信じられない「本当にこんなものが作れるんだな」
掌の中には普通の風邪薬と変わらない大きさの錠剤がある。目の前のアズールはそれはもう得意満面の笑みで気取ったポーズを取った。
「ええ、我が社で長年試行錯誤をして完成させたものです。きっと貴方のご期待に添えると思いますよ」
「……副反応とか、薬が原因で最悪死んだなんてケースは?」
「そんな危ないものをご案内するわけがないでしょう。弊社の沽券に関わります」
大人になってからも、腹を立てた時に眉を釣り上げる癖は変わっていないようだった。そして後ろに控えていたジェイドがこれまた初見殺しの笑みで続けた。
「体内に入れるものですから不安になるのも当然ですよね。ですが、この薬は本当に安全なものです。人によっては副作用として眠気や吐き気が起こる場合がありますが、それはどの薬だって同じでしょう?」
「ていうかさ〜、そんなに信用ないなら別に買わなくていいんだけど。これ欲しいやつなんてごまんといるし、別に高い金出して買う必要なくない?」
「——い、いや、いる。分かった。信用する」
こいつらのことは年数が経った今も大して信用なんかしていないが、商品に関しては信用しても問題ないだろう。それこそ、こちらは太客だ。ガッカリさせるような代物を渡してくるはずがない。
「よかった。それでは商品の説明に移りますが、まあ大して難しいものではありません。朝昼晩とこの薬を食後に服用するだけでジャミルさんの胎内が一時女性と殆ど同じような状態になります。子宮と、それから卵子ができますので、服用した夜に必ずお相手と営みをしてください。ああ、もちろんアレをしてくださいね」
「アレとは?」
言葉を濁すアズールに問うと、ジェイドが「所謂中だしですね」と付け加えた。
「アア、ハイ」
「勿論、この薬で必ず子供が授かるわけではありません。人間ですから100%というものは存在しない。ただこの薬は底上げとしてくれる、そういう風に考えて頂ければ幸いですね」
「——これだけの金額で100%じゃないのか。まあ分かったよ、ありがとう。すまないな、遥々俺たちの国まで来てもらって」
「いえいえ、せっかくなのでのんびりと観光してから帰りますよ。それよりも良いのですか? コレのこと、カリムさんには話してないのでしょう?」
そうだ、俺はこの「授かりの薬」を買うこと、服用すること、全部カリムに伝えていない。勝手に買って、飲むことにしたのだ。……別にカリムの誕生日だからって、「俺がプレゼント」をしたいわけではないからな、決して。
「フン、あいつに聞かなくたって欲しがるに決まってるだろ」
それにもし、狙いが外れて欲しくないと言われればシなければいいだけの話だ。
「だからもう〜それ聞くなって言ったじゃん。ノロ気うぜえ」
「まあまあ良いじゃないですか、フロイド。あのカリムさんとジャミルさんが今や幸せなんですから喜ばしいことですよ」
「そうですよ、フロイド。これでお二人にお子様が授かれば私たちには旨みしかありませんし」
「そうかなあ」
相変わらず全く悪びれもなく言いたい放題の三人だ。
「うるさいな! もう早く観光でもなんでも行ってこい! 食事代くらいはカリムに付けといて良いから」
シッシ、と追い払うようにいえば、三人はニヤニヤしながら「おやおや」やら「それではご馳走になりましょうか」と言いながら俺の家から出て行った。
▽
「うううううううう〜〜〜〜〜!!!!」
いや、いつまで泣くんだ。もうこの方、三十分はこの調子で泣き通しだ。その内干からびてミイラになるんじゃないだろうか。
「……良い加減泣き止めよ」
「だって……!! だって……!!」
ティッシュを渡せば、チーンと勢いよくはなをかみ、嗚咽を漏らした。
「アレだけこっぴどく振られて、それで結婚してくれたのも嬉しかったのに、まさか子供を作ろうと考えてくれるなんて……」
信じられねえくらい嬉しい、と泣きながら続ける。ま、まあ確かにそんな過去もあったけども……。
「全く。いつまでそんなことで泣くんだよ。しょうがない旦那さんだな」
カリムの頬を流れる涙を手の甲で拭ってやる。この状態では、もう今晩はできそうにないな。こんなことならアズールに頼んでもう一回分もらっておけば良かった、とため息をついたとき、頬を拭っていた手を取られた。
「ジャミル……」
カリムの顔が近づき、唇が重なる。チュッと可愛らしい音がした。
「好きだ」
「……うん」
「オレ、頑張るから。たくさん愛し合って子作りしような」
「いや、言い方……」
なんだか締まらなくてぐったりしてしまうが、俺に覆い被さるカリムがバカみたいに嬉しそうな顔をしていて、どうでも良いかという気にもなってくる。
「まあ、でもそうだな。俺の中、カリムでいっぱいにしてくれよ」
そう言ってカリムの背中に腕を回すと、カリムは目ん玉をこれでもかと丸くして自分の頬を抓る。そして「やっぱり信じられねえ」と呟くと、どちらともなく笑みも溢したのだった。