流れに沿った先は とある無名惑星の大地にある、纏わりつくような湿気で充満している洞窟。壁や地面に天井等上下左右が荒く、均等でない岩で造られている。この空間に、一定の間隔で鈍く大きな足音が鳴り響いている。足音の持ち主は、大型の異形のモンスターだ。獲物と思わしき存在を探しているのか、時折低い唸り声を出す。その声にかき消されるように、小さくも間隔の短い呼吸が二つ紛れている。
「サいっこうに気持ち悪い洞窟だな……こんな所にスむなんて絶対に嫌でス」
間隔が短く小さな二つの呼吸の内の一つは、宇宙防衛軍のキャプテンであるダック・ドジャースのものだ。湿度の高い空間の暑苦しさに参っているのか、愚痴を零し汗を流しながら岩の壁にもたれかかっている。
「これだけジメジメした場所だ……出口は恐らく、さっき通った道以外にはないだろう」
岩壁の陰から異形のモンスターの様子を見ながらそう言ったのは、もう一つの呼吸の持ち主であるX-2司令官だ。ダック・ドジャースとXー2は宿敵同士であるのだが、怪物がいなくなるチャンスを伺いつつ身を潜めているのには理由があった。
『ドジャース、今度こそ戦いを終わらせようではないか』
『ハッ、ソれはこっちのセりふでスよ。シつこい火セい人め』
今から寸刻前のこと――彼らは意図せずして洞窟の出入り口で鉢合わせ、戦闘に入った。最初はどちらも光線銃を撃ちつつ回避しつつの攻防であり、どちらが有利か不利かも分からない状況だった。しかし、気付かぬ内に逃げ場を失ったドジャースが不利に追い込まれ、Xー2がトドメを刺そうとした……その時であった。
『グルルルル……』
互いのものではない、不穏な呻き声が聴こえた。呻き声がした方向へ両者が恐る恐る顔を向けると、大きさの分だけ圧があると言っても過言ではない三つの目玉を持ち、口が裂けている異形の大型モンスターが二人を睨んでいた。喰われる――血の気が引いた二人が同時に思ったその瞬間、モンスターは雄叫びを上げて襲いかかってきた。慌てて逃げ出したドジャースとXー2は、ほぼ並走状態で洞窟の中へ走って行ったのだ。
そちらのペットではないのか、押し付け合い同然の口論を繰り返した。洞窟の不安定な通路をただひたすらに走り続け、見つからないであろう岩陰に身を潜めた――これが現状に至るまでの経緯である。
「はぁ……オマエとあの場シょであったのが運の尽きでシたね、火セい人はロクな奴がいまセん」
蒸し暑さで苛立っているのか、ドジャースの他責発言がより強い言い方になっている。同じく蒸し暑さに参っているX-2は最初こそ彼の言葉に苛立ちを覚えたが、この男は元からこういう奴だと頭の中で自分に言い聞かせ、平静を取り戻し無視を貫く。しかし、モンスターの様子を伺っている間に一つの最悪な可能性が過った。
「……ドジャース、質問がある」
「手短に一つだけでお願いシまス」
ドジャースはそう返すと岩壁に額を密着させる、恐らくは少しでも冷たい所に当たり涼しくなりたい故の行動だろう。自分のことでいっぱいな姿勢が一周回って素晴らしいと、Xー2は内心で皮肉めいたことを思いつつ最悪の可能性も合わせて溜め息を吐いてから思考開示を始めた。
「此処が怪物の住処だとしたら、今何をしたいか教えてくれ」
Xー2の質問を聞いたドジャースだが、特に過剰な反応こそしていない。しかし、知りたくない事ではあったらしく、その気持ちを示すように沈黙が続く。彼等がいるこの地帯だけが、少し冷気を帯び始めた。
「ふぅ……今ので少し涼しくなったようだな、感謝してほしいものだ」
この洞窟がモンスターの住処である場合、嫌でも脱出しなければならない。内部の異常な蒸し暑さに合わさり、生命活動に必要な水分や食料も備わっている気配がない以上、例え見つかることがなくとも抜け出さない限りは飢えで生存が途絶えることとなる。それをようやく理解したのか、やる気を出したドジャースは岩壁から額を離して光線銃を握り締める。
「こんな誰にも看取られない環境でシぬのは勘弁だ、サっサと出まスよ」
蒸した洞窟からすぐさま抜け出したい一心で、ドジャースは無鉄砲に飛び出そうとする。そんな慌ただしい彼を、待てとXー2が腕を引いて止めた。
「まずはあのモンスターの弱点を探る必要がある、例え撃破が不可能でも怯ませることが出来れば……」
多量の汗を流しながらXー2が睨む先は大型モンスター、ではなく怪物が佇んでいる側にある通路だ。そこは彼等が逃げる際に通った道であり、出入り口に繋がる唯一の正解のルートである。すると、ドジャースがXー2の肩を軽くつついてくる。
「あの目ん玉とかどうでスか?」
異形の象徴と言っても過言ではない巨大な三つの目玉、ドジャースはそれこそが弱点ではないかと考えたようだ。
「いくら何でも目立ちすぎだが……」
堂々と露出しすぎていて逆に違っており、他に弱点があるのではないかとXー2は疑う。しかし、方向転換するモンスターの姿を見ても弱点らしき場所はない。結果、ドジャースの言う通り無難に目玉を狙うこととなった。ふと、Xー2の視界に一粒の大きな石が映る。
「あまり遠すぎると回避の隙を与えてしまう、それなりの距離に投げるから外すんじゃないぞ」
「オマエこソ、途中でぶっ倒れたりスるなよ」
ドジャースとXー2は、岩陰から再び怪物に視線を向ける。作戦を実行する二人の緊張は、湿気と洞窟内の反響音により高まっている状態だ。そして、Xー2の光線銃を握っている手とは反対の手に、先程の石が握られている。石を握る手に力を籠めると、Xー2は小声でカウントダウンを開始する。
「三……二……一……」
零――カウントダウン終了直後、X-2は何も関係ない通路の穴に向けて石を投げつけて身を隠す。強い衝突音を耳にした大型の異形のモンスターは、そちらに向かって唸り声を上げながら走行を開始した。鈍くも大きい足音が、地鳴り付きで響き渡る。狙いの通路へ、怪物が近づいてきたその瞬間――。
「今だ!」
X-2が声を上げた直後、ドジャースとX-2の握る手から光線銃が放たれる。僅かな間ながらも洞窟を照らす二つの光線は、巨大な怪物の左上にある目玉に直撃した。
「ギュオオオオォ」
弱点で間違いないのか、モンスターは苦しそうに呻き声を上げながら手で目玉を覆っている。その様子に、思わず二人は嬉しそうに拳を握り締める。しかし、残りの二つの目玉が怒りに満ちた目つきで獲物を発見した。ダメージを受けてない目玉を頼りに、モンスターはターゲットの方向へ走り出す。
「目の前ががら空きでスよ!」
ほぼ同時に再び放たれた光線銃、今度は右上の目玉にヒットする。巨体と威圧で獲物を腰抜けにしてから餌を喰らってきたのか、知能は優れていないようだ。もがき苦しむモンスターに、Xー2は安心すると同時にこんな簡単に上手く行くのかと唖然とする。
「サい後の目ん玉に一発当てれば後はおサらばスるだけだ!」
逃げ出す時間が稼げれば倒せなくとも十分であり、順調な今の彼等に何も怖いものはなかった。そう、この瞬間までは。
「火セい人、トドメをサシま――」
訪れようとする好機に胸を躍らせながらドジャースがそう言いかけたその時、何かが倒れる音が隣で聞こえた。Xー2が手から光線銃を離した状態で、倒れ伏している。何が起きたか分からず、ドジャースは慌てて駆け寄る。
「おい火セい人、何こんなシめっぽい所で眠り始めてるんでスか」
「っ……」
ドジャースに抱き起こされたX-2は、顔を紅潮させながら息を荒げている。Xー2は、猛暑の砂漠地帯で枯れそうになった程に暑さが苦手なのだ。蒸し暑さを我慢しながらの戦闘であり、逃げるまで何とか耐え忍ぼうとしたが持たなかったのだろう。
「サっき言っただろ、途中でぶっ倒れたりスるなって……!」
突如、辺りが暗くなる。否、暗くなったのではない――巨大なモンスターが目の前まで迫ったことで、巨大な影に覆われたのだ。
「……生肉はオススメシまセん」
腰が抜けた格好になったドジャースは、情けない一言を漏らす。手を付いた状態で後退りをする惨めな者と蒸し暑さに倒れた者に対し、怪物が今更許す筈もなかった。
「ガアアアアアアア」
唯一まだ機能する中央の目玉を見開きながら雄叫びを上げ、裂けた口を開き一口で喰らいつこうと襲いかかった。次の瞬間、中央の目玉が二つの光線を諸に浴び、恐ろしい怪物は轟音に近い悲鳴を上げながら倒れてもがく。異形の大型モンスターは、目の前まで迫ってしまったのが裏目に出た。
「フッ、オレの演技に騙サれたな……実は二丁拳銃をマスターシているんでスよ」
真実なのか疑わしい決め台詞を口にしてから、ドジャースは自身の光線銃を腰に装着する。先程後退りした時、ドジャースの手にX-2の光線銃が手に触れた。それに気付き、自身の光線銃とXー2の光線銃をそれぞれ両手に持ち光線を放ったのである。格好つけた表情のドジャースが打って変わって面倒臭そうに見つめる先は、未だ倒れているX-2だ。
「こんな荷物抱えながら逃げなきゃいけないなんて……本当、火セい人はロクな奴がいまセんねっ」
ドジャースは文句を言いながらXー2を背負い、片手には万が一の時に備えてXー2の光線銃を握る。まだ苦しみ続けている怪物から逃げ出すように、洞窟から退散を開始した。蒸し暑さに悩まされながらも元来た道を進み、「いい加減起きなサい」「オレは介護シょく員じゃない」等と小言を言いながら出口を目指す。希望を兼ね備えた一筋の光が見えたのは、ドジャースが文句を言わなくなってからのことだった。穏やかな風が汗で濡れた身を撫でた時、彼は湿気からの解放を実感する。
「……出口だ、何て気持ちの良い風!」
薄い陽光が、祝福の如くドジャースとX-2に降り注いでいる。自分達を苦しめていた蒸し暑さ、そして恐ろしい怪物と戦っていたことが嘘のようとドジャースは思った。
「……とりあえず、こいつがミイラになる前に水与えまスか」
暑さに疲れ果て背負われたままの宿敵に、ドジャースは溜め息を吐かずにはいられなかった。ここで放置しようと一瞬考えたが、再び怪物に見つかったことであることないことを告げられてからの報復が面倒で放っておけずにいる。お礼に給仕係になるかパーティーの主役権限を貰いたいなどと、贅沢な要求を考えながら水場を求め再び足を動かし始めた。
幸いにも、洞窟からある程度離れた所に天然水の流れている小さな滝があった。僅かながらも植物が存在しており、洞窟とは全く正反対の爽やかな空気だ。ドジャースは滝壺の近くでXー2を横たわらせ、まずは自分の水分補給を済ませる。
「っ、ぷはー! 生き返りまシた、やっぱり水はスべての生き物に必要不可欠だな」
天然の水を大量に飲んだことで、ドジャースは地獄から抜け出したような気分になる。満足感を得た彼は、顔の隣にある大きな葉を一枚取った。表の部分を丸く整えると、その葉で水を掬いX-2の側へ戻っていく。
「おい、水だぞ火セい人。オレがサがシて用意シてやったんだから、ありがたく飲みなサい」
X-2の顔を少し起こし、水の入った葉を口と思わしき部分に近づけて傾けると、少しずつ水が見えなくなる。朦朧とした状態であっても、水は何とか飲めているようだ。水を掬っては飲ませる動作を何度か繰り返す内に、X-2の苦しむ表情が少しずつ和らいでいく。
「ソんな軟弱な肉体でオレに勝とうなんて、一万光年早いでスよ」
軽く呆れた様子で、ドジャースは左右に首を振ってそう言った。彼の頓珍漢な発言に、弱々しくも突っ込みを入れる声が一つ。
「……光年は距離だぞ」
ドジャースの手助けで水分補給をしたことで、Xー2は会話が出来る程度には回復したようだ。やっと起きたなと、ドジャースはうんざりした様子で構わず話を振る。
「長いこと介護をサセられていい迷惑でシたよ」
「介護させたつもりはないが……結果的にはそうなったな」
微かな意識の中で、ドジャースが上手いこと大型の異形のモンスターに上手く対処し、自分を背負いながら脱出してくれた。更には水のある場所を探し、水を飲ませてくれたことまで把握しているようだ。それを告げられ、ドジャースは不服そうに何か言いかけたが、Xー2に手で塞がれる。
「助けてくれたこと、心から感謝する。ダック・ドジャース」
X-2は目を閉じて一礼すると、ドジャースの嘴かれ手を離した。その感謝の気持ちは渋々といった様子もなく、誠実そのものだ。素直に礼を言うと思っていなかったのか、ドジャースは一瞬目が点になる。しかし、すぐに我に返り踏ん反り返った。
「……感シゃサれるも当然でス、何を隠ソうオレはスーパーヒーローのダック・ドジャース!」
相も変わらず見栄を張るその姿に、Xー2は含み笑いをする。彼の心と同調するように、草や葉も微風で揺れ出す。この男が自分の宿敵だなんて信じられないと、Xー2は改めてドジャースの異質さを再認識した。
暫く休憩したことでXー2は動けるようになるまで復活した、上半身を起こしただけの状態から立ち上がり、ドジャースと顔を合わせる。
「さっきの戦いだが……アレは引き分けだ、こんな状態では続けられない」
「シ方ありまセんね、サっきの化け物に見つかる前に撤シゅうだ」
異形の大型の怪物に襲われる前の勝負、結果引き分けであるとやり取りを交わす両者。宿敵同士ながらもその光景はあっさりしており、悔いがまるで残っていない。
「次の目的地のことは全部カデットに任セるとシまシょう、じゃあな火セい人」
助手であるカデットに業務を押し付けることを躊躇せず口にしてから、ドジャースは転送機能で姿を消した。カデットの苦労が絶えないなと、似たような立場であるXー2は眉を顰める。
「次に会った時は容赦しないぞ、ダック・ドジャース」
誰もいない穏やかな地で一人そう呟いたX-2も、腕輪の転送機能を操作してその場から姿を消す。だがテレポートする前の彼は、呟きの内容とは裏腹に清々しい様子だった。二人がすっきりしたまま戻れたのは、緑に包まれた爽やかな空気と水のおかげだろう。ダック・ドジャースとXー2司令官、どちらも無意識に次の戦いを楽しみにしているのだった。