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    kokutou369

    @kokutou369
    みかんば、壁打ちよう。
    アイコンは禾さんに描いていただいたイラストです。くわしくは、扶養になりたい山姥切国広を読んでね!(ダイマ)

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    kokutou369

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    審神者と婚姻関係にありながらも🌱ちゃんとも恋仲の最低な三日月の話
    思ってたよりギリギリ18禁じゃないような話になったので画像化してTwitterになげていたのですが、こちらに切り替えます。
    随時追加していくよてい。

    #みかんば
    mandarinPlant

    人でなしの恋 これは、とある本丸のとある刀剣男士達による物語。
     
     
     カツンカツンと靴底を鳴らしながら山姥切長義は白いリノリウムの廊下を歩いていた。
     窓のないコンクリートの床、白い蛍光灯が影さえ許さない明るさで照らす――ここは、政府のとある施設。
     此処には、罪を犯した刀剣男士が収容されている。
    (まったく、なんでよりによって俺があれの担当をしなければいけないんだ! )
     これから対面する相手を思い浮かべて、長義は苛立ちのままに早足で歩いた。
    (だって、あの男――)
     この施設にその刀が連れてこられた時、長義はちらりとその姿を見ていたのだ。
     あれはとんでもない。
     あれは、異常だ。
     狂っている。
     たった数秒で長義がそう思った刀とは、
     
     関係者で無ければ解除できない、三重の扉のセキリティを解除しながら、長義はその刀が待つ部屋へと向かう。
     そうして、たどり着いた。
     部屋への入り口の扉は重たい鉄製のもの、そのドアノブに鉄の鍵を差し込んで開錠する。
     どんなにハイテクな機能を使おうと最終的にはアナログな手段を選ぶあたり、結局、人は「物」に依存する生き物らしい。
     長義の気持ちとは裏腹に、押し開ける扉は、開錠した瞬間、予想の半分の重さで軽々と、開く。まるで招き入れるかのようだが、出来ればごめん被りたい。
     しかし、これは仕事なのだから仕方ないのだ。
     長義は軽く息を吐き出し、覚悟を決めて前を見据えた。
     六畳ほどの何もない部屋。
     真ん中辺りをガラスがあり「あちら」と「こちら」が仕切られている。
    「あちら」には一振りの刀剣男士が椅子に背筋を伸ばして座っている。
     平安貴族のような狩衣の戦闘服を着たその刀は、天下五剣いち美しいとされている
    「三日月宗近」
     その名を呼ぶと、その刀は柔らかい優しい笑みを浮かべた。
    (!! )
     何故かは分からないが、長義はその笑みにぞっとする。
     この男の、この笑みを見るぐらいなら、死体に群がる蛆虫の大群を見る方がまだマシだと思う程に、その笑みがおぞましいとおもった。
    「さぁ、知ってることを全て話してもらおうか」
     正直、さっさとこの会話を終わりにしたい。その為には、ことの真相をこの刀から聞き出さなくてはいけなかった。
    「誰が審神者を殺したか」
     
     
     つい先日、審神者が何者かに殺される事件がおこった。
     審神者は首を刎ね飛ばされおり、そのすぐ側にはこの、三日月宗近が血塗れで立っていたらしい。
    「それは俺だ」
     臆することなく、三日月宗近は言う。
     殺害された審神者、その側に居た血塗れの三日月宗近、その当刀がそう言うのだから、多分、そうなのだろう。
     しかし、長義はどうにもその言葉が納得できない。
     喉元に何かが詰まっているかのように不愉快で仕方ないのだ。
    (だって、あれは)
     ちらりと三日月の鞍にぶら下がるその刀を見る。抜けないように封印され、大量の護符が巻き付いたそれ、
    「――あるいは、俺では無いのかもしれん」
     長義の視線に気付いたのか、三日月は小さく一息、息を吐き出し、観念したかのようにそう言葉を続けた。
     それから、封印された刀をそっと指先で撫で、口元に再び笑みを浮かべた。
    「やはり、分かってしまったか」
     当たり前だと、言ってやりたかった。
     自分が、見間違うはずが無い。
     例え、拵を変えられても、
    「何故、お前が山姥切国広を帯刀している?」
     知らず、己の声は低く唸るようになってしまっていた。
     今の長義にとって、その山姥切国広は関わりの無い、顕現してからの物語も無い山姥切国広であるにも関わらず、己の写しが拵えを変えられて、その姿を偽られこの男に持たれている事に腹の底からぐらつき、反吐が出そうな程の怒りを覚える。
    「それを話すと、長い話になるが……年寄りの長話にお付き合い願えるだろうか?」
     対して、三日月宗近は長義の様子を見て何処か楽しんでいる節すらある。
    (狂っている)
     この刀は、
    「俺と、主……死んだ審神者は、夫婦だったのだ」
     そして、この刀の口から紡がれる物語もおそらく、狂気の沙汰なのだろう。
     
     
     
     
     
     
     愛してると言われることに悪い気はしない。人の愛あってこそ、今の自分があるからだ。
     三日月宗近は人に愛される事には慣れている。だから、主が自分に向けるその恋慕も、今まで沢山の人間に向けられた気持ちの延長線上のものだと思っていた。
     
