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    ta_setuko

    タワハノ小説の進捗置き場です。

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    ta_setuko

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    Cナナシ。監察官のストレス値が高いです。

    これは賭けだ。信じるに値する人間か、それとも偽善者の皮を被ったクソ野郎か。

    監察官の意思で解散したチームのHANOIは、全て破棄される。つまり、招集された時点でHANOIの命は監察官に左右されるということだ。
    これは監察官の心理的な負担を減らすためにと、HANOI用のマニュアルにしか載せられていない。
    だけど、そんな気遣いをしたところで意味はなかった。最近のコーラルは誰が見ても疲れている。目の下に隈を作って、下手くそな作り笑いばかり。

    「ちょっと監察官、アンタ隈が酷いけど……寝れてるの?」
    「……少し仕事が立て込んでるだけだよ。ごめんね、心配かけて」
    「そう……。あんまり根詰めすぎないようにね。何事も身体が資本なんだから」
    「うん、ごめん」

    ミラの心配する言葉がいくつか続いて、会話は切り上げられた。ナナシが視線だけを向けると、階段を上がっていく姿が見える。上の階から挨拶にいくのは、コーラルのルーティンだった。
    ナナシは再びゴシップ誌に目を落とす。
    詳しくは知らないが、監察官の仕事は激務のようだ。娯楽施設で他の監察官が愚痴を吐き出していたことをナナシは思い出す。その監察官は生活リズムが乱れる、といったようなことを話していた。
    以前コーラルが部屋に来たとき、生活について話を聞いたが、その時は眠れていると答えていた。あの時はまだ目の下に隈などなかったとナナシは記憶している。
    攻略が進んで、見覚えのないゴミ箱が掲示板横に置かれるようになって、それからだ。それから、コーラルはナナシでもわからざるを得ないほどに疲弊していった。
    ゴミ箱へ足繁く通う姿を、本部のHANOIたちは皆知っている。ただ、それを咎めるHANOIは誰一人いなかった。
    記事を読むわけでもなく、ただ目を滑らせる。意味もなくページを捲ると、コーラルの気配がした。
    アダムスと何かを話している声が聞こえる。十人全員の挨拶回りはそろそろ終盤だろうか。

    「ナナシ、おはよう。身体の調子はどうかな」

    雑誌に影がかかる。上から降ってきた声に顔を上げると、コーラルが眉を下げていた。
    アンタこそ調子悪そうですね。
    言葉には出さず、眉間を寄せる。不機嫌だとでも思ったのか、コーラルは曖昧な笑顔で口を噤んだ。
    ナナシは雑誌を閉じて口角を上げる。

    「……どうも。別に、特別悪いところはないですよ。ヒマなんで、出撃するならお供しますけど?」
    「本当? よかった。じゃあお願いしてもいいかな」
    「ハイハイ、了解です。アンタが敵にどつかれないように、せいぜい見張っててやりますかねェ……」

    立ち上がったナナシは、他のメンバーを確認するために掲示板へと向かう。コーラルはアイテム生成をするためにパソコンに向かっていた。
    その日の攻略メンバーは、掲示板に名前が表示されるようになっている。他の本部は知らないが、102本部ではHANOIが出撃を了承した時点で、コーラルがラップトップから掲示板へとメンバーを登録していた。
    掲示板から呼び出せば了承なんて関係ないのに、よくもまぁ面倒な手間をかけたがる。そんなだから疲れるんじゃねぇの。
    もちろん、これも言葉には出さない。
    掲示板の前には、緑の髪を揺らすクレヨンがいた。

    「……クレヨン」
    『ナナシ! ナナシも こうりゃく? きょうは クレヨンも いっしょにいく するんだよ!』
    「あぁ、よかったな。……もう一人は?」
    『んー わかんない! かんさつかんが よびにいく してるのかな?』

    紙に書かれた笑顔のイラストと同じ顔で、クレヨンが笑う。だがナナシは背筋が冷えた。最後の一人に声をかけてる最中ならばいいが、ならばアイテム生成は後回しにするはずだ。
    だとすれば。

