せめてこの4分間は ヒロの爪のぎざぎざに、もう長らく触れていない。青いプラスチックのベンチの上で、コウジは突然そのことに思い至った。
関係を修復してから、コウジはヒロの手に触れる機会があると、しばしば彼の爪を指先でなぞった。リアス海岸を思わせる繊細な凹凸を楽しんだ後、そっと指の腹を押し込むと、ハリネズミの牙のような尖りがコウジの肌に噛みついた。動物の子供がじゃれつくみたいに。そのうち、それがコウジの癖のひとつになった。自分のささくれを弄るのと同じ、無意味な手遊びだ。
あるとき、いつものようにヒロの爪のラインを撫でていると、カヅキがコウジの腕を取った。
「ヒロが痛がってるだろ」
コウジはずいぶん驚いた。だってヒロは、今まで一言もそんな事を言わなかったから。ヒロの顔を見ると、「深爪だからね」と苦笑してカヅキの言葉を否定しないので、コウジは静かにショックを受けた。どうやらカヅキの言うとおりらしい。カヅキが止めてくれなかったら、コウジの指先はいつかヒロの肉に到達して、無言のままヒロにひどい苦痛を与えたことだろう。
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