     愛して欲しいと言われて、躊躇わずに三日月宗近は頷いた。
     それが主の命であるのなら、そうするのが「物」の刀剣男士の役割だからだ。
     審神者にそう告げられ時、三日月には恋仲の物がいた。
     
     山姥切国広
     
     この本丸のはじまりの刀であり、三日月の最愛の存在。
     千年以上の時を過ごし、全てをそのまま受け入れてきた三日月宗近にとって、この刀の抱えるものは興味深かった。
     写しであるにも関わらず、堀川国広随一の傑作、かつ、本科も現存することが、この刀を形造り、追い詰め、しかし強い物語となっている。
     可哀想で可愛く、庇護欲が愛情に、愛しさに変わるのはあまりも自然な感情の変化で、三日月自身もその心の揺れに驚いたらものだ。
     三日月がその気持ちを口にした時、山姥切国広はとても戸惑っていた。
     そして、一度は三日月を拒んだ。
    「主が……あんたに恋をしているらしい。だから」
     拒まれる理由が、それで無かったなら、三日月は引き下がったのだろう。
     山姥切国広が、三日月宗近に恋心を抱けないと言うなら、それは仕方ないと諦める事ができた。
     しかしその理由が己の感情以外であり、かつ、それを理由にしている時点でこの刀もまた、自分に気持ちを向けているのだ。それを知り、どうして諦める事が出来るだろう? 結局、言葉を尽くして、最後は抱きしめて、思いを伝え、少し強引に自分達の関係は始まった。
     勿論、審神者や本丸の仲間達には明かせない。秘めたる関係だったが、それでも三日月は幸せだった。
     廊下ですれ違う度に、分からないように少しだけ指を絡めたり、全てが寝静まった深夜に密やかに重ねる逢瀬に思いは更に高まっていく。
     強引な始まりだったのも信じられない程に、国広もまた、三日月を深く愛してくれていた。
     二振りきりの時は、普段は目にする事がない自分だけの山姥切国広が見れる。
     可愛い声、美しい瞳、艶やかな唇、触り心地の良い肌――全て、三日月しか知らない山姥切国広。
     これは、自分のものだと思う。例え、互いに審神者に所有される「物」であったとしても、今、この目の前にいる山姥切国広は三日月宗近だけのものだった。
     
     そんな日々を重ねていく中で、ある日、三日月は審神者から愛を告げられたのだ。
     物である三日月はそれを受け入れる事に抵抗は無かったが、
    「嫌だ……嫌だと、主とあんたを祝福してやれない自分が何よりも嫌だ」
     審神者に愛するように命じられたその夜、主が眠るまで側で添い寝をし、部屋を抜け出して、国広の部屋を訪れた三日月に国広はそう言って泣いた。
     自分と主の関係に悋気する国広は子供のようで可愛らしい。
    「俺はお前が好きだ愛してるぞ」
     主の事も愛してはいるが、
    「可愛い俺の国広、そのように泣いてくれるな」
     結局のところ、三日月が真に愛してるのはこの刀なのだろう。これに向ける思いは、誰に命じられたものでもない。刀剣男士になり、与えらた心が、この刀を、山姥切国広を選んだのだ。
    「国広、人の子の時は短い。少しだけ我慢しておくれ?」
     三日月の言葉に国広は目を見開き驚きの表情をする。
    「あんた、最低だ」
     そうなのだろうか? 三日月はただ真実を口にしたに過ぎない。長くこの世にある三日月にとって、人の生など瞬きの如く一瞬だった。
    「でも、その言葉に救われている……俺もまた最低だな」
     目に涙を溜めて、国広が自嘲する。
     その潤んだ瞳があまりに美しい。
     こんな美しいものを見れるのは自分だけだ。
     この刀を本当の意味で自分の所有に出来ずとも、その事実だけで、三日月は満足していた。
     
     
     
     それから、三日月は審神者にせがまれるまま、審神者と夫婦になった。
     刀剣男士と人間である審神者が婚姻関係になる事は認められてはいなかったが、特に咎があるわけでも無い。
     内縁関係にはなるものの、本丸で式を挙げ仲間達に祝って貰う。
     刀剣男士は基本的に審神者に従順だ。主として審神者に支えて、審神者を守り、一番に気持ちを寄せるように『造られている』だから、三日月宗近と結婚し、幸せそうにする審神者に誰しも喜んだ。
     