    「お待たせ、二人とも。悪いけど少し待っててくれるかな?」

    後ろからやってきたコーラルが、気まずそうな顔でゴミ箱の横に立つ。ナナシは隠すことなく不快な顔をしてみせた。

    「同行させるんですか」
    「……うん」

    ごめんね、と告げて、コーラルはゴミ箱へと入っていく。見るだけでも肌が粟立つそこへ、HANOIたちが入ったことはない。だからゴミ箱の中で何が起きているのかは誰も知らなかった。

    『かんさつかん つかれる してたね』
    「……さぁな。俺たちには関係ないことだろうよ」
    『……かんさつかんも こころかたまる してるのかな……。クレヨンが えがお してあげられたらいいのに……』

    聞こえない声が、小さく震えていた。ナナシは口を閉ざしてコーラルが出てくるのを待つ。
    果たしてあの人間は、本当に信用できるのだろうか。

    「お待たせ。……行こっか」

    少ししてから、コーラルは清掃員と共に出てきた。帽子を目深に被る清掃員の表情は窺い知れない。

    「ナナシ、今日は君がこれを持っていてくれるかな」
    「……あぁ、はい。了解です。」

    特別監視タグを受け取り、首にかける。「特別に監視することなんてないよ」と宣っていた頃と比べると、まぁマシにはなったかもしれない。
    コーラルは中間地点に飛ぶため、キーボードを叩きはじめた。ナナシは腹に力を込める。飛ぶ時にはいつも独特の浮遊感が生じる。これはいつになっても慣れそうになかった。



    死体が室内の至るところに点在している。何度見てもあまりいい気分にはならない場所だった。
    ナナシがクレヨンの様子を窺うと、沈痛な面持ちではあるが、泣き言を訴える様子はない。前を向いて、監察官の後ろをついている。
    真っ暗になった部屋を歩き、抜けた先は移植を待つ患者たち。移植される臓器たち。ここは前に他のメンバーが攻略済みだ。ナナシは一度来たことがある。クレヨンは初めてだったようで、軽やかに跳ねると、きょろきょろと忙しなく動き出した。

    『かんさつかん みてみて! とうめい!』
    「これ凄いよね。ぶつかっても痛くないし……」

    クレヨンに連れられたコーラルは木を触っている。にこにこと笑うクレヨンにつられて、コーラルも笑った。
    0と1で作られたことを主張する木は見ていて面白いものではない。そもそもナナシは塔にあるオブジェクトに興味を示すこと自体がほとんどないのだけれど。
    ナナシは二人から視線を外す。クレヨンがついているなら滅多なことはない。あれでいて周囲によく目を向けていることをナナシは知っていた。
    塵とも雪とも判別がつかないものがちらちらと掠める。視界の端では役目を捨てた何かが虚ろな目をして独り言を呟いていた。

    ──役目を捨てた何か、といえば。

    コーラルたちからは離れた場所で、一人佇む男に目を向ける。煙草に火をつけた清掃員は煙を吐き出していた。
    あれには随分としてやられたもんだ。
    第一の塔での戦闘を思い出す。ナナシの眉間に一層深い皺ができた。無意識に、鉄パイプを握る力が強くなる。

    「……随分と熱烈な視線だな。そんなに俺が気になるかい?」

    ふいに投げられた言葉にほんの少し目が見開く。煙草を燻らせた清掃員は、片手にモップを携えてナナシに近づいた。鉄パイプを振りかざせば届く距離だ。

    「驚かせたか? 俺もお前たちにはあまり関わらないようにはしてるんだが……そんなに殺気立たれたらつい、な」
    「……それはそれは、殊勝な心がけをどうも……。心配しなくても、監察官が信用してる奴を今さらどうこうするつもりはありませんよ」
    「はは、それはよかった」

    愛想よく笑う清掃員から敵意は感じない。それがナナシの勘に触った。
    わざわざナナシの攻撃範囲内に入ってくることも、どう見られているかわかっていて話しかけてくることも、全部。自分は無害だとアピールしているように見えて、つい舌打ちが漏れる。

    「……余裕だな。HANOIでもないのにこんなところまで駆り出されて、手伝って……。……献身的で何よりですよ。これで俺の仕事も楽になるってもんだ」
    「なに、恩人のためだ。これぐらいなんともないさ。……だから、そんなに噛みつかないでくれないか。俺はお前の役目を取り上げたいわけじゃないんだ」

