鱈のヴァプール トーン。ビシャン。トーン。バシャン。
放課後アパートの扉を開けると、そこには上着を脱いだ制服姿のコウジが、新妻よろしく楚々としたエプロンを身に纏い、何やら神妙な面持ちで小さな玉ねぎを放ってはキャッチ、放ってはキャッチ、と[[rb:弄 > もてあそ]]びつつ思慮をめぐらせているところだった。
トーン。
コウジが手首を捻る。宙を舞った玉ねぎはその薄皮をピュンピュン震わせながらぎゅるぎゅる回転してまたコウジの手の平にビダン! と勢いよく着地した。
「早いな。もう夕飯の支度か」
「うん」
時計を見ると十六時を回ったところだった。カヅキが来るまで、まだ三時間もある。
カカカカカカ。いつにない機敏さで猛然と玉葱を切り刻むコウジはニコリともしない。というか俺を一瞥もしない。だが怒ってはいない、と、思う。たぶん。どうやら頭の中でレシピ検索を終え、作業に没頭しはじめたところらしい。
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