     ただ、一振りの刀を除いて――。
     
     式の最中、時折俯き、唇を噛み締める国広は可愛かった。
     周りの刀達は、国広が、はじまりの刀故に、審神者が三日月に取られてしまうのを悔しがっているのだと思い揶揄っていたがそうでは無い。その逆なのだと分かっているのは三日月だけだ。
     それが堪らなく愛おしく、意地らしくて堪らない。
     大広間に集まり、盛大に祝われる。酒と、ご馳走の匂い。
     日が傾き出してから開かれた宴会もそろそろ終わりだろう。短刀達は眠そうに目を擦り、欠伸をして其々の部屋に散って行く。
     脇差、打刀達もそれに続いてぽろぽろと席を立つ。
    「主、我々もそろそろお暇しようか?」
     隣の審神者にそう三日月が声をかける。次郎刀や日本号はまだ酒を飲む口実が欲しいのだろう、立ちあがろうとする三日月達を引き止めた。
    「主役がいなくなってどーすんのさ! 今日は朝まで呑むの!」
     そう無理矢理引き止める次郎刀を諦めさる為に、
    「すまんな……これでも初夜なのだ。今宵はこれぐらいで勘弁して貰えないだろうか?」
     そう言った時、国広の顔が真っ青になった。
    (ああ、可哀想に)
     そう思うのと同時に自分でも悍ましいと思うぐらい、満たされる。
     俯いてその顔を布で隠したが、飲み過ぎて具合が悪くなったと思われて、逆に皆の注目は国広へと移る。その間に、三日月と審神者はその場を立ち去る事にした。
     
     今夜は何と言って、あの子を宥め、甘やかしてやろうかと頭の中はそればかりだ。
    「ねぇ、三日月――」
     と甘えた声がそんな三日月を現実へと引き戻す。
    「私、貴方との子供が欲しい」
     それは先程、三日月の妻になった女の口から吐き出された言葉だ。
     甘やかに強請るような声色に絶対の強さを秘めている。審神者からの要求は刀剣男士の自分には懇願ではなく、命令になる。
     だから三日月宗近はこういうしか無い。
    「相わかった」
     拒否する事は許されない。
     所詮どんなにこの関係性に名前を付けたところで、この女と自分は審神者と刀剣男士でしかないだ。
     だから、望まれるままに三日月宗近はその夜、その女を抱いた。
     最初はちっとも、その痴態に心が動かず取り繕うに随分と苦労する。
     刀の自分には人の身体は血液の詰まった皮の袋のようなものにしか思えなかったからだ。
     しかし、女の身体に国広を重ねると事で、なんとか興奮を得ることが出来ると気がつき、白く柔らかい女の身体に無理矢理、国広の面影を探す。
     そうして、なんとか主命を果たすと、本当の国広に会いたくて堪らなくなった。だから三日月は、審神者が寝入ってからそっと部屋を出て、国広の部屋に向かう。
     
     予想通り、もう空は朝の色を微かに滲ませ始めているというのに、国広の部屋の明かりは灯されたままだった。
     眠っていないのか、あるいは三日月を待っていてくれたのか――。
     そっと、その部屋と廊下を仕切る障子に手を掛ける。
    「入るな」
     開けようとしたその瞬間、そう三日月の動きを静止する超えが部屋の内側から響く。
    「何故だ?」
     単純に疑問に思い、三日月はそう問いかける。
    「あんたから、主の匂いがする。障子一枚隔ても、分かるほどに、濃く、絡みついてる」
     絞り出すように、苦しそうなその声は随分と枯れていた。
     もしかしたらあれから今まで、国広は部屋で一振りで泣いていたのかもしれない。可哀想にさぞ寂しい思いをしていた事だろう。今すぐ抱きしめて、存分に甘やかしてやらなくてはならない。
     その為にはまず、部屋に入らなくては
    「先程まで共にいたのだ。仕方あるまい……だが、直ぐにお前の匂いに変えてくれるのだろう? 俺もそれを望んでいるぞ?」
     恋しくて恋しくて堪らなかった。
     会いたくて抱きたくて我慢出来なかった。
     きっと泣いていた。
     きっと傷付いていた。
     だから、どんな風にそれを宥めて甘やかして、溶かして、ぐずぐずにしてやろうかと、そればかりずっと考えていて
    「頼む、今日はかえっ――!!」
     国広が言葉を言い切る前に、三日月は障子を開けて部屋に入る。それから、強くその身体を抱きしめた。
    「ずっと、こうしたかった」
     ああ、やはりこれだと思う。この抱き心地、柔らかいばかりではないしなやかな筋肉が皮膚の下にしっかりとある、この身体が、やはり三日月にはしっくりくる。
    「主がなぁ、子が欲しいと言ってな」
     腕の中で、国広が身を固めたのが分かる。
    「だから抱いたぞ」
     そう告げた瞬間に今度はその身体が小さい震えた。それはきっと怒りからくるものだろう。悋気しているのだ。三日月が自分以外のものを抱いた事に。
    「主を抱きながら、俺はずっとお前を思っていた。お前を頭の中で抱きながら、主を抱いたのだ」
     だから、三日月はそう国広に告げた。
     全て真実、嘘偽りはない。
     そしてふと思う。
    「だから、主にもし俺との子が出来たら、それは、俺とお前の子でもあるなぁ」
     人と刀剣男士の間に子供が成せるとは思わない。どんなに人と同じ見た目をしていても、自分達は付喪神、根本的に人間と作りが違うのだ。
     だから、子供なんて出来るはずはないが
    「……狂ってる」
     ぽつりと、独り言のように国広が言う。狂っているというのは三日月の事だろうか? だとしたなら、狂わせているのは国広だ。
     こんなにも自分以外の誰かを思うだなんて三日月も思っていなかった。
     背に日の光の暖かさを感じる。太陽が昇り始めているらしい。
     しかし、まだ本丸の面々が起きだすには早過ぎる時間だ。
     ましてや、昨日あれだけ深夜まで大宴会をしていたのだから、皆、動きだすのは昼近くからになるに違いない。
     それを見越して、今日は出陣も内番も無しとなっていた。
     だから、時間はある。
     三日月は障子をぴしゃりと締める。
     すると、差し込んでいた朝日は遮られて、部屋には青い薄闇が漂う。
     三日月が何も言わずとも、三日月が何をしようとしているのか、国広は分かっているようだ。
     だから、ただ、三日月に身を任せる可愛い可愛い恋刀の身体をそっと押し倒して覆い被さり上から見下ろした。
     随分、目元が赤い。
     唇に微かに血が滲んでいる。
    (可哀想に)
     愛しむように軽くその唇に口付けると、先を強請るように微かに舌を覗かせた。
     なんて可愛いのだろう。溢れる愛しさのまま、三日月は今度こそ本当に国広を抱いたのだった。
     
