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    どぉぉぉしてもPPP戦後に付き合ってまでの過程をこねりたくて、ちょっと連載始めます。
    途中R18にもなるので、その時はパス制にするけど、とりあえずはそのままです。
    あと PPP戦のハーフライフ戦についてギャンブラー側のペナルティがどういうものかよくわかんないんで、都合よく書いてます。作中に言及するところがあったら教えてくれるとありがたい。
    ちょいちょい連載
    #がとうる #ジャンケットバン腐 #牙漆

    ハッピーエンドの向こう側①【1】

    「着きましたよ」
     その呼びかけに、ぼんやりとしていた現実が輪郭を顕にする。静かに止まったエンジン音に、二、三回瞬きをし、周囲の状況を改めて把握する。
     あぁそうだ、と漆原伊月は小さくく息を吐く。
     ゲームが終わって、家まで送ってもらっていたんだった。
     あまりの疲労に少しだけ眠りに落ちていたのかもしれない。そうは悟られまいと背筋を伸ばすと、 バックミラー越しにこちらを見ていた担当行員の蔵木と目が合った。口角をわざとらしく上げた、いつものアルカイックスマイルでこちらをずっと見つめている。貼り付けたままの笑顔で何も言わないのは、大変わかりにくいが、彼なりにこちらの返答や反応を待っている状態だった。漆原もまた唇を引き上げる。
    「あぁ、ありがとう」
     少しでも気を抜けば、すぐに疲労で体がどろどろととろけそうになる。しかし、その姿をカラス銀行の行員に見せるのはあまりよろしくない。事にこの蔵木という人物は、こちらが会話をしようとしても、まぜっ返すように賭け事の誘いを仕掛け、何を考えているかずっとわからない人間だったからだ。
     勤めていつも通りを装い、漆原は笑う。すると、蔵木は笑ったまま、すっと前を向いた。
    「今日はお疲れ様でした」
     驚いた。労われると思わなかったから。想定外の声かけに、漆原はまずは頷いて見せる。
    「あぁ、うん。ありがとう」
     この場合、礼を言うのが適切かわからない。が、それを判断する前に口からこぼれ落ちる。
    「まぁ……負けたけど」
     つい数時間前――漆原は、銀行が開催している闇賭博で初めての敗北を味わった。
     今思い返しても、ひどくおかしな経験だった。
     全ての事柄に「絶対」がない以上、「負ける可能性」がないわけではないが、少なくとも漆原の中では、今日あの現場に向かうまで「負ける」なんて思いもしなかった。自分は絶対にはずれくじを引かない、勝負に出ずに考え抜いた確実に勝利を掴み取るつもりでいたし、実際に掴んできた。それこそが、自分の隣にいる「相棒」にできる唯一のことだと思っていたからだ。
     しかし――結果は敗北。
     しかも、敵は自分たちを最後の最後まで追い詰めた挙句、綺麗な形でデス・ゲームの裏を見事にかいて全員生存に終わらせた。
     初めての負け。しかし、不思議なことに敗北自体の悔しくは微塵もなかった。それどころか、長い間自分の心が囚われていた負の感情が綺麗さっぱり流された、憑き物が落ちた感じすらある。
     けれど、これはあくまで一プレーヤーとしての意見である。銀行の、特に負けたギャンブラー側である蔵木にとってみれば、主任解任戦という大きなチーム戦で初戦に黒星をつけたことになる。彼らのために勝とうと思っていたことはなかったが、わずかに軋んだ罪悪感に首をすくめたが、運転席の蔵木は「負けましたね」とはっきり言うだけだった。
    「まぁでもしょうがないですよ。あなた方を充てると決めたのは主任ですから、私はどうとでも」
    「……そっか」
     その抑揚のない言い方に安心すら覚える。彼にとって漆原の進退なんて心底関係ない話なのだろう。
    「あと口座の件ですが、本当にリリースでいいんですよね?」
    「あぁ、うん。そうして欲しい。今回ペナルティ金が発生していると思うから、ほとんど残金は残ってないと思うし、負けたってことは、今の僕のランクはもう1/2ライフじゃないし、やるとしても5スロット以下だよな?」
     今回の敗北で漆原は1/2ライフからは落ちており、また多額のペナルティ金も取られている。この銀行が運営するギャンブラーのランクは、原則「ゲーム終了時」の金額によって決まる。今日のゲーム結果を踏まえれば現在漆原の口座に残ってる金は、借金こそないものの微々たるものだろう。
    「わかりました。では口座は解約で」
    「うん、もし残金があるようなら通常口座に戻してくれればいいよ」
    「承知しました。一ヶ月ほどお時間は頂戴いただきますが、やっておきます。いくつか押印が必要になりますが……」
    「それってクラウドサインでもいける?それならそうしたいんだけど」
    「可能です。後ほどメールで送っておきますね。こちらもお時間をいただきます」
