雨の日は関節が痛む。だから探索に同行する以外は、ほとんどを部屋で過ごしていた。弱っているところを仲間に見せたくはない。もちろん、監察官にも。
ただ掃除の当番は否応なく回ってくる。雨の日だから掃除を代わってくれなんて、言えるわけがなかった。
今日の担当場所は一階だった。談話室はルンパがいるとはいえ、一番広い場所だ。関節の鈍い痛みを無視しながら、掃除機をかけ終わる。元の位置に戻してぐっと伸びをすると、関節が嫌な音を立てた。ついため息が漏れる。これだから量産型は。
部屋に戻ろうと階段を上ると、膝の関節が軋む。慣れた痛みだが、煩わしい。
階段を上りきると、ローランドが置物のように立っていた。いつもの溌剌とした表情は見る影もなく、何かを考え込んでいる様子だった。
気配に気づいたローランドは、ナナシに視線を向ける。あんなに集中していても、気配に気づく辺りは流石軍事用だと思った。
「……ナナシか」
「……あれ、軍事用様が珍しく沈んだ顔をしてますね。雨だからか?」
「俺は天候に左右されるような男ではない!! …………違うんだ」
弾丸のように一直線に声が飛ぶ。かと思えば銃口は下がり、言葉は小さく落ちた。
訝しげに片眉を上げたナナシに、ローランドは唇をきゅっと結ぶ。揺れる青緑の目は初めて見るものだった。
この男にそんな表情をさせる奴は、まず一人しかいない。
「あァ……監察官と何かあったわけね。最近は夜にチェスだのなんだのしてたんだろ?」
「……お前は本当に敏いな、ナナシ」
「それはどーも。……ま、なにがあったか知らねぇけど、調子悪いなら部屋にでも戻れば? 監察官はさっき出ていったばっかりだし、ンなところで待ってても暫く戻ってきやしねェよ」
「それはわかってるさ。出撃の前に、俺のところにも来てくださったからな。……まぁ、そうだな、ここでただ時間を浪費しているよりも、司令官殿のためにやれることをしなくては」
厳しい表情をしたローランドは、ナナシに一言挨拶をして、その場を後にした。自室へと向かっていく背中を見て、ナナシも部屋に戻ろうとしたとき、視界の端に光るものが見えた。丁度ローランドが立っていた位置だ。何か落としていったのか、とナナシが近づく。
視認できる距離まで近づいたナナシの眉間に皺が寄った。アイツ、物騒なモン落としていきやがって。
几帳面であるナナシはただのゴミであっても無視できない。膝の関節を鳴らしながらしゃがみ、それを手に取った。
ローランドが落としていったものは、彼が使用しているライフルの空薬莢だった。製造番号が刻印されている空薬莢をナナシは観察する。当然ながら分別先は記されていなかった。
トーロにいた時の、発砲音と硝煙の臭いが蘇る。ナナシはもちろん銃なんて扱う立場になかったが、すぐに思い返される程度には身近にあった。
ただでさえ雨で身体が不調だというのに、ロクでもない記憶まで引きずり出される。今日はさっさと部屋で休んだ方がよさそうだ。
しかしナナシはやはり几帳面であったので、この空薬莢を放置しておくことはできなかった。持っておくのも記憶が疼いてよくない。ローランドの部屋に行くのはあまり気が進まなかったが、これだけ押し付けて部屋を出ればいいだろう。幸いにも部屋の階は同じだ。
ローランドの部屋の前に立ったナナシは、扉を三回ノックして、返事を待った。
少しの間をおいて扉が開かれる。軍帽と外套を脱いでいるローランドは、目を丸くしてナナシを見つめた。
「ナナシ? なんだ、どうした珍しい。……まさか、なにかあったのか!?」
「ちげぇよ……。ほら、物騒なモンが落ちてたぜ」
押し付けるように空薬莢を渡す。受け取ったローランドは手の上にあるそれを見て、「いつの間に……」と呟いた。薄々わかってはいたが、全く気づかない程度には調子が悪いらしい。