     
     
     数ヶ月後
     季節はいつだっただろう。
     夏でも、冬でも無かったから、春か、あるいは秋だったかもしれない。
     昼を過ぎ、淡く緋色を滲ませ始めた日の光の下、長い影を本丸の廊下に落としながら
    「三日月、私、子供が出来たの」
     そう、審神者は言った。
     三日月は束の間、言葉を失うが、
    「そうか! それはめでたい! 皆に報告して、祝わなければな」
     そう、喜んでみせる。それがきっと、審神者の望む反応だろうとおもったからだ。
     
     早速、その晩は宴会となる。
     刀達に囲まれて祝いの言葉を贈られる審神者は終始微笑んでいる。
    「男の子かな? 女の子かな?」
     誰かが声を弾ませて
    「どっちでも、きっと可愛いに決まってるね!」
     誰かが、まるで我が事のように自慢げに、
    「きっと、健やかで美しいお子を授かりますよ」
     誰かが、
    「そうだね。だって、三日月と主の子供なんだから」
     そう、言ってたいた。
     
     
     けれど三日月は知っている。
     審神者の腹の中に自分の子供などいない。
     
     皆から外れたところで、国広は鎮座し暫く俯いていたが、耐えきれなくなったのか立ち上がり、大広間を出て行った。
     三日月以外の誰もその事には気付いていないようだ。
     だから三日月はさりげなく立ち上がり、国広の後を追う。
     どこに行っただろう? 自分の部屋か、それとも――……。
     
     
     
    『静かの海』そう呼ばれる湖が、この本丸にはある。誰がそう呼び始めたのかは分からない。その名の由来も曖昧だ。
     月に、同じ名前の海がある。
     それぐらいしか三日月は知らない。
     その湖の、忘れ去れたような朽ちかけた東屋に、国広はいた。
    「やはり、此処にいたか」
     国広は、辛い時、泣きたい時、苦しい時、この場所によく訪れてる。
     時には涙を流し、時には怒りで拳を握りしめて、そして時には――今のように、無感情にただ、湖をそこから静かに眺めていた。
    「主の腹の子は、あんたとの子なのか?」
     それから、三日月の姿を確認すると、そう聞いてくる。それはあまりも、抑揚の無い、感情の無い声色で、
     
    (感情が一巡りしてしまったか)
     
     今の国広は、喜び、悲しみ、怒りの感情が一回りしてしまったのだろう。まるで人形のようで、だからこその美しさが際立っている。
     そうさせたのは、三日月だ。
     可哀想で可愛くて、その自分が原因であることが、たまらなく嬉しい。 
     だが、真実はちゃんと伝えてやらなくてはいけない。
    「まさかっ! 主の胎に俺の子はいない」
     だから三日月は、軽い口調でさっきの問いかけを否定した。
    「では、主は、懐妊してないと?」
     途端に、国広の瞳に感情が戻る。
    「いや、胎に子はいる」
     確かに審神者は妊娠している。彼女の胎の中に新たな生命がいる事は間違いないだろう。
    「しかし、俺の子ではない」
     そもそも、刀剣男士と人間である審神者との間に子供は成せない。あるいは、三日月が真に望むなら、子供のような物を授ける事は、もしかしたら可能かもしれないが、残念ながら、三日月はそこまで審神者との子供を望む事が出来なかった。
     だから、あれは自分の子ではない。
     何より、
    「主は、現世に帰った時に人間の男と何度かまぐわってたようだしなぁ……その時にできた子だろう」
     それが、自分の子ではないと思う何よりの理由だ。
     刀剣男士の三日月宗近との間に子が出来たと考えるより、そちらの方が自然だろう。
    「でも、主はあんたとの子だと、きっとそう信じているし、あんたとの子として産むだろうな」
     審神者が、三日月との子供と信じているかはさておき、きっと、三日月との子供として赤子は生まれるだろう。
     けれど、
    「国広、前にも言っただろう?」
     三日月はその身体を引き寄せ、優しい腕の中に閉じ込める。
    「人はそれほど長い時を過ごせない」
     何れ、終わる時が来る。
     それに、子が出来たならその子がこの本丸を継ぐ事になるだろう。
     そうなれば、今の審神者の命が尽きた後も、三日月と国広は刀剣男士としてこの本丸にいる事が出来るのだ。
     悪い話では無い。
    「もう、狂ってしまいそうだ」
     腕の中からそう響いた声は少しだけ震えていた。
    「俺は、狂ったお前も愛せるぞ」
     だから、何の問題もない。
     