    「わかった」
    「そして残念ながら私との関係も最後です」
     はっきり言われたことに漆原は顔をあげた。担当行員がつくのは、1/2ライフ以上の実力をもつギャンブラーのみ。この常に笑っている不可思議な行員とはこの関係が最後になる。
    「あぁ、そうだね、それはちょっと残念……かな」
     実は漆原はこの不可思議な行員のことを嫌いにはなれなかった。貼り付けた笑顔のまま、起こったことはあっさり流し、これから起こることに賭けを興じる。変わってはいるが一貫性だけが整ったその姿は、漆原が辿り着けなかった境地である。他人の生死にも興味をもたず、ただ蔵木は賭けませんか?と誘うだけ。ロボットのような人間だった。
    「そうですね私も」
     相変わらず一ミリも変わらない笑顔で言った彼を見つめ、漆原はセダンのドアノブに手を伸ばす。もうこの銀行の送迎車に乗ることもないだろう。なんだか変な感じがするなと思っていたその時、蔵木が「あ、漆原さん」と言った。
    「うん?」
    「そういえば牙頭さんはこれからどうするんですかね?」
    「え」
     彼から出た名前に、漆原は大きく目を見開いた。
     牙頭とは、高校の頃からの友人で、経営者で――そして先ほどまで漆原と共に賭場で戦っていた、大事な大事な相棒。
     高校時代のある事件をきっかけに、その、「相棒」との大事な日々が何をどう努力しても消える可能性があることに嘆き、漆原の考え方の軸となる「くじ引き理論」の展開が始まった。
     明らかな善と悪があったとしても、それらが消えることを止めるすべを自分は持っていない。だからこそ等しく無価値。この友人との日々も唐突に消えてしまう可能性を前に、そう考えていないと己の精神が持たなかったのだ。
     ――どんなに努力したとしても、全てのものは等しく無価値。努力は実るのではなく、くじ引きで決まる。
     しかしながら、この強烈なペシミストになっても牙頭は漆原の隣を離れなかった。寄り添うようにそばに。
     そんな彼とは、ゲーム会場を出てから終わってから今に至るまで一切言葉を交わしていなかった。酸素の薄いところに長時間いたせいか、はたまた対戦相手であった村雨と天堂のせいで、死の瀬戸際と思い込んでずっと抱えてきた気持ちを暴露させられたからか、どうも話しかけられずに出てしまった。かろうじて言えたのは「また今度」の一言だけ。牙頭は蔵木に引き摺られて出ていく漆原に、いつも通り「おう」と手をひらひらさせただけだった。
    「どうするって……聞いてない、別に」
     そう、聞いてない。お互いそれどころじゃなかった。疲れ切っていたし、頭も回っていなかった。それに漆原だって、この命をすり減らすギャンブルをやめると決めたのはついさっきのこと。やめようと強い心を持てるほどあの場で精神力を保つことはできていなかった。
     漆原の返事に蔵木は「おや、聞いてないんですか」とパチパチと瞬きをする。
    「うん……あの場で話す気力もなかったし」
    「そうですか。では牙頭さんがギャンブルを辞めなかったら漆原さんも辞めませんか?」
    「あーそうだな……」
     尋ねられた問いを考え、漆原は一つの結論に辿り着く。
     ……いや、一緒に辞めさせよう、絶対に。
     続けたい理由があるなら話を聞いて、一緒に辞めようと説得する方向に乗り出すだろう。いずれにせよ、牙頭をあの場に残すことはしたくない。
     1/2ライフで負けても無事に帰ってこれたのは奇跡としか言いようがない。あの銀行は金を持て余したVIPからいかに金を出させるかしか考えておらず、VIPもまた、人がどう生きてどう死ぬかに惜しみなく金を出す。狂った享楽者たちを楽しませるなんてこと、今の漆原にはする気はなかった。
    「辞めようと説得すると思う。あいつらの言葉を使うのは嫌だけど、「善行」により生かされた命だからお互い無駄に消費しても勿体無いだけだ」
    「そうですか」
    「わかんないけどな。ガッちゃんがこう考えているって前は手に取るようにわかったけど、今は……」
     あのゲームで天堂に追い詰められるまで、漆原は牙頭の考えと選択肢までが手に取るようにわかっていた。自分は絶対に牙頭の考えを見誤らない。そう確固たる自信すらもあった。
     しかし、ゲームも終盤、天堂の一言により、漆原にあった自信は最も簡単に揺らいでしまった。 
    「間もなく神の声が届く。友の命と引き換えにな」 
     あの時の僕はがっちゃんを守ること以外何にも考えられなかったからなぁ……。
     改めて突きつけられた厳しい状況に、漆原の心情が荒波に揺れる小舟の如く翻弄される。このイカレ神父に牙頭を選ばせてはならない。何がなんでも自分に刃を向けさせるしか他ない。