    どんなめでたい解釈をしてるんだ、コイツ。半端な修復でとうとう頭がバグったか?
    猜疑心の籠った目で清掃員を睨んだナナシは、しかし皮肉な笑みを浮かべる。

    「俺の役目なんて、人間様の言うことに従って、使い潰されるだけですよ。……それだけだ」
    「…………そうか」

    帽子を深く被った清掃員は僅かに俯いた。

    「お前も自分の役目に苦しんできたんだな」
    「は……?」

    虚をつかれて、思わず声が出る。よりによって清掃員に言われるとは思ってもいなかった。
    そういえば、清掃員には記憶がないと聞いた。ナナシにはウイルス対策ソフトウェアに関する知識がほとんど無かったが、それでも一度壊れたデータを修復することが簡単でないことはわかる。現に清掃員は記憶を失って、間に合わせもいいところだ。
    だからこそ、いつまたバグに飲まれて牙を剥くかわかったもんじゃない。
    面食らったナナシを見た清掃員は気まずそうに頭を掻く。

    「悪い。的外れだったか?」
    「……勝手にこっちの心情を想像されたかねェな」

    引っかかる。清掃員は確かに記憶を失っていて、敵対したことは知らないはずだ。
    それなのに「お前も」と言った。清掃員自身を含んでいないとすれば、一体誰と一緒にされている。他のHANOIとだろうか、──それとも。
    胸騒ぎに駆られてナナシが口を開こうとした時だった。
    後ろから軽やかな足音がして、背中をとんとんとノックされる。

    『ナナシ!』
    「……あ? なんだよクレヨン」
    『あっち いっしょに みる しよー』
    「ー…………わかった、わかった。引っ張るな。……いや、監察官はどうした?」
    『かんさつかんも いるよ!』

    クレヨンの少し後ろには監察官がこちらへ向かってきていた。ナナシの肩の力が抜ける。
    クレヨンに連れられるがままにナナシはその場を離れた。入れ違いにコーラルとすれ違う。目で追った先には清掃員がいた。

    「清掃員さんはここに来るのは初めてだったよね」
    「あぁ。足滑らせて落ちるなよ」
    「いやー……流石にそこまでのドジはしないんじゃないかな……多分」

    聞こえてくる会話は穏やかだった。ナナシはそれ以降の声を意識的に聞かないようにして、クレヨンに目を向ける。
    どうせゴミ箱では二人だから、あんなものは今さらだ。
    クレヨンはいつもの笑顔で、小さな紙に描かれた、いつもの絵を見せる。

    『せいそういんと おはなし たのしくできた?』
    「……楽しくはねェな」
    『そっかー おはなしするの むずかしいむずかしい……』

    残念、と言いたげな顔をしたクレヨンは、口をへの字にした。言葉を選んでいるのか、ピンクのクレヨンをさ迷わせている。いつもは流暢に話すクレヨンにしては珍しかった。
    言葉を待っている間、一瞬だけ黄色い目が清掃員の方を向く。
    あぁ、そういうことか。
    ナナシは唸り声をひとつ上げて、小さく舌打ちを漏らした。

    「……聞きたいことがあるなら回りくどいことすんな」

    クレヨンは腹芸には向いていない。特にナナシ相手になんて悪手もいいところだった。
    パッと顔を上げたクレヨンは目を丸くしている。そして『えへへ』と照れたように笑った彼女は、さらさらと言葉を紡ぎだした。

    『ナナシが せいそういんとおはなし めずらしい! ローランド ナナシはざつだん あんまりしない いってた!』
    「あー……そりゃあ、あの爺と雑談したってなァ……年寄りの説教はごめんだぜ」
    『だからね わたし きになる したの』

    唇を結んだクレヨンは少しだけ眉をハの字にする。

    『なにか かなしいこと あった?』

    ナナシは口を閉ざした。まさかクレヨンに気を使われるほど酷い顔をしていたのだろうか。元々表情が豊かではないから、いま自分がどんな顔をしているのかもわからない。
    だけど自己分析はしなかった。まだナナシは自分の感情に信用を置いていない。0と1の記号だと、その考えが抜けきらないままでいる。

    「……いや、何もねェよ」
    『そっか! クレヨン いつでもナナシのはなし きく するからね!』
    「あぁ。そんときは頼んだ」
    『うい!』

    クレヨンが満面の笑みを見せたタイミングで、コーラルが「そろそろ進もっか」と呼びかける。後ろに控えている清掃員は一歩下がった。多分、クレヨンが駆けよっていったからだろう。

    棺に花を供えると道ができた。監察官に続いて先へ進むと、どこからともなく声が聞こえてくる。鐘の音が遠くから聞こえてくるような感覚だった。

    橋を渡った先には教会があった。病院と教会が関連しているのはナナシにもわかる。それはいい。
    だが無視することのできない異様な雰囲気があった。視界の先にある像がそれを物語っている。

    「……救世主様だのなんだの、キナ臭い言葉がいよいよ具現化してきましたね」
    「元々教会があったから、救世主って概念も浸透しやすかったのかもしれないね。……さて、ここからは初めて攻略する場所だ。気をつけて行こうか」

    いつもの隙がある表情から一転して、コーラルは引き締まった顔をしていた。役目を全うしようと襟を正す姿がどうしてか痛々しく見えて、ナナシは思わず口を開く。

    「……監察官」

    清掃員の言葉が頭をよぎる。振り向いたコーラルは、ナナシからの呼びかけに笑顔で応じる。

    「ナナシ? どうしたの、何かあった?」

    コーラルはナナシから声をかけると、大体「何かあった?」と言う。これはナナシから声をかけることが少なかったし、実際にナナシも用事があるから声をかける、といったことが多かったからだ。
    前までは話が早くて手間が省けると思っていた。今はすこし不快が上回った。

    「……アンタは、」

    アンタは、自分の役目に苦しんでいるんですか。
    問いかけの言葉は形にならなかった。口を閉ざしたナナシに、コーラルは戸惑いがちに目を瞬かせる。
    聞いて、一体なにができる。よしんば苦しんでいると返ってきたところで、この人間を監察官たらしめる存在の一人であるHANOIにできることなんて、なにも。
    喉元まで出かかった言葉を飲み込んで、口角だけを上げる。いつも通りの、諦めたような笑み。

    「いえ、宗教勧誘に引っかかりそうだなと思っただけです」
    「えっ……うーん。されたことはあるけど、毎回きちんと断ってるから大丈夫だよ」
    「へぇ。監察官にも断るなんてことができたんですね」

    意外ですと付け加えれば、コーラルは悲しそうに目を伏せた。

    「……うん。僕はちょっと流されやすいから。そういう面では頼りないかも」

    小さく、独り言のように呟かれた言葉だった。ナナシは眉を潜める。一体何が気に障ったのかがわからなかったのだ。
    ナナシは声をかけようとしたが、煙草の臭いが鼻を掠めて口を閉ざした。離れていても存在を主張してくるそれが煩わしい。
    思わず漏れた舌打ち。自分に向けられたものだと思ったのだろう、コーラルの「ごめんね」の言葉に陰鬱な気分になる。ナナシは背中を向けた。キャシー曰く「不器用」な彼は、こんな時にかける言葉を持ち合わせていない。まして、人間相手に。

    「……先に行ってるね」

     コーラルは探索の続きを始める。ナナシは数秒ほどその場から動けなかった。足が縫い留められたような感覚。無意識に視線が地面に落ちた。ふと目に入った特別監視タグが鈍色に光る。これさえあれば双方の居場所がわかるため、はぐれることはない。
    一歩ずつ遠ざかっていくコーラルの足音。息を吐いたナナシが顔を上げて振り返ると、大した距離は離れていなかった。探索中のコーラルは歩幅がやたらと狭い。ただでさえ歩くのが遅いのに、とナナシが一歩踏み出したときだった。

    『かんさつかん!』

    駆けつけるクレヨンの声と同時にナナシも気配を察知する。瞬間、救世主の像から十字架の形をした敵が飛び出してきた。
    新品の鉄パイプを握り、駆け出す。コーラルがラップトップを構えるよりも早く、クレヨンのラフナイフが空気を裂いた。ナイフは十字架の上部に刺さり、敵は後退する。ナナシが前衛に構えると、斜め後ろから清掃中と書かれた黄色の札が勢いよく飛んできた。それは十字架の横を掠めて木にぶつかり0と1に四散する。

    「おっと、外したか」
    「せ、清掃員さん……二人も、ありがとう」
    『かんさつかん だいじょうぶ? けが してない?』
    「うん、大丈夫だよ」

     トドメを刺すために鉄パイプを構え、体勢を立て直す十字架に近づく。十字架は清廉な目の中に黒を一滴垂らしたような不穏さを滲ませて、何かを告げようとした。しかし言葉になる前に、ナナシは鉄パイプを振り下ろす。鈍い打撃音の後に十字架は粉砕され、0と1に溶けた。
     息を吐いて振り返ると、呆けた顔をしているコーラルと目が合った。

    「カタつくまでは気ィ抜かないでください」
    「あ、ああ……ごめんナナシ」
    「まぁ別に、アンタは後ろで休んでてもらっても構いませんけどね」

     揶揄する声音とは裏腹に、ほんの少し気遣いを混ぜた言葉だった。だがコーラルには上手く伝わらない。一瞬頬をひきつらせた彼は、ラップトップを構えたまま、ナナシを見据える。

    「そんなわけにはいかないよ。僕は君たちの監察官なんだから」
    「……そうですか」

     まるで自分に言い聞かせるようだった。ナナシは漠然と「失敗した」と思った。恐らく平時のコーラルであれば伝わっていたはずだったのに。
     クレヨンが心配そうに二人を交互に見る。クレヨンは誰かを笑顔にしたいという気持ちは大きいが、空気は読める方だ。安易に踏み込むことはしない。だからこそこの場で居心地の悪い思いをさせていることはナナシも察している。察していても、現状を打開する言葉だとか、解決策が思いつかないのだから、どうしようもなかった。
     清掃員は一歩下がったところでコーラルの様子を見ている。明らかにHANOIとは違う立ち位置から見守っている様に、ナナシは酷く苛立ちを感じた。
     眉を下げて笑ったコーラルは教会へと歩き出した。救世主の像を横切る途中、祈りを捧げる男女二人が鳥の姿へと形を変える。

    「うお、マジかよ」
    『とりさんだ!』

    第二ラウンドの始まりに、再び武器を構える。コーラルはラップトップに強化コードを打ち込んだ。

    「待ってね、今サポートする……!」

     同じコードを三回打ち込み、コーラル以外は強化コードが適応された。黒い鳥はぶつぶつと何かを呟き、音波となって襲いかかってくる。全体に放たれたそれを避けきれることができずに、全員がダメージを受けた。
     戦闘に支障はない程度の負傷。ナナシが鉄パイプで殴りつけ、清掃員が清掃中の札を打ち込む。クレヨンの投げたナイフが敵二体を牽制する最中、コーラルが一歩、二歩とよろめいた。
     ナナシの背中に冷たい汗が流れる。前にローランドが「司令官殿は戦闘中に動けなくなることがある」と言っていたことを思い出したのだ。まさか、とナナシが手を伸ばしかける。

    「……監察官? おい、しっかりしろ!」

     しかし、今にも倒れそうなコーラルの身体を支えたのは清掃員だった。宙ぶらりんになった手は空を切り、無意識に舌を打った。
     顔色の悪いコーラルは、下手くそな笑みを浮かべている。ラップトップが今にも手から滑り落ちそうだった。

    「ぁ、ごめ……ごめん、ね」
    「いい。すぐに終わらせるから、少し休んでな」

     清掃員はコーラルを下がらせると、再び戦闘へと戻る。がなりたてる白い鳥の嘴をモップで殴り、潰れた鳴き声が上がった。
     
    『わらって わらって!』

    クレヨンがジャグリングをするようにナイフを自在に操り、黒い鳥へと突き刺す。血飛沫が上がり、抵抗した黒い鳥がクレヨンを啄んだ。一瞬顔が引きつったクレヨンだったが、すぐにいつもの笑顔に戻る。
    ナナシが応戦してクレヨンから黒い鳥を引き剥がした時、白い鳥が清掃員にモップで打たれて木に叩きつけられた。怒り狂った様子で体勢を立て直した白い鳥は、黒い鳥へと抗議を始めた。
    どうやら救世主様への信仰で揉めているようだ。

    「そのまま潰しあってくれたらこっちも楽なんですけどね」

     ナナシが呟き、この隙にさっさと終わらせてしまおうとした時。
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