     
     
     そうして、何の問題も無く、怖い程順調に、審神者の胎の中の子供は育ち、そして、この世に産み落とされた。
     元気な『人間』の男児。どの刀剣も、この子が刀剣男士と人の間に出来た子供では無く、ただの人の子だと直ぐに、本能で理解する。何が違うと、明確には説明は出来ないが、それでも、自分達と人は決定的に何かが違うものなのだ。
     それでも、主がその子を『三日月との間に出来た子供』とするなら、そのように誰しもが扱う。それは、もはや主命のようなものだからだ。
     子供は、本丸の刀達があれやこれやと奮闘しながら育児をする。
     母親であるはずの審神者は、実の子だというのに、子供の成長には無関心だった。
     彼女は『三日月との間に子供が出来た』という事実が欲しかっただけで、子供そのものが欲しかったというわけでは無かったらしい。
     
    (まぁ、そうだろうと思ってはいたが)
     
     庭先で洗濯物の籠を持つ国広の後を、もうすぐ三つになる審神者の子がお気に入りの人形を持って後を着いて歩いていた。
     それを、三日月は縁側で座って眺める。国広は口数は少なくながらも、子供に話しかけ、洗濯物を物干しに干し終わると、蹲み込んで目線を合わせ、暫く子供の話を静かに聞き、それから手を繋いで歩調を合わせて歩き出す。
     その姿は、実際に産んだ審神者より、母親のようだ。
     実際、子供も国広によく懐いている。
    「!!」
     子供は、三日月の姿を見つけると国広の手を引いたまま此方へと駆け寄る。
    「そんなに急いで、転ぶなよ」
     そう声をかけてやると、その子は嬉しそうに笑った。
     小さな足で、三日月の前まで来たその子を抱き上げて膝の上へと座らせる。
    「よく来たなぁ、茶でも飲むか? 菓子もあるぞ?」
     お前も一服しろと、国広に言えば、国広は三日月の隣りへと腰掛け、盆の上に置いてあった急須を持ち上げ、ポットの中のお湯を注いだ。
    「言っておくが、坊には茶菓子はやるなよ? まだその年頃に大量の砂糖は胃に負担がかかるらしい。虫歯も厄介だ」
     いつの間に、そんなことを調べたのか。
    「まるで母親のようだな」
     そう冗談めかして言えば、国広は表情をぴくりとも動かさず、少しだけ湯呑みに入れた茶にフーフーと息を吹きかけ冷ましている。
     いつの頃からだろう? 国広は、まるで人形のようにその顔に感情を表さなくなった。
     全くというわけではなく『三日月とふたりきりの時』以外の時を、まるで人形のように、無感情でいるのだ。
     どうしてかと聞く三日月に国広は言った『あんたと主の仲に、一喜一憂していたら、いつかきっと、心が壊れてしまう。だから俺は、あんたとふたりでいる時意外、生きないと決めたんだ。あんたとふたりでいる時以外の俺は、死体が動いてるに過ぎない――そう思ってくれ』それが、国広なりの己の保ち方だったのだろう。
     人形のような国広は完璧に美しいし、自分とふたりきりの時にだけ、感情を顕にする国広は可愛らしい。どちらも三日月には愛しい愛しい国広だ。
     国広は冷めた茶を子供に渡す。
     子供は小さな両手で湯呑みを包むように持つとそれを飲み始めた。
     その膝の上にはお気に入りの人形がおかれている。まるで西洋人形を思わせるそれは金色の髪に緑色の瞳、白い肌の、まるで、
    「坊は、この人形がお気に入りだなぁ」
     そう三日月が問いかけると子供は湯呑みに口をつけたまま、こくこくと頷き、それから言ったのだ。
    「だって、くにひろみたいにきれいだから」
     ――と、満面の笑みを浮かべて。
     
     
     
     日々は過ぎ去る。
     穏やかに、確実に、そうして、あの事件が起きた。
     
     梅雨の降りしきる雨の中、感情的に誰かを罵る女の声が響き渡る。
     この本丸に女は審神者しかいない。廊下でその声を耳にした三日月はやれやれと小さく首を振り、ため息を吐き出した。
     近頃、審神者は常に何かに憤り、苛ついているようだ。
     今みたいに、誰かを怒鳴ることが最近多くなってきたように思う。
    「廊下まで聞こえたぞ? 一体どうした?」
     そう、審神者の部屋を三日月が訪ねると、子供が一人、俯いて立っていた。
     最近、七つになった祝いをしたばかりの審神者が産んだあの子供だ。
    「三日月! あなたからも言って頂戴よ! その子ったら! 七歳にもなってまだその人形を肌身離さず持ち歩いてるのよ!? 男の子の癖に! 気持ち悪いったらないわ!」
     審神者の辛辣な言葉に、子供は目にいっぱい涙を溜めながらぎゅっとあのお気に入りの人形を抱きしめた。
    「別に良いではないか。この人形は坊のお気に入りなのだ。それに、男だからとか、女だからとか、主の時代ではもうあまり言わないのではないか? 多様性といいやつだな」
     審神者を諌めるように三日月はなるべく柔らかい口調で、優しく言葉を紡ぐ。
    「誰しも、好きなものとは共にありたいものだ。そうしようとする事は悪い事ではないさ」
     いつもなら、それで審神者は少し冷静になり落ち着きを取り戻す。
     今までは、三日月の言う事は比較的素直に聞いてくれていたのだが、
    「――くせに」
     ポツリと審神者の口から何かの言葉がこぼれ落ちる。
    「ん?」
     それは囁くように小さくて、聞き取ることができず、三日月は反射的に聞き返していた。
    「化け物のくせに! 今更人間ぶらないでよ!」
     絹を割くような甲高い声で、審神者はそう三日月に暴言を吐く。
    「これは驚いた」
     思わず、そう声に出していた。
    「主は気付いておったか」
     てっきり気が付いて無いのかと思っていた。
     三日月に恋をしたり、三日月と夫婦になったりするぐらいだ。
     刀剣男士を人間と似た『生き物』と勘違いしてしまっているのだと思っていたが、ちゃんと分かっていたのだと感心する。
     当の審神者は言い終わってからはっと我にかえり狼狽え始めた。
    「違うの、三日月、私、そういう事が言いたいんじゃなくて……!」
     三日月と言えば、そんな主の様子に少し安堵した。
     先程よりはよほど『マシ』になったのではないだろうか。
    「坊、おいで、部屋まで送ろう」
     だから三日月は子供を抱き上げて、審神者の部屋を後にする。
     部屋の中で三日月を呼ぶ声がした。
     しかし、三日月は聞こえてないふりをしてその部屋を離れる。
    「三日月、怒ってる?」
     子供が恐る恐るそう訪ねる。
     別に三日月は怒ってなどいない。ただこれ以上あそこにいても意味はないだろうと思ったから子供を連れて離れたまでだ。
     しかし、子供には三日月がひどい事を言われたから怒っているように見えるらしい。
    「いや、怒ってはおらんぞ? 確かに俺たちは化け物のようなものだしなぁ」
     刀の付喪神である自分達は、神と言うよりは妖怪に近い。だから確かに化け物で合っているのだ。
    「主のさっきのは、人間に人と、人形に傀儡というのと同じだ。別に、坊だってお前は人間だろ! と言われても怒らないだろう?」
     聞けば子供はこくりと頷く。
    「今更、当たり前の事を言われたにすぎん」
     だから、怒る理由が無いと言えば子供は納得したようだった。
    「しかし本当に、坊はその人形が気に入ってるなぁ」
     変わらず持ち歩くその人形は大分うす汚れてきている。
    「だって、山姥切国広によく似てるから、山姥切国広はずっと変わらず綺麗だから、だから――」
     確かこの子がまだ小さい時にも同じ事を言っていた。あの頃は、この子もまだ幼く、子供特有の思い付きの言葉の可能性もあると思っていたのだが――これは、小さな恋敵が出来たのかもしれない。
     確かに、人形のようなこの本丸の山姥切国広は壮絶に美しい。
    (しかし、あの子は俺といる時だけいっとう可愛いく美しくなるのだ)
     それを知っているのは三日月だけで、その事実に酷く満たされる。
    (俺もなかなか大人気ないな)
     そう、内心で自嘲した。
     
     
     
     その晩、三日月は審神者に部屋に呼ばれた。
     今夜は国広と約束があったが仕方がない。こんな事は今までもよくあった事で、国広もいつも了承してくれていた。
     申し訳ない気持ちは勿論ある。可哀想な事をしているとも思う。しかし自分たちは刀剣男士で、審神者の命には従うのが基本なのだから仕方ない。
     しかしその晩は、国広の様子が少し違った。
    「三日月、やはり……今夜は主の部屋に行くのは断れないだろうか?」
     国広の部屋の前、その報告に来た三日月の袖をひき、引き止める。
    「心配せずとも、主が眠ってしまったらお前の部屋に帰ってくる」
     そう宥めるが、国広は三日月の返答に納得してないのか不安げな表情をしていた。
    「嫌な予感がするんだ! 我儘を言っているのは分かっている! でも……!」
     この時、三日月は恋刀の珍しい様子にただただ、可愛らしさを覚えるばかりで、特にこの言葉を気にしはしていなかった。
    「国広、分かっておくれ――刀剣男士として、主の命に背くわけにはゆかぬのだ」
     唇を噛み俯く国広に、そう言い聞かせた時、廊下の端の方から他の刀の気配がした。
     相手は幸い太刀か、大太刀か、槍か――あるいは薙刀、偵察値的に先に三日月が気付けたようで、あちらはまだ此方に気付いていない。
     三日月と国広の関係は変わらず二振りだけの秘め事だ。
     自分達の関係はあまり褒められたものではい自覚はある。本丸の仲間同士だ、交流があるのは不自然なことでは無いが、あまり親身にしているところは見られない方がいいだろう。
    「後生だから、どうか聞き分けておくれ?」
     だから三日月はそう言い残し、その場を離れた。
     背中で、力無く自分の名を呼ぶ国広の声に後ろ髪を引かれながら。
     
