握って愛を綴る___なぁ、なんも無くても、LINEしてええか
    とうとう言ってしまった。侑はこの思いでいっぱいだった。何故か緊張して半泣きになってしまい声が情けなく震えていた。インターハイも春高も全くと言っていいほど緊張しなかった。程よい緊張は自らのブーストになって指先への力になる。しかしもうそれはそれは『みっともない』と言われて笑われそうなほどに緊張してしまった。
    目の前には大きなスーツケースを携えた片割れ。スーツケースの色は赤だ。侑のスーツケースをわざわざ持っているのだ。この男自身のスーツケースは、持ち主の髪と同じ色をしていた。
    侑は少しだけ髪色を明るくした。いつかこう、ウネェッとさせたいと思っているがなんと言ってオーダーしたら年相応なのか図り兼ねて口にできていない。
    本当は侑のスーツケースも黒のはずだった。でもこの年になって「片割れがいなくなるのが寂しいから同じ色にしたい」と床に這いつくばって暴れることはできなかった。
    本当は侑も家に居たかった。まだあの部屋で二人で過ごしたかった。しかしバレーの道を進むと決めてから、寂しさに鞭打って懸命に奮い立っていた。
    さて、この通りだ。侑は意外とビビりで小心者である。悪く言えばそうだ。よく言えば、慎重で丁寧、そして思いやりのある人間なのだ。そんな人間は今、久しぶりに自らの恥ずかしい本音を口にした。いつ以来だろうか。サムい言葉を口にしたことは何度でもあったが、自らの恥部を晒すような思いをして言葉を吐いたのはあまり記憶にない。しかし言わずにはいられなかった。言わないと、自分の身に何かが起こってしまいそうだと思ったのだ。

    侑の言葉に男―――治は、目を見張った。ピルピルと震える片割れなんて当分見たことがない。それに自分が侑を見送る立場なのに、見送られる側がこの状態なんてどんなお笑いだ。そんな台本だなんて聞いていない。
    でも侑の姿はお粗末極まりないが、治は思う。
    侑は幼い頃から治のものを取ったり張り合ってきた。初めは、治自身と競い合って自分の方が優秀だ、と周りに見せつけたいんだと思っていた。しかし歳を重ねていくとその本質が徐々に見えてくる。そして気づいた。それは侑の臆病な一面でもあった。別にそれが悪い訳ではないが、侑が怯えないように過ごすためには治というピース兼愛は不可欠であった。
    張り合うということは愛がないとできない。突っかかりあって高みを目指すには互いを見ていないとできない。隣で競争しあうには、手を繋いでいないといけない。
    侑はその繋いでいた手を放すことを不安に思っているのだ。だから「LINEをしていいか」なのだろう。これは治の予測に過ぎないが、この目の前にいる非常に分かりやすい男のことだ。おおむね当たっているだろう。
    治はハーッ……とため息をついてスーツケースに腰を下ろした。
    「お前なんなん」
    「は、はぁ!?何やねん!もうええ!サムのボケ!」
    「何がボケやねん。ボケはお前や。最後まで聞け」
    こういう自分勝手に進んでいくのも昔から変わらない。侑の、傍から見ればただの暴言も、治にとっては裏返った愛の言葉である。実際声も裏返っているのだから相違はないだろう。
    「お前、どうせすぐに友達できへんのやから愚痴ぐらいは聞いたるで」
    「へ」
    「まあ俺の愚痴聞いてほしい時くらいはあるし。今まで通りでええやん。なんかあったら報告。それ崩してどこにメリットあるん?」
    「……~~~~ッ!!そうやない!」
    形勢が唐突に変わってきた。治は侑を安心させるために優しさの限りを尽くした言葉を渡したつもりだった。これこそ人を慮るというものの骨頂というものである。しかしお気に召さなかったプリンセスは今度こそ本当に暴れだした。
    「サムはな~~~んも分かっとらん!ボケサムや!」
    「な、なんやねん!何が悪いねん!」
    「言うとくけどな!?」
    こうなると侑は止まらない。それは侑自身がよく分かっている。堰を切ってあふれてきた言葉を今更止めるつもりはない。何やら人はいるがガヤガヤとした人の声やアナウンスで多少はかき消されることだろう。それを願わずにはいられない。
    「お前、そんなんやから人でなしなんや!あんなぁ!メリット・デメリットで考えんな!ほんならデメリットやったら連絡する俺のこと鬱陶しい思うんか!?ボケサム最低や!ほんなんやから俺がこないに恥ずかしい思いせなアカンねん!阿保!サムの阿保!~~~!!!ほんでお前のこと大嫌いになれん俺も阿保や!最悪や!」
    因みにだが、別に今生の別れとなるわけではない。きっと5月の大型連休になればまた二人は顔を合わせることになる。それでも侑はボロッと涙を零してしまうほどには寂しかったのだ。ギョッとしたのは治の方である。とりあえず人目を憚らず泣きながら轟々と怒っている色違いの自分そっくりさんを抱き締めた。そして肩口に擦り付けられる鼻水と涙を感じながら小さく波打つ背中をさすってやった。





    《ツクシンボ、見つけた。美味そう。》
    たったそれだけのメッセージと写真。草むらを背景に二本の筆の花が握られている。侑がこのメッセージを見たのは夜も11時過ぎ。寮に怒涛の勢いで運ばれる荷物の荷解きがあらかた済んで、スマホを見た時に見つけた。
    あの後のこと?あらかた泣いてすっきりした侑は唐突に泣き止んで「まぁ連絡してええんなら連絡する。サムも頑張れや」と言って手を振った。とんだ暴れん坊である。治のお気に入りのシャツをパリパリにしてしまったが、特に慰謝料等の請求は今のところない。それどころか、先に連絡をくれたのは治のほうであった。
    口元の緩みを修正したいのだが、力を入れるために意識すればするほど、どんどん口角が勝手に上がっていく。勢い任せに侑は素早くそのメッセージに返信をした。そして画像を保存した。

    #【筆の花】
    筑紫の別称。
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