悪夢真夜中の荒野──戦場。月と星々が暗闇を照らし、剣、槍、斧といった幾多もの武器たちが空からの光を反射し、鈍く煌いている。
反射した光たちは夥しい死体の群れを照らし出す。頭部から足先まで真っ二つ、或いは胴体が真っ二つ、四肢が捥がれている等、様々な死体が荒野を埋め尽くしている。血潮と臓腑で彩られた残虐非道の絶景が広がっている。
白いフードを被り、手に大鎌を携えている戦士は、その光景に息を呑んだ。地上界の“命を刈り取る”役目を担う<死神>──ヒュプノスでも、このような惨状には嫌悪を覚えた。
哄笑が聞こえる。金属が反響しているような奇妙な声。ヒュプノスは視線を前にやると、遠くに宙を浮いている一振りの大槍が見えた。黒い鋼の意匠が施され、青白く発光するクリスタルの刃を持つ、美しい三つ又の槍。それが、笑い声を上げている。
噂には聞いたことがある。ヒュプノスと同じ、ラティオの軍勢に所属する武器の<神>。鍛冶神バルカンによってただ殺すためだけに作り出されたという、呪われし最強の魔槍──
「ゲイボルグ……」
ヒュプノスは思わず口にした。すると、大槍がゆらりと動いた。こちらに振り向くかのような動作。
『誰だァ?次の獲物か?ヒィヒヒ、いいぜ!かかってこい!真っ二つに斬り裂いてやる!ヒャッハハハ』
毀れた高笑いを上げる魔槍に、ヒュプノスは眉を顰めた。
「なんと邪悪な……噂に違わぬ悍ましい魂よ。これほどの穢らわしき死を作り出すとは…」
『ハァア?死にキレイもキタナイもあるもんか!我が身は楯を貫き、鎧を砕き、魂を切り裂く!その為だけに在る!殺して殺して殺し尽くす!それこそが俺の存在意義だ!』
「…哀れな。死を求めるあまり死にとり憑かれたか。だが死とは本来荘厳にして静粛なものだ。このような惨忍で、無慈悲なものなどではない」
『──ああ?そうか、お前<死神>のヒュプノスか。命を摘み取るのが仕事のクセに<死>を愉しめないなんざ病気も同じだ、くっだらねえ。その手にした武器は飾りかァ?武器ってのは遍く殺すための道具だ。てめぇみたいなつまんねぇヤツに使われて可哀相になァ、ヒャハ、まとめてぶっ壊してやるからこっちに来いよ‼』
目の前にある強大な狂気に、ヒュプノスは嫌忌で表情を歪めた。この上もなく悍ましく、惨たらしい。言葉を交わすだけで狂気に侵蝕されていくような、そんな感覚さえ覚える。
「貴様と刃を交える気はない。そもそも我らは同陣営だ。それを忘れるな」
『ハ──つっまんねえ、本当につまんねぇヤツだなてめーはよ!あー興が削がれた!雑魚は斬り飽きた、とっとと消えちまえ!もっと強いヤツを連れてこい!』
ゲイボルグは不気味に発光を繰り返しながら、死体の群れの前から姿を消した。その場には沈黙と、血塗れの光景だけが残される。
──きっと“あれ”は、遠からず破滅するだろう。あの狂気は周囲だけでなく、己すらも不幸にしてしまう。際限なく死を追い求めるうちに、やがて己自身にも死が降り掛かる事になる。
<死神>としての勘なのか、確証も無くそう感じた。