     
    (安心しろ国広、いずれこんな事自体なくなる)
     部屋に入るように言われて、襖を開けると、審神者は三日月に背を向けるて化粧台に向かい髪を梳かしていた。
     その髪の中に混じる白が、随分と多くなったとしみじみ思う。肌も、はりがなくなり、皺が増えている。
     敷布団の上で胡座をかきながら、三日月は審神者の姿を鏡越しに見て時の経過を実感した。
     時間は今も前に進んでいてる。
     きっともうすぐ、その髪は全て白に染まって、身体は一回り小さくなり、さらに皺だらけになって――人はみんなそうなる。時の経過が人の形を変えていくのだ。それは子供の頃は成長といい、大人になると老という名に変わる。そしてそれは死というものに向かう歩みでもある。
     形あるものはいつか壊れてるし、命あるものはいつかは死ぬ。それは自然の摂理であり、生物なら誰にでも訪れるものだ。
    「ねぇ、三日月」
     そう呼ばれ、鏡越しに審神者と視線が合う。その顔が疲れて見えるのは、いつの間にか深く刻まれた皺のせいだろうか。
    「なんだ?」
     鏡の中の自分がちゃんと笑えているのを目の端で確認し、なるたけ柔らかい声で応えてやった。
    「私に、死んで欲しい?」
     無表情で、小首を傾げてそう聞かれる。
     あまりに突飛で、あまりに発言と表情が削ぐわなくて、そしてあまりに三日月の心中を言いて当てられて、思わず言葉を失う。
    「何を言い出すかと思えば」
     情けない事に、ようやく返せたのは
    「そのような事、望むわけがなかろう」
     そんなありきたりな台詞だった。
    「私が、何も気付かないとでも思っているの?」
     それは、どういう意味なのだろう? と疑問が浮かぶ。三日月は上手く立ち回っていたつもりでいたからだ。
     そこに、落ち度など無いと信じて疑っていなかった。
     だから、言葉の意味は自分が彼女を本当は愛していない事を示すのか、それとも国広との関係を知って審神者が言ってるのか
    (いや、しかし、俺たちの関係は仲間の刀ですら気づいていないはずだ)
     それが何故露見するというのか。
     ひとまずここは、いつものように受け流し、あやふやにしてしまおうと、三日月は表情を作る。酷く困ったような、悲しいような表情で
    「何か、俺がしてしまったなら謝ろう……だから、機嫌を直してはくれぬか?」
     縋るような視線、媚びるような声色、これでいつも審神者は三日月を赦した。
     だから今回も、
    「……」
     審神者は俯いて、長い髪がその顔を隠している。ぶつぶつと小さく何かをずっと呟いていて、呑気な三日月もようやく、これは、いつもと様子が違うと実感した。
    「……しなさいよ」
     張り詰めた空気の中、ぽつりと、ようやく聞き取れた言葉、
    「なんと?」
     三日月が思わず聞き返す。
    「あなたが、殺しなさいよ! 私に死んで欲しいなら! 貴方が! 私の首を刎ねればいい!!」
     途端に審神者は三日月に掴み掛かり、そう吠える。髪は乱れ、眼球は血走り、口の端に泡を拭きながら――その姿は
    (まるで化け物だな)
     昼間、三日月はその言葉をこの女から投げられたにも関わらず、自分より余程、その様子が化け物だと思った。
    「殺して! 貴方の手で!! 私を!」
     審神者は完全に気が、狂ってしまっていた。
     これはもう駄目かもしれないと三日月は瞬時に思う。
    (殺せと言うならそれもまた主命だ)
     だから、躊躇う事なく、右手に本体、三日月宗近を召喚する。
     きっと他愛もない。苦しむ事なくその首を落とす事が出来るに違いない。
     三日月が刀を振りかざした時だった。
    「待てっ……!」
     襖が開くと、そこには国広の姿があった。
     国広は即座に三日月の刀を取り上げる。そして――!
    「~~~ッッ!!」
     審神者の背中から袈裟懸けに切りつけて、
    「はッ――――!」
     首を、
     
