彼が僕の前から姿を消してから10年が経った。
流石にこの空気だって慣れてきた。
彼が1人いなくたって世界は変わることなんてない。
いつも通りの日常が浪費されていく。
いつも通り歩く。
いつも通り息を吸う。
いつも通り、完璧なまでに。
明日のご飯はどうしようか。
明日までの課題が終わってないや。
最近お腹の調子が良くないままだったな。
そういやバイト先のアイツが僕の陰口を言っていたっけ。
今日父親の機嫌が悪かったな、家着いたら酒の後片付けをしなきゃな。
このままで生きていけるかな。
これでいいのかな。
いつからこんなに現実が転がっていたっけ。
下を向いてばかり歩いているからか。
前を向いていれば知らんうちに蹴っ飛ばしているんだろうな。
いつからこんな風になってしまったんだろうか。
視界に常に霧がかかっているみたいだ。
あれ、どうやって歩いてきたんだっけ。
昔は光があったんだ。あったはずなんだ。
だから今までこうして生きてこられたんだ。
ならその光はどこだ。
そもそも光ってなんだったんだ。
ああ、そうか。
忘れていた。
いや、忘れたことにしていたんだ。
彼だった。
僕の世界を唯一照らしていた月明かりはあの後ろ姿だったんだ。
少しだけこちらを向いて微笑んでいた彼の姿が、もう霞んで見える。今思えばその笑顔も現実のものだったか分からない。全て虚像だったのかもしれない。
それでもよかった。
彼という人間を、存在を、概念を知ることが出来たことに意味がある。
そうだ、そうだったんだ。
彼が世界の全てだったんだ。
彼だけが僕の世界だったんだ。