Recent Search
    Sign in to register your favorite tags
    Sign Up, Sign In

    蜜リンゴ

    @39mitu237

    ☆quiet follow Send AirSkeb request Yell with Emoji 💜 💙 💚 ❤
    POIPOI 15

    蜜リンゴ

    ☆quiet follow

    配信者のカラ松とリスナーの一松の一カラです。

    #一カラ
    oneKaraoke
    #ニート一カラ

    画面越しのI LOVE YOU「皆さんにスマートフォン端末を支給します」
    「ビッグデータの収集にご協力お願いします」
    「こちらをどうぞ」
    「こちらをどうぞ」
     ニートAIオムスビことウメ&シャケが交互に発言する。松野家の居間には横並びに六つ子が座り、各々がウメとシャケから手渡されたスマートフォンを物珍しそうに眺めていた。
    「え!? これ最新モデルじゃん! やった!」
     歓声を上げたのは末っ子のトド松だ。自分のスマートフォンを持っている唯一の松は早くもその機能を駆使して自撮りを開始している。十四松が素早く割り込みツーショットになっているが。
    「ビッグデータってどういうこと?」
    「大きいデータってことでしょ?」
    「そういう意味じゃないだろ」
    「ビッグデータとは人間では全体を把握することが難しい巨大なデータ群のことです」
    「ほーら大きいデータであってるじゃん! バーカバーカ!」
    「あぁん!? バカってなんだよ!」
     三男と長男はウメの説明を聞きながらぎゃあぎゃあ低レベルな言い争いをしている。
    「1ヶ月間、このスマートフォンを皆さんお好きにお使いください。ボクたちはその使用頻度や使用されたアプリケーションなどを解析して今後のニート生活に役立てるように自己学習します」
     シャケがウメより少し高い声で説明を追加する。ニートAIになり自由を手にしたオムスビたちだが、時々こうしたAIらしい仕事じみたことを急に始めることがある。自分たちの本来の使命みたいなものを思い出すのか、単に上司的存在から指示されるのかは知らないがご苦労なことだと一松は思う。
     一松はスマートフォンの画面を見た。アプリのアイコンがずらりと並んでいる。各種SNSに漫画アプリお買い物アプリ……様々なアプリケーションが入っているようだ。一松は漫画を読むのと動画を見るくらいしか使い道が無さそうだと目を細める。
    「へぇ……配信できるアプリも入ってるのか……してみようかな」
     隣でスマートフォンの画面を眺めながら、カラ松が小声でそう呟いたのを一松は聞き逃さなかった。