     無我夢中でだした「藁の家」のカード。その際に牙頭に伝えた「僕はいつでもお前の横にいるよ」は遺言のつもりだった。いつの間にか二人揃って道を誤っていたが、一緒にいた時の楽しかった記憶は間違いではなかった。もはや今際の際。次の手で自分が死ぬとしても、魂はすぐそばにいると伝えたかったのだ。
     だって、ガッちゃんがいたから、僕はここまで生きてこれたんだから。
     努力が形として実るどころか、そのチャンスすらも最も簡単に手の中からこぼれ落ちる理不尽な世界で、牙頭だけは、漆原の唯一の聖域だった。彼が自分を見捨てないでいてくれるから、この世の全てに絶望しないでいられる。その牙頭が消えてなくなるのなら、この世にいる意味はなく、彼の命と引き換えに自分が死ぬのならそれは本望とすら思う。なので、藁の家を出すのは漆原にとって自然の流れだった。生も死も等しく無価値である世界で、自分の死で牙頭が生きるなら、ようやく価値のあるものだと思える気がしていたし。
     しかし――。
     牙頭が自分と同じように「藁の家」のカードを出してくるのは、計算外だったけれど。
     今から思えば、まったく彼らしい選択だが、あの場で牙頭が握るカードの中身を考えるまでに至らなかったこと自体に、己がどれだけ追い詰められていたかがわかる。
     ガッちゃん、あの時「俺は無意味にゃ消えねぇぞ」って笑ってたっけ。
     ガラス一枚に隔てられた室内にいる牙頭の横顔を思い出す。何も心配するなと言わんばかりに笑う彼が出したのは、漆原と同じ「藁の家」のカード。狼を出すだろう天堂に「自分を狙え」と叩きつけていた。
     ガッちゃんは、優しすぎるんだよな……。そんなこと、僕にしなくてもいいのに。
     つらつらとそんなことを考えていたら本格的にこの状況に飽きたのか、蔵木は「それではまた」とドアロックを解除する。さっさと出ていけと言っているのだ。
    「ああ、すまない。送ってくれてありがとう」
    「いえいえ。あなたとの最後の仕事ですからね。口座のリリースと残金の移行が終わったらまた連絡いたします」
    「わかった」
     自動で開いたドアから一歩降り立てば、ヒュウと冷たい風が頬を撫でた。真冬の、夜の帷が落ちた時間。寒いのは理解していたが、思ったよりも寒くて、漆原は小さく身震いをする。早くマンションに入ろう。
     後手でドアを閉めようとすると蔵木が「あ、そうだ、漆原さん」と声をかけてきた。まだ何かあるのかと顔をそちらに向けると彼が言った。
    「今から雪村に電話するんですけど、牙頭さんがギャンブルやめるって言ってたか賭けません?」
     相変わらずのアルカイックスマイルで問いかけられた質問に、やや眉を寄せる。あの銀行の、ことこの男にとってギャンブラーの人生なんて所詮は暇つぶしの一つなのだ。
    「遠慮するよ」と言って漆原は薄く笑みを浮かべると、力を込めて車のドアを閉めてマンションの地下駐車場出口まで歩き出した。車のエンジン音が響く。車が遠ざかっていく気配に、漆原は最後のお別れを告げたのだった。

    ★★★

     地下駐車場のエレベーターから居住区のフロアへ上がり、十階の自分が借りている部屋へと向かう。内廊下に敷き詰めらた絨毯を踏み締め、玄関の重たいドアから中に入ったその時、ようやく漆原は息をついた。
     な、長かったな……ほんと。
     考えてみれば、今日の昼間は法廷で弁護をし、その足でカラス銀行が主催するゲームに参加している。スケジュール通りとはいえ、ゲーム中に起きたことは完全に予定外の産物だ。疲労が溜まるのも当たり前のこと。
     漆原は大きく深呼吸をし、胸元からスマホを取り出し、ダイニングテーブルの上に置いた。会場を後にしてからというもの一度たりとも震えていないスマホは、まるでぐっすり眠っている子供のよう。コートとジャケットを脱いだ漆原は、逡巡ののちにスマホのサイドボタンに触れる。
    「……連絡はない、か……」
     液晶画面に連なったアプリアイコンにメッセージアプリのものはなく、加えて着信が残っているわけでもない。
     まぁ、そりゃそうか。ガッちゃんだって疲れてるだろうし……。
     しかし、心のどこかに隙間風が吹くような物悲しさを感じるのはなぜだろう。そんなに彼と喋りたいなら自分からかければいいと思うのに、なぜだか、気持ちが湧いてこない。声が聞きたい、今日のことを話したい。そう気持ちが急かすのに、漆原の指先は電話帳のお気に入り欄一番上の、牙頭で止まったままだった。
     どれくらい経っただろうか。漆原はスマホをダイニングテーブルの上に戻した。
    「いや……ちょっと、もう少し後にしよう。帰り着いていないかもしれないし」
     牙頭のマンションは漆原の住む家よりもカラス銀行からは遠く離れている。ほぼ同時刻で出ていたからまだ自宅についてない可能性がある。先ほど車の中で浴びせられた元担当行員のアルカイックスマイルが浮かんだ。
     ――今から雪村に電話するんですけど、牙頭さんがギャンブルやめるって言ってたか賭けません?