     切るというには不似合いな音が室内に響く。それは粟田口の子達が潰して楽しんでいた、ぷちぷちとした梱包材を一気に握り潰した時のような音に似ている気がした。
     多分、筋肉や血管が千切れる音だ。
     国広が使うのは三日月の本体である三日月宗近――刀剣男士が、自分以外の刀を使うとそんな弊害があるのかと、妙に冷静に思う。
     ゴロンと、審神者の首が床に転がった。
     可哀想にその顔は苦しみに歪んでいる。
     国広は肩で息をしながら、その場に立っていた。
     返り血に真っ赤に染まる、その金の御髪、白い肌、頬、唇、指先、どれも、身震いする程に美しい。
    「あんたは、俺のだ……! 俺だけの!」
     涙を目にいっぱいに溜めて、国広がいる。
     ぎゅっと国広が三日月の本体を抱きしめる。
     ちりりと背骨に熱さを感じた。
    「ツッ!」
     国広の肌を、今、三日月が切り付けてしまっている。
    「国広! それを離せ!」
     怪我をしてほしくない。
    「いやだ! もう……!」
     三日月の本体を抱えたままの国広の身体がゆっくりと消えていく。
    「国広!!」
     三日月がその名前を呼んだその刹那、
    「もう離さない」
     それだけを言い残し、国広は一振りのーーただの刀に戻っていた。
     
     
     
    「あとは、お前達が知っている通りだ。俺は審神者を殺した罪で此処に連れてこられ、こうして、お前と話をしている」
     拵えの変えられた山姥切国広を見た時からある程度予想していたが――想像異常の内容に長義は絶句する。
     同時に、こんな話を淡々とするこの三日月宗近は要注意だと警戒心を強めた。
    「いやしかし、お前が来てくれて良かった――そうしてく欲しいと頼みはしたが、希望がかなうとは限らんだろう?」
     へらりと笑みを浮かべて、三日月宗近はそう言うと立ち上がる。
    「正直、刀剣男士なら、誰でも良かったのだが、一文字則宗よりは山姥切長義が良いと思っていてな……国広に会わせてりたかったのでな」
     のんびりと言いながら、三日月宗近が長義に近づく。
     一体何のつもりなのか、いや、何かを企んでいたとして、三日月宗近は何も出来はしないだろう。
     だって、自分とこの刀の間には、硝子の壁が、
    「硝子の壁があると思っていたか?」
     サッーと血の気が引く。
     三日月宗近は軽やかにその身を翻し、長義の背後に回る。
     
     ガッ!
     
     凄まじい衝撃と共に、痛みと、熱が、後頭部にじんわりと広がる。頭と身体が別のもののように長義の意思を無視するように手足が一つも動かせない。
     重力に逆らえず、身体がその場に倒れた。
    「あのような無粋なもの、此処に来て二日目で壊させた。人の子はいつも、俺には優しくて可愛らしい」
     徐々に遠のく意識の中、三日月宗近がその言葉から、職員の人間がこの刀に手を貸していたのだと分かった。
    「すまんな」
     スラックスのポケットを探られていた。おそらく、三日月宗近が欲しいのは刀剣男士用のIDパスだろう。
    (クソッ! その為に俺をっっっ! )
     悔しさに奥歯を噛み締めた瞬間、長義は意識を失っていた。
     
     
     
     こうして、三日月宗近は施設から逃亡し
     、その行方は分かっていない。
    「――が、我らは審神者の霊力により顕現し、その身を保つ刀剣男士だ。霊力が尽きたら只の刀に戻り、錆びて朽ちるか、本霊に帰るかしてるだろうさ」
     執務室にて、一文字則宗に今回の事件の経緯を説明する。長義的には大失態であり、てっきり馬鹿にされるかと思っていたが、意外にも則宗の言葉は長義を庇うようなものだった。
    「施設周辺に、三日月宗近と思われる太刀は見つかっていない」
     一体、何処に行ったのか――むしろあの刀は何処へ行きたかったのか。
    「本霊に……というのも、人間達が言い始めたことだ。この身が朽ちる時、この魂が何処へいくのか、分かっている刀剣男士はいない。悪魔の証明だな」
     まぁ、そうだかなぁと、則宗は苦く笑う。
    「しかし、審神者の子供は保護、本丸にいた刀剣男士は回収してどちらの記憶も消去済み。子供は高い霊力があるらしく、次の審神者候補だとお偉いさん達は大喜びだ。お前さんの失態が帳消しになるぐらいにな」
     確かに、手引きしたのは自分に無いにしても、これで刀解されていないのだから、よほど、審神者の子という土産が政府はお気に召したのだろう。
     そんなつもりで保護したわけでは無いが、どの道、親がいないのだからこうするしか無かった。
     審神者候補というだけで、きっと普通の人間よりは良い環境や、良い教育を受けられるだろうし、子供にとっても悪くは無いだろう。
    「それにしても自分のしたい事だけして、愛されたい奴に愛されて、幸せな御仁だ……その三日月宗近は」
     そうぼやく一文字則宗はどこか羨ましそうですらある。
     でも確かに、
    「それは、そうなのかもしれない」
     その愛は歪で目を背けたくなるほど醜かったかもしれないが、最期までそれを貫いたあの刀は、とても幸せな刀なのだろう。
    「とても、人でなしとは思うけどね」
     言って、長義は顔を顰めた。
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