     
    「グッモーニン、ブルーソウルメイトの皆! んん? もう昼過ぎだって? オレが起きた時間がそう、朝なのさぁ……お? 朝から配信ずっと待ってた? ワォワォワォ! ありがとう梨の精さん。愛してるぜ?」
     一松はウメシャケに頼んで支給してもらったワイヤレスイヤホンの音量を上げながら、チッと小さく舌打ちする。相変わらず愛の押し売りバーゲンセールだ。非常にイライラする。画面の中でカラ松……いや、ギルティブルーが微笑み手を振り青い髪を揺らした。カメラで映した人間の動きと同じ動きをアバターがしてくれるらしい。いつ見てもよくわからない最新技術だなと感心する。
     明らかにイケメンに盛り過ぎな3Dアバターと化したカラ松は自らをギルティブルーと名乗り、配信アプリで毎日配信を行っている。配信と言っても『今日のオレ』をカッコつけて喋っているだけだ。それが何故かそこそこウケている。
     カラ松は居間か子ども部屋か縁側か屋根の上で配信をしていることが多い。今日は居間を選んだようなので一松は2階の子ども部屋で配信を視聴していた。
     ギルティブルーのリスナーはリスナー発案の呼称であるブルーソウルメイトと呼ばれ、この男のくだらない話に耳を傾けたり傾けなかったりしている。今やっている雑談配信以外に歌配信や筋トレ配信をすることもあるし、アプリ内での所謂課金アイテムであるプレゼントをくれた相手のリクエストに応える配信もある。だがこのギルティブルー、プレゼントなんかなくたってコメントでお願いされればなんでもリクエストに応えるクソ馬鹿だ。承認欲求が満たされれば何でもいいのかよ。プレゼントの意味ねぇだろうが。炎上してしまえ。しかし一松以外に高額プレゼントをしているガチ勢はほぼいないので無償リクエストの件は問題になっていない。いや別に一松だってガチ勢ではないのだが。高額プレゼントだって無理難題リクエストをふっかけて困ってるカラ松をせせら笑うためだし。なんだかんだ一生懸命リクエストに応えようとして激辛料理に悶絶する様子なんかを眺めて愉悦に浸ってるだけだし。
     一松はコメント欄に視線を戻した。常連と新規が入り混じり、30人ほどがカラ松の配信を視聴している。こんなコンセプトも何もかもがふわふわした薄っぺらい配信の何がいいんだろう。毎日視聴している一松が言うのもおかしな話だが、全くもって謎だった。
    「私にも愛してるって言って欲しい? ハハァーン? 嫉妬……だな? オレは全てのリスナーを愛してるから安心してくれ。えーと、これ漢字なんて読むの……? あいらさん! オーケーオーケー! 藍良さん、愛してるぞ!」
     コメントを読み上げ、惜しみなく愛を叫ぶ兄に苛立ちを募らせる。漢字が読めないとかそういうちょっと天然というか、アホっぽいところも可愛いと評価されているのが実に腹立たしい。これと言って面白いトークをしているわけでもないのに、コンテンツとして成り立っているのがムカつく。声が多少いいからって調子に乗るんじゃねぇよ。
     一松はしばし考えを巡らせた後コメントを入力する。サバトラネコの写真アイコンがひょっこりコメント欄に現れた。
    「おいおい皆……そんなに愛に飢えているのか? ふふ……猫紫さん、いつも来てくれてありがとう。愛してるぜ」
     ねこむらさき、と発音されているが一松はねこし、のつもりでハンドルネームを付けた。特に訂正するつもりはない。別にねこむらさきに読み方を変えてしまってもいい。そこまでこだわっている訳でもない。
    「顔も本名も知らない相手によく愛してるとか言えるよな。馬鹿じゃねぇの?」
     そう毒づきながらも表情筋が緩んでしまった。一松は更にコメントを打ち込む。
    「今日も声がいい? 猫紫さんは本当にオレの声が好きなんだなぁ。嬉しいぜ」
     普段なら言えないような恥ずかしいことだって匿名性の高い配信中のコメントでならスラスラ言えてしまう。画面に表示されている3Dアバターではない、はにかんだ兄の顔が脳裏に浮かぶ。妙な多幸感が一松を満たしていく。これがチョロ松のよく言っている『推しの沼』というやつなんだろうな。いや別に推してはないけど。
     カラ松はその後も次々とコメントしたリスナーに愛を囁いていく。一松は呼ばれた名前を無視して「愛してる」の音だけを拾い上げていった。これって録音できないのかな。今度やり方を調べてみよう。そんなことを考えながら一松は床に寝転がった。ゆったりした気分でカラ松の声に耳を澄ます。
    「藻部ヤロウさんもコメントセンキュー! ん? 今日履いてるパンツ何色……? えっとぉ……青の……」
     一松はンぐっ、と息を詰まらせた。慌てて起き上がりコメント欄を注視する。毬藻の写真にちょっといやらしい目が描き込まれたこのアイコンは……やっぱり! こいつまた来やがったな藻部ヤロウ! この前も『好きな色は? 乳首の』とか『毛はある方がいい? ツルツルのがいい?』『ぶっかけって好き? え? うどんの話だよ(笑)』とか際どいコメントばかりしてただろ! 答えに詰まってたの忘れたのか!? 迷惑行為! 通報しました! そんでお前も何普通に答えてんだ! んなもん律儀に答えなくていいんだよ! 馬鹿か!? 馬鹿なのかお前は!?
     コメント欄がドッと湧き上がった。下ネタセクハラコメントがズラリと続きゲンナリする。こういう悪ノリは身内だけでするもんだろ。声しか知らないほぼほぼ他人の配信ルームでやるなよ。
     カラ松の受け答えはしどろもどろになっていく。一松はギリギリ歯を食いしばった。ここで「そろそろセクハラやめときなよ」みたいなマジレスをしても配信ルームの空気を悪くするだけだ。一松は仕方なく「自分は白だよ」とだけコメントを入力した。
    「猫紫さん? 白って今履い……あ、いや、ダメだよなこういう話は……アカウントが通報されてしまう。あんまりエッチな話はしちゃダメなんだぞ。規約に書いてあるって前教えてもらった」
     教えたのは一松だ。一松というか猫紫だが。何でもリクエストに応えるカラ松に不安を覚えて教えてやったのだ。万が一、億が一にも擬似オナニー配信とかエロボイス配信とかされたら困るし。困るだろ。どうして困るかって? とにかく困るんだよ。
     ようやく話題が軌道修正される。昨日弟と買い物に行ったという話が始まり、一松は全身がムズムズしてきた。昨日母の命令で買い物に行かされたのは一松とカラ松だ。自分の話題が出されるとどうにも気恥ずかしい。
    「弟はちょっと素直じゃないところがあるんだが……昨日はな、さりげなく重い方の買い物袋を持ってくれたんだ。あいつは口は悪いし手も出るが本当はすごく優しいんだぜ」
     口元がムニュムニュ蠢めく。照れ臭さと反発心で走り出したくなる。流石にお前の方がよっぽど優しいよ、とはコメント出来なかった。
    「そろそろ家族が帰ってくるし……今日はお開きにするか。また明日も昼頃から配信するから来てくれよな! じゃあブルーソウルメイトの皆、シーユーレイター!」
     配信が終わったことを告げる画面が表示される。藻部ヤロウを牽制しつつ、今日の配信も無事に終わった。やれやれ。2階にいるカラ松に気付かれないよう気配を消して玄関に向かう。カラ松は配信のことを家族に話していない。ギルティブルーはもう少しリスナーが増えたら家族に報告して一緒に配信してみるのもいいかも、などと話していた。もし本当にやるとしても、白羽の矢が立つのはトド松かせいぜいチョロ松辺りだろう。おそ松と十四松は放送事故の元だし、一松だって暴言を晒すことになりかねない。それはそれで面白くなりそうだ、と一松は想像を巡らせる。ひとまず猫のところにでも行って時間を潰し、夕飯前に帰宅しよう。一松はサンダルを履いて玄関のドアを静かに開けた。


     オムスビたちに聞いてスマートフォンでの画面録画の方法を教えてもらった。その際ギルティブルーの配信を見ていることはバレてしまったが、端末を返す時に録画した動画は全部消すつもりだからいいだろう。今日の配信は歌配信だ。カラ松が縁側でギターを調整しているのを目撃したので今日は縁側でやるんだろう。一松は2階の子ども部屋で配信を見るスタンバイ体勢に入った。最初から録画すると2時間以上になってしまうかもしれない。歌だけ切り取る方向でいこう。よくよく考えれば直接カラ松の歌声を録音した方が音質もいいのだろうけど、歌っているあいつの目の前で「録音していい?」などと言えるはずもなく、こうして苦肉の策を取っているわけだ。一松は配信が開始されるのを今か今かと待ち構えていた。
     通知バナーがピコンとスマートフォンの画面に表示される。ギルティブルーさんが配信を開始しましたの文字を確認し、一松はすかさず配信アプリを起動した。配信者リストからギルティブルーのアイコンをタップして配信視聴を開始する。リストと言ってもギルティブルー以外にリストに入れている配信者はいない。見慣れた3Dアバターは挨拶に合わせてにこやかに手を振っている。一松はたどたどしい手つきで画面録画もスタートした。
    「猫紫さんも来てくれたんだな。グッモーニン! じゃあそろそろ始めるか……あー、あー、んんっ、よし……今日は歌うぜぇブルーソウルメイトたち! 盛り上がる準備はできてるかぁ? オーゥイェー?」
     ギルティブルーはギターをジャカジャカ掻き鳴らしている。画面上ではエアギターだが。やはり音質はそんなに良くない。
    「まずは一曲目……聞いてください。『オレと庭とサンシャイン』……! ワン、ツー、ワンツースリーフォー!」
     意味のわからない曲名の意味のない歌詞が耳に飛び込んでくる。くだらねぇなぁと思いながらも顔がニヤける。ギルティブルーの歌は途中MCを挟みつつ30分ほど続いた。ちょっとしたライブだな。
    「ここはタイミング的にMCじゃなくて新曲持ってくるとこでしょ……分かってないなぁ」
     一松はライブの構成にケチをつける。自分ならこうする、ああする、と考えるのは楽しい。伊達に深夜ラジオを一人でやっていないのだ。
    「っ、サンキュー!」
     どうやら全曲歌い終わったようだ。ギルティブルーは息を切らしていた。全力で歌い尽くした、と画面越しにも伝わってくる。
    「はぁ……はぁ……! 楽しかったぜー! はぁ、はぁ、あ、アンコール? ちょっ、ちょっと待ってくれ……み、水……」
     ゴキュッ、ゴキュッ、と喉を鳴らして水を飲む音が聞こえてくる。なるほどこれがAMSRというやつか。悪くないかもしれない。
    「アンコールのこと考えてなかったからもう歌う曲がないぜ。また今度歌うから今日はおしまいだ。早い? すまないODENさん……今日はこの後用事があってな。弟と野球する約束してるんだ」
     嘘をつくな。パチンコ行くんだろ。十四松が口を滑らせてたぞ。パチンコ警察に追われないよう気をつけるんだな。一松はギルティブルーの配信終了画面を確認し画面録画を止めるため録画ボタンをタップした。

     
     パチンコ警察に引っ捕らえられたカラ松と十四松は有り金を残りの兄弟たちに巻き上げられていた。愚かなことだ。大金を得たいならリスクは負うべきだ、とはカラ松の弁だが全くその通りである。ということで翌日、カラ松と十四松を除く松たちの懐は潤っている。臨時収入にほくそ笑みつつ、今日の配信で高額プレゼントとしてカラ松には返還してやったので文句を言われる筋合いなどない。ないったらない。十四松には後で何か食べ物でも支給しておこう。
     一松は兄弟たちが出払っている午後のタイミングを見計らい、子ども部屋で昨日録画したギルティブルーの単独ライブ配信を再生していた。三曲目の『犬と猫とオレ』がなんとも言えずいいな、と目を閉じて耳を傾ける。一松は兄の低く甘ったるい声を堪能した。最近のリラックスタイムにギルティブルーが欠かせなくなっているのはちょっと依存的だろうか。掠れたり上擦ったりする歌声にムズムズしながら、時々目を開けて画面上のコメントを眺める。歌声を称賛するコメントや歌詞のヘンテコさを笑うコメントなどが目立つ中、猫紫の「ギルティブルーさんの歌もっと聞きたい」というコメントが流れていく。
    「……コメントでなら言えるんだけどなぁ」
     自嘲気味にそう呟く。素直に好意を伝えられないのは昔からの悪癖だ。一松はそんな自分が大嫌いだった。
     いつの間にか夢中になって配信を見ていたらしい。軽快に階段を昇ってくる足音にも、子ども部屋のドアが開いたことにすら、一松は全く気が付かなかった。
    「何見てるんだ?」
    「にゃあーっ!?」
     一松は猫耳を生やして飛び上がる。背後からスマートフォンを覗き込んだのはよりによってカラ松だった。厳戒態勢に隙が! 一松は慌ててスマートフォンを隠した。しかしもう遅かったようだ。
    「一松……もしかしてオレの配信見てくれてるのか!?」
     やはり画面録画した配信画面が見えてしまったらしい。そりゃ知ってる奴が見たら一発で誰か分かるよな、あんな目立つ青い髪でギラギラ装飾てんこ盛りのアバター。嬉しそうに目を輝かせるカラ松に、一松はぐぅっと喉を引き攣らせる。やっとのことで絞り出した音声は次のとおりだ。
    「……よく、こんなくだらねぇことやってるなと思って」
    「え……?」
    「クソつまんねぇ話ダラダラ喋ってるだけじゃん。馬鹿みたいにリクエストなんか受け付けちゃってさぁ。チヤホヤされて舞い上がってるんだろうけど誰もお前のことガチで応援してないからね。ただの暇つぶしだよ」
    「……」
     みるみるうちにカラ松の表情が曇っていく。今にも泣き出すんじゃないかという程、瞳はうるうる揺れていた。一松の口からは本心でもない捻くれた刺々しい言葉がどんどん飛び出してくる。何故だか一松の方が泣きそうだった。
    「下手くそな歌も誰が喜ぶわけ? 本気で褒めてる奴いないから。リップサービスだから。マジでウケるわ……っ! だから……皆にも教えて笑い者にしてやろうと思ったんだよ」
     言い切った途端に胃がキリキリ痛み出す。喉が乾いて仕方ない。
    「……そうか」
     カラ松は短い言葉を吐き捨てるように言い放った後、ぎゅっと唇を引き結んだ。踵を返して子ども部屋を出て行く。
     いっそ怒りに任せて殴ってくれれば良かった。自分がした愚かな行いを鉄拳で罰してくれたら。どこまでも人任せな考え方に嫌気がさす。一松は自分がしたことの罪悪感でしばらくその場から動けなかった。

     
     食卓を囲む松野家の六つ子たちは黙々と夕食を口にしていた。食器と箸がぶつかる音、お茶を啜る音、食器をちゃぶ台に置く音……その静けさを打ち破ったのは松野家三男松野チョロ松だった。
     「ねぇなんでカラ松こんな機嫌悪いの? お前らまたなんか頼み事しまくったんじゃないよね?」
     チョロ松の発言にその場にいた者は凍り付いた。誰もがそのことを気にしつつ、誰もが触れずにいた案件に土足で踏み込む度胸というかいい意味での鈍感さというか。一松には到底真似できないことだ。そもそもカラ松が不機嫌な原因は自分にあるので触れられなかったところもあるけど。
     おそ松はチョロ松に白い目を向けながら半笑いで呟いた。
    「いやぁ……俺チョロ松のそういうとこ、もはや尊敬するわ……」
    「え? ありがとう」
    「チョロ松兄さん、ちっとも褒められてないからね」
     トド松がチョロ松に憐れみの目を向ける。そしてまた沈黙が訪れた。
    「……一松」
    「っ!」
     カラ松が口を開いた途端、ピリッとした空気が流れる。食器から顔を上げたカラ松は静かに一松の顔を見た。一松は蛇に睨まれた蛙状態になる。
    「教えてやればいいじゃないか。オレのこと笑い者にしたかったんだろう? だったら今ここで話してやればいい」
    「……」
     一松の脈拍が速くなり、息が詰まった。一松の喉はカラカラに乾いている。声を出したくても呻き声さえ上げられない。
    「なーんだ! 一松のせいだったの?」
    「チョロ松兄さん一回黙ろうか」
     十四松が鋭い目をチョロ松に向ける。こういう時の十四松はチョロ松に厳しい。おそ松がバンッ、と手のひらでちゃぶ台を叩いた。
    「もー! 飯が不味くなるからこの空気やめてぇ!? どうせ喧嘩するなら殴り合うくらいしろよ! その方が後腐れないって!」
    「別に喧嘩してるわけじゃない。オレが一方的に怒ってるだけだ」
    「じゃあ一松早く謝りなよ」
    「チョロ松兄さんは黙ってて」
     十四松とトド松の声がユニゾンする。チョロ松はキョトンとした顔で再び夕食を食べ始めた。
    「謝る必要もない。謝られたところでオレの機嫌は良くならないからな」
     キッパリとした口調でそう言うと、カラ松は「ご馳走様」と両手を合わせて食べ終えた食器をキッチンに運んでいった。その後ろ姿にはこれ以上この話はするな、という無言の圧力があった。
    「ありゃ相当怒ってんなぁ……いちまっちゃん、何やらかしたの?」
    「……」
    「一松兄さん……黙ってちゃ分からないよ?」
     トド松が心配そうに一松の顔を覗き込む。
    「おれが、悪いから……」
     兄弟全員が「それは知ってる」と言わんばかりの視線を一松に投げかけていた。


     一松は路地裏で猫に囲まれながらギルティブルーの配信を視聴していた。今日のギルティブルーはどこか元気がない。理由は明白だ。一松のせいだ。ギルティブルーが歯切れの悪い発言をするたびに、心配するコメントが次々と並んでいく。ギルティブルーはコメントを読み上げながら返事をしていった。
    「体調悪いの? んーいや、体調は悪くないぜ島縞さん。大丈夫ですか? あぁもちろん大丈夫さ。心配してくれてサンキュー旅のサイコロさん。うん……ごめんな、ちょっと……昨日あんまり良くないことがあって。今日の配信もやめておこうかと思ってたんだ。でも誰かに話したい気持ちもあって……あー、あんまりネガティブな話とかはしたくないんだけどなぁ……」
     ギルティブルーが笑顔を浮かべる。高性能なアバターとはいえ、カラ松の複雑な感情をその顔に表すことはできない。アバターだけが元気そうに動いているのが見ていて辛かった。
    「今日だけはオレの弱音を聞いてくれるか? もちろん? いつでもどうぞ? ありがとう古ボッコさん、ゆめ色さん。その、弟と……喧嘩というか、ちょっと揉めてしまって。オレも腹が立ってた……いや、拗ねてたから強く当たっちゃったんだ。あんな言い方しなくても良かったなって反省してるんだけど、謝るタイミングを逃してしまってなぁ」
     どうしてお前が謝るんだよ。一松は思わず叫びそうになった。謝らなきゃいけないのはどう考えても酷い暴言を投げ付けた一松の方だ。
    「そもそもオレが謝らないといけないことか? あいつが先に酷いこと言ってきたのに? みたいな気もして……でも……仲直りしたい。どうしたらいいのかなぁ……あぁ、あんなこと言って嫌われてたらどうしよう……」
     配信中にも関わらず、ギルティブルーは完全に素のカラ松になっていた。いつものカッコつけた態度は見る影もない。鼻を啜る音すら聞こえる。
     一松は悩んだ末にコメントを入力することにした。文字を打ち込む指が震える。全て入力し、送信ボタンを押した。
    「っ、ギルティブルーさんの弟もきっと本心から酷いこと言ってるわけじゃないと思う。ライブすごく良かったから。下手くそなんかじゃないよ。あんまり落ち込まないで……」
     ギルティブルーが一松のコメントを読み上げる。ギルティブルーはしばらく黙っていた。逆効果だっただろうか、と心臓が爆発しそうになっていたところで「ありがとう」と画面から声が聞こえてくる。
    「……本当にありがとう猫紫さん。嬉しいぜ」
     そう答えるギルティブルーの声は震えていた。こんなことでしかカラ松を励ますことができない。本当はカラ松本人に直接そう伝えたい。もっと、己の内に秘めた醜い情欲も曝け出してしまいたい。好きだとか愛してるだとか、そんな言葉を尽くしても足りないくらい一松はカラ松に惚れ込んでいた。兄弟の垣根など飛び越えてしまいたくなるくらいに。
     一松はギルティブルーの配信ルームを退室する。足元に擦り寄ってきた黒猫の頭を優しく撫で付けながら、一松は重い足取りで帰路に着いた。


     よりによって玄関で一松を出迎えたのはカラ松だった。穴が開くほど一松を見てくるものだから、一松はサッと視線を逸らした。
    「一松。話がある」
    「……おれは話すことなんてないけど」
    「手を洗ったら2階に来てくれ」
     一松の意見など初めから聞く気はないらしい。カラ松はスタスタと階段を昇っていってしまう。
     一松は出来るだけゆっくり丁寧に手を洗い、ノロノロと階段を昇った。一体何を言われるんだろう。罵詈雑言でも浴びせてくるつもりだろうか。当然の報いではあるが耐えられる気がしない。今の一松のメンタルは絹ごし豆腐より脆い。一松は暗然たる面持ちでカラ松の待つ子ども部屋のドアを開けた。
     カラ松は部屋の中心であぐらをかいていた。一松も距離を取って床に座る。カラ松は自分のスマートフォンの画面から顔を上げて一松を見た。真っ直ぐ一松の目を見てくる。今度は一松も視線を逸らさなかった。向き合わなければ。自分のしでかした過ちに。謝らなきゃ。そう思うのに口は一向に開かなかった。
    「……ギルティブルーさん歌上手いね」
    「っ!?」
    「声がいい。聞いてると落ち着くな」
     一松は脳天をバットで殴られたかのような衝撃を受けた。それは一松が……いや、猫紫がギルティブルーに向けて送ったコメントだ。
    「それ……おい、お前何を……っ!」
     カラ松はスマートフォンの画面を一松に見せつける。そこには満面の笑みを浮かべるギルティブルーがいた。
    「スクリーンショット? のやり方をトド松に聞いて練習してたんだ。配信中にもらって嬉しかったコメント読み返すのにいいかなって」
     カラ松はカメラロールをスイスイと指で動かして一つの画像を拡大した。
    「……ギルティブルーさんは弟と仲良いんだね。羨ましいな。自分にも兄さんがいるけど上手く仲良くできないから羨ましい……」
    「ちょ……っ!」
    「……今日の配信の時も猫紫さんがコメントしてくれたんだ。ライブすごく良かった、下手くそなんかじゃないよって。オレはライブの話で揉めたなんて配信中一言も喋ってないのに……あの時のこと知ってるのはオレと一松だけなのに」
     一松はそう言われてハッとする。確かに言われてみればその通りだ。弱気になっているカラ松を気にするあまり失念していた。そんな一松の様子を見ていたカラ松は「やっぱり」と呟く。
    「猫紫さんは一松なんだな?」
     無言は肯定と同じ。カラ松は困惑の色を瞳に滲ませつつ太い眉をハの字に下げている。一松は押し黙って床に視線を落とした。
    「どっちが本当の一松なんだ? オレにはもうお前がどうしたいのかわからないよ」
     自分がどうしたいのかなんて自分にもわからないのだからカラ松にわかる筈がない。
    「と、匿名だから、言えるんだろ」
     一松は視線を右往左往させながら、か細い声でようやく言葉を紡いだ。カラ松は「言えるって何が」と眉根を寄せる。
    「……本音か?」
     そう言われて一松はカッと頭に血が昇った。
    「面と向かって思ってること全部言えりゃこんな回りくどいことしねぇよ! 毎日毎日気がつきゃお前の配信ルーム開いて……っ! お前がリスナーのコメント拾って何でも言うこと聞くからイライラして……っ!」
    「何で一松がイライラするんだよ」
    「うるせぇな! こっちにもいろいろあるんだよ!」
     カラ松は疑問符を頭の上で踊らせている。
    「とにかく、お前の配信見るのが日課にはなってた……から、ほんとは配信、た、楽しみにして、た……んだと思う……たぶん……」
     煮え切らない態度で曖昧な言動をゴニョゴニョ告げる。カラ松はまだ怪訝そうに唇を尖らせている。
    「コメントに嘘はないのか?」
    「っ……まぁ……だいたいは……」
    「じゃあこの『自分もギルティブルーさんのこと大好き。愛してるよ』っていうのも本心なんだな?」
     一松はボッと顔を赤く燃え上がらせる。羞恥心が込み上げてきて今にも発火しそうだ。
    「おまっ! もっ、ほん、だからぁ! 読み上げんなって!」
    「オレもな……猫紫さんのこと大好きなんだ」
    「……は?」
     カラ松はスマートフォンを見ながらフッと微笑む。
    「いつも配信に来てくれてコメントしてくれて。反応に困るコメントがついた時にはさりげなく話題逸らしてくれてただろ? すごく嬉しかったし……猫紫さんって優しいんだなって思ってた」
    「……」
    「ずっと猫紫さんにありがとうって伝えたかった。でも配信中には言えないじゃないか。やっと言えるぜ。ありがとな、猫紫さん」
     一松はむず痒さに襲われた。何と返答すればいいものか。ひたすら黙っている一松にカラ松はニヤリと口の端を吊り上げる。悪ガキのようなその表情に一松は面食らう。
    「本音を言うと……もし猫紫さんがレディーだったら……と妄想していた」
    「そういう本音はしまっとけよ。悪かったね正体がただの捻くれた弟で」
     一松のいつも通り卑屈な口振りにカラ松は機嫌良く笑っている。一松は内心ホッとしていた。
    「配信するのって結構疲れるんだ。個人情報とかいろいろ口が滑らないよう気を遣うし。確かに求められるのは嬉しいんだが……最近は変な人も増えてきたし」
    「あぁ……藻部ヤロウとかね」
    「藻部ヤロウさんはそこまで変でもなくないか?」
     今履いているパンツの色を聞くのが変じゃないと言うなら大抵のことは変ではないだろう。一松は苦虫を噛み潰したような顔になる。
    「配信アプリのメッセージボックス? に会いたいとかセックスしたいとか……あ、でもこれは詐欺らしいんだよな。期待したのに。あぁいや、そうじゃなくて……! 明らかに男のユーザーから……あの、掘りたい……とか抱きたい? みたいなメッセージもきたことあって。ちょっと怖かったからそろそろやめ時かなとは思ってたんだ。もうすぐオムスビたちにこれ返さないといけないしな」
     カラ松はスマートフォンを掲げる。一松は今カラ松の言ったことを咀嚼しきれずにいた。
    「待って……? ほ、掘りた、だっだっ抱きたい? そんなメッセージきてたの? 誰から? いつ? どんな文面? 返信したの? してないの? したならどんな文面で? まさか会ったの? ほっ……ほっ、掘られたの!?」
    「めちゃくちゃ質問してくるな。掘られてたら流石に配信続けてない。えーと……ライブした後ブチ岡さんって人からだったかな」
    「ブロックした? ユーザーブロック機能あるからあのアプリ。今すぐにブロックして。やり方分かんないならおれがやるから貸して」
    「そんな機能あるんだ?」
    「あるよ。何で知らねぇんだよ」
     一松はカラ松のスマートフォンを引ったくり配信アプリを起動する。震える指でメッセージボックスを開くと、数件の未読メッセージがあった。これは全てアプリの運営から送られたものだ。
     一松はこのメッセージ機能を使ったことがない。配信中のコメントならばスクリーンショットや画面録画をしなければ後には残らないが、このメッセージは送ったが最後相手が消さない限りずっと残ってしまう。そんなの恥ずかしくて耐えられるわけがない。
     メッセージボックスにはブチ岡の他にもたくさんのユーザーからメッセージが届いていた。純粋に応援するメッセージの他に卑猥かつ下品なメッセージも散見される。藻部ヤロウは配信中にコメントしていたから監視と牽制ができたが、配信アプリのメッセージまでは一松の目が届かないところだ。藻部ヤロウなんか氷山の一角じゃねぇか。気分が悪くなる。一松は片っ端から下心満載のユーザーをブロックしていった。スマートフォンをカラ松に返し、一松は顔を歪ませる。
    「お前さぁ……もっと危機感持てよ。万が一住所とか特定されたら襲われる可能性だってあるんだぞ。女のフリして近付こうとする奴もいるかもしれないし、現におれのこと女かもって思ってたんだろ? 呼び出されたら行ってたかもしれないんだろ? 何かあったらどうするの?」
    「心配性だなぁ」
     カラ松は呑気に笑っている。あんな気持ちの悪いメッセージを送り付けられて、こいつはちょっと怖いなぁくらいの感想しか抱かなかったのだろうか。その恐怖よりも話を聞いてもらえることの満足感が勝っていたのだろうか。結論から言って、その推測は当たっていた。
    「家族に話すにはくだらな過ぎてスルーされちゃうかなってことも配信でなら気にせず話せたんだ。顔も本名も知らない人たちだったけどオレの話をたくさん聞いてくれた。それが嬉しかったんだろうな」
     一松は心臓を握り潰されたような感覚に陥る。カラ松が感じていたであろう疎外感や寂しさを埋めていたのが配信だったのだ。その状況を作ってしまったのは他でもない兄弟たちであり、その筆頭が一松であることは明らかだった。
    「でも一松ってオレの話全く聞いてないようで意外としっかり聞いてくれてるじゃないか」
     他の兄弟だってそりゃ一応聞いてはいるだろうよ。律儀に反応するのが一松くらいなだけで。
    「だから別に……わざわざ配信で話さなくても直接一松に聞いてもらえばいいかなぁと思って」
    「何でおれがお前のくだらない話いちいち聞いてやらなきゃいけないんだよ」
    「毎日オレの配信見てたくせに?」
     一松はうぐっ、と呻いて仰け反った。正論である。ぐうの音も出ない。カラ松は愉快そうに笑った。
    「明日配信で引退発表して、次の日にでもラストライブをしようかと思ってる。一松も見てくれるよな?」
    「……気が向いたらね」
     ラストライブ。その響きで既に泣きそうだった。何もやめてしまうことはないじゃないか。オムスビたちにスマートフォンを返すのだってまだ1週間くらいあるのに。しかしカラ松の決意は揺るがないようだった。清々しい顔になったカラ松はすっくと立ち上がった。
    「昨日は大人気ない態度を取って悪かった。ごめんな」
    「それは……おれのが悪いから……その、ごめん」
     カラ松は「それもそうだな」と眩い笑顔を放っていた。


     ギルティブルーのラストライブこと最後の配信は惜しまれつつ幕を閉じた。と言っても元々ギルティブルーをリストに入れているリスナーは全員合わせても100人くらいしかいない。ラストライブに顔を出したのは初期からギルティブルーの配信を見ていた古参と興味本位の新規を足して20人くらいだった。この配信アプリでは日に何人もの新人配信者が現れ、目まぐるしく入れ替わり淘汰されていく。生存競争が激しいのだ。他にも配信アプリには種類があるらしいし、一松には計り知れない世界である。
     ギルティブルーが歌った最後の曲は『弟とオレ』という新曲だった。歌詞は恐らく一松に宛てられたものだったのだが。
    「おい何だよあの歌詞」
    「んん? ご不満かブラザー」
    「ご不満しかねぇよ。『実はオレのことが大好きなのさ』とか『今日も配信を見に来ているんだぜ』とか……」
    「事実じゃないか」
     妙に強気のカラ松にたじろぎ、一松は上手く言い返せない。
    「一松はオレの声が好きで……オレのこと愛してるんだもんな?」
     その慈母のごとき微笑みに、一松はひとたまりもなく屈服してしまったのだった。


    「あー、あー、マイクの調子はどうだ? 音声これで大丈夫? いい感じ? んんっ、久しぶりだなブルーソウルメイトの諸君! 復活配信に来てくれて嬉しいぜ! スマートフォンは借り物だったから期間限定って最初の配信とかで言ってたと思うんだけど……このアプリってパソコンからでも配信できるんだな。これからは月に2回くらい個室ありのインターネットカフェから配信することにしたんだ。あ、藍良さん! 久しぶり。コメントありがとう。ごめんなぁ……もう皆に愛は囁いてやれそうにない……オレは今、恋をしてるようなんだ。これからはその人にだけ愛を伝えることにするぜ。お、梨の精さんもコメントサンキュー! どんな人かって? んー詳しくは言えないんだが……シャイでへそ曲がりですこーし乱暴で……でも本当はすごく心配性で優しくて一緒に居ると安心する子なんだ。恋バナ助かる……? 助かるのか? よくわからないがそれなら良かった。恋愛相談もここでさせてもらおうかな……応援してる? 頑張って? ありがとう! ダイヤモンド1カラットさん、四十二番街さん。障害が多い恋なんだけど……勝算もある。オレは頑張るぜ!」
    Tap to full screen .Repost is prohibited
    💜💙💕👏👏👏📻🎤💷💶💜💙👏👏👏👏💘💯💴
    Let's send reactions!
    Replies from the creator

    related works