     あの時、蔵木は「今から」と言っていたが、雪村がまだいる時点で電話するのは話したいことも言えなくなる。そもそも、今の漆原には牙頭へ何をどう言いたいのかもまとまってない。
     ただ、今日あったことのおさらいをしたかった。
     牙頭の声で、牙頭の目から見た自分の話を聞きたかった。
    「……とりあえず、シャワーでも浴びてくるかな」
     誰にいうでもなくそう呟いた漆原は、スマホを置き去りにしてバスルームに向かう。それでもなぜか気もそぞろになり、烏の行水と言わんばかりの短さで戻ってくると、案の定、ダイニングテーブルにあるスマホがブルブルと震えている所だった。
    「も、もしもし……?」
    『おう、俺だ』
    「ガッちゃん……!」
     まだ濡れたままの髪を適当にまとめ上げ、液晶もろくに確認せずにでた相手は案の定、待っていた人間の声で。何だか急速に体の力が抜けていく。今まで張り詰めていた緊張が一気に解きほぐれたようだった。
    『今大丈夫か?もう自宅か?』
     スピーカーから聞こえる牙頭の声に耳をすます。スピーカーから聞こえる牙頭の声色もまた、いつもより幾分か緩やかなものだった。
    「あぁ、うん、自宅。さっきついて今シャワー浴びてきたところ」
    『そっか、バタバタしてるところ悪かった』
    「ううん、全然。ガッちゃんは家に着いてるよな……?」
     流石にまだ自宅に着いてない状態で電話をかけてくるとは思えないし、牙頭の背後が静かだが、念のため。すぐに帰ってきた『あぁ、ついさっきな』との返答に、ほっと息を吐いてダイニングテーブルの椅子を引いて座る。
     家に着いたならよかった。
    「僕のが先に帰ったから、あの後どうだったかなって気にしてたんだ」
    『あぁ、雪村とちょっと話し込んでな』
    「ふぅん。何、ウェイトレスのこと?」
     担当行員の雪村を気に入って、牙頭が熱心に自身が経営するファミレスのウェイトレスに誘っていたのはよく知っている。つい茶化すつもりで口に出すと、電話の向こうで牙頭が『まさか』と笑った。
    「違ぇよ。そんなんじゃねぇって」
    「あぁ、そうなんだ。ガッちゃん、結構誘ってたからさ」
    『あれは……別に本気じゃあねぇ。ただ、やったら似合うだろうなって思ったっつー冗談の一つだな』
     はははと笑った後、牙頭の声色が変わった。
    『主な用件はあれだ……このギャンブル、どうやったら辞められるか、聞いてたんだよ』
     その言葉に瞠目する。牙頭もやはり自分と同じことを考えていたのだ。
    『銀行のルールを確認したら、1/2ライフから落ちたら担当行員ていうあいつらみたいな専属の人間がつかなくなるから、それ以下の人間に対してギャンブルを続ける強制力はない、という話なんだよ。あるとしたら銀行側に借金――もちろんこのギャンブルで作ったやつな、いわゆる借入金じゃなくて――場合のみだって』
     蔵木と同じ説明である。人の生き死にをエンタメにする銀行の仕組みとしてはいささかあっさりし過ぎているが、銀行側の人間二人がそのように言っているのだから、大きなズレはないだろう。
    『調べたところ、今回のゲームはいわゆる「主任解任戦」っていうVIP向けに発生したゲームだったから、俺らへのペナルティは少し種類が違うらしく、ペナルティ金も普通のゲームよりは多くないんだとよ。ほら、「銀行側の理由」により作られたものだったからな』
    「なるほどね」
     その話は蔵木からは聞かなかったが、会話の内容としては雪村の方が格段と信用ができる。蔵木からまともな情報を得るのは、岩を割るより困難なのだ。
    『雪村にその場で調べてもらったけど、俺の口座、金はそこそこ取り上げられたものの、借金はできてはなかった。たかだか三千万くらい残ってるって言ってたかな』
    「そうなんだ」
    『まぁ、前から少し考えてはいたんだけどよ。いつかは辞めんだろうなっていうのