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    ta_setuko

    タワハノ小説の進捗置き場です。

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    できてるT1後の7️⃣💻️。パブロフの犬っぽい施設長です。

    ##ナナコー

    雛鳥の餌やりぐう、と腹の虫が鳴る。お腹を擦ったコーラルは腕時計を見た。そろそろ昼食の時間。今日はナナシが料理番だ。
    あとどれぐらいだろう、とコーラルはキッチンに立つナナシの元へと向かう。ナナシはしゃがんでオーブンの中身を見ていた。

    「今日は何を作ってるの?」

    隣に立ったコーラルに声をかけられ、ナナシは顔を上げる。その顔は仕事中より幾分かやわらかい。休日仕様の顔だ。一緒に暮らすようになってから数年、随分と眉間のシワが浅くなったな、とコーラルは感慨深くなった。

    「キッシュです」
    「わぁ、楽しみだな。……僕もまた作ろうかなぁ」
    「アンタこの前ちょっと焦がしてましたよね」
    「ぅ……それは忘れてほしいな……」

    からかい気味に口角を上げたナナシに、コーラルは目を逸らす。おいしかったですよ、と付け加えられ、ますます恥ずかしくなった。
    折角野菜の声を聞いて作ったのに、焼き加減を間違えてはどうにもならない。今度はオーブンの設定を間違えないぞ、とコーラルは固く誓った。
    オーブンから加熱終了を知らせる音が鳴る。ナナシはオーブンを開くとミトンを着け、皿を取り出した。
    ベーコンの芳ばしい香りが一気に広がる。コーラルは目を輝かせ、自然と口元が緩んだ。

    「わぁ……!」
    「まだ駄目ですよ」
    「うん……」

    ナナシはキッシュに竹串を刺し、焼き加減を確認する。お預けを食らったコーラルは、見るからにしょんぼりとうつむいた。きゅう、と切なく腹の虫が鳴る。感情と腹の虫が連動している様に、ナナシは笑いを堪えた。
    キッシュの焼き加減は上々だった。まだ粗熱を取らなくてはならないし、切り分けてもいないから、コーラルに食べさせることはできない。
    ナナシはすでに完成しているカルパッチョに目を向ける。フォークを手に取り、サーモンを半分に折り畳んで突き刺した。

    「……コーラルさん、はい」

    あ、と軽く口を開けてサーモンを差し出してくるナナシに、コーラルは目を丸くした。
    三十路も越えて恋人に食べさせてもらうって、ちょっと恥ずかしい。青い春を謳歌するティーンでもないのに。コーラルはどうするか迷った。しかしサーモンからは、滴ったオイルが零れそうになっている。勿体ない、そう思ったときには口が開いていた。
    ナナシはそれを見逃すことなくフォークを進めた。サーモンが口内に入ってくる。口を閉じると、ゆっくりとフォークが引き抜かれた。
    振りかけたレモンの酸味が口の中に広がる。咀嚼するとサーモンが柔らかくすりつぶされる。脂がのっていて、旨味がたっぷり。ごくん、と飲み込むとじんわりとお腹があたたかくなった。しあわせの味だ。

    「どうです?」
    「うん、すっごくおいしいよ! ナナシはなんでも上手に作るなぁ」
    「そりゃどうも。残りは後でね」
    「はぁい」

    やわく笑んだナナシに、コーラルは素直に返事をする。お昼ご飯、楽しみだな。

    ***

    盛大に空腹を知らせる音が鳴った。ソファーに座っていたコーラルは一切の動きが止まる。ナナシはその音を聞いて目を丸くした。
    コーラルはギギ、とネジの切れかけた玩具のようにぎこちなく、ナナシの方を向く。まあるい頬は羞恥に染まっていた。

    「……聞こえた?」
    「聞こえてないフリがお望みで?」

    意地悪な返事をされて、コーラルは口をつぐむ。時刻は14時過ぎ。ナナシは片方の口角を軽く上げた。

    「おやつの時間にはまだ早いんじゃないですか」
    「うう……」

    つんと下唇を突き出すと、横からくつくつと笑う声が聞こえた。
    実はここ最近でお腹周りが大変なことになった。だから少しご飯の量を減らしているのだけど、その分空腹になるのも早い。
    でもナナシの前で盛大に鳴るのはちょっと勘弁してほしかった。どうしてって、小腹が減ってお菓子を摘まむのは駄目だけど、完全に空腹だと、ナナシはかなり甘やかしてくるのだ。
    ナナシは立ち上がると、キッチンへと消えていく。しかしすぐに戻ってきた彼は、白磁の小皿を持ってきた。その上には、パンの耳で作ったラスクが乗っている。昨日サンドイッチを作っていたので、その時に耳が余ったのだろう。
    隣に腰かけたナナシはひだまりの雰囲気を纏って、完全に甘やかしモードの顔をしている。なんとなく直視できなくて、ラスクへ目を落とした。

    「……えっと、おいしそうだね」

    ラスクをコーティングする砂糖が照明を浴びてきらきらと光っている。誘惑の光だった。

    「食べます?」

    手袋を脱いだナナシは、ラスクをひとつ指で摘まんで、コーラルの口元へと持ってくる。言葉なんて飾りで、選択肢はあってないようなものだった。
    ラスクとゆるりと笑む赤い目を交互に見る。コーラルは戸惑い、青い目を揺らめかせながらナナシを見つめた。
    ここで食べたらダイエットの意味がないとはわかっている。でもナナシは引き下がりそうにない。甘い匂いにつられて小さく口を開くと、押し入るようにラスクを入れられる。舌に乗って、砂糖が溶けて、じんわりと口内に広がる味。
    一度口に入ったものを出すのは行儀が悪いので、観念して食べる。ナナシは満足そうに目を細めた。

    「……おいしい。けど……いいのかなぁ。また太っちゃうよ」
    「たまには息抜きしないと、今度はストレスで太りますから」
    「そう……かも?」

    確かに、ストレスを溜め込むのはよくない。再び差し出されたラスクに、さくり。今度は自分から食べにいった。

    ***

    窓の外では雪がちらついている。すっかり防寒具が手離せない季節になった。この時期になると、ナナシが「風邪引きますよ」と厚手のカーディガンや裏起毛のズボンを着せてくるので、着膨れするのが少し困りものだった。ただでさえ肥満気味なのに、冬眠する熊みたいになる。
    施設長室に向かうために廊下を歩いていると、向かい側から一人の職員が歩いてきた。

    「施設長、おはようございます」
    「おはよう。今日は寒いねぇ」
    「ええ。……こう言ってはなんですが、施設長が着込んでると、特に冬を実感しますね」
    「え、本当? そう言われるとちょっと恥ずかしいかも……」

    コーラルは知らないが、彼の着膨れした姿は、施設内でちょっとした風物詩として扱われている。なお、この格好をさせている秘書様はもちろん把握済みだ。
    二人で世間話をしていると、階段から静かな足音が聞こえてきた。馴染みのある足音にコーラルが左へ視線をスライドさせる。遠目から見てもよくわかる、ピンクの髪が姿を見せた。
    職員も気づいたようで、階段を上がったナナシの方を向いた。

    「あっナナシさん。……あれ、お菓子持ってるの珍しいですね」
    「さっきクレヨンに貰ったんだよ。季節限定だと」
    「あぁ~なるほど。クレヨンさん、限定もの好きですよね。……えっ? だからって箱ごと?」
    「うっかり買いすぎたんだと」

    数日前にメリーティカとお菓子の広告を見て、楽しそうに話していたことを思い出す。買いすぎたお菓子のいくつかは、談話室に置かれていることだろう。
    ナナシがクレヨンから貰ったという、チョコレートの箱にふと目が行く。ナナシが持っているお菓子。箱にはイチゴが描かれている。イチゴ味のチョコレート。
    おいしそうだな、と思った。口内に唾液が滲むのがわかった。

    「それじゃあ失礼します」
    「あぁ」

    ナナシと一言二言会話をしたあと、職員は仕事へと戻っていった。
    さて、と振り返ったナナシは、口を薄く開けているコーラルに気づく。いつも以上にぼんやりとした顔にナナシは首を傾げた。周りになにかあるのか、と思ったが、見渡しても特に変わったものはない。

    「……施設長?」

    役目を呼ばれ、コーラルはびくりと身体を揺らした。青い目は大きく開かれ、ナナシの顔とお菓子の箱とをさ迷う。やや気まずそうに笑ったコーラルの頬は、淡く色づいていた。

    「ご、ごめんね。ぼーっとしてた」
    「口、空いてましたよ」
    「えっ……うそ……」
    「……あぁ、なるほど」

    手で口を覆ったコーラルを見て、ナナシは一歩、二歩と近づく。目の前でお菓子の箱を揺らすと、コーラルの目が熱を帯びた。手を伸ばせば届く距離なのに、それをしてこないから、余計に何を求めているのかわかってしまう。
    ふ、と笑ったナナシは、お菓子の箱を下げた。

    「帰ってから食べましょうね」
    「……うん」

    くう、とお腹を鳴らしたコーラルは、恥ずかしそうに目を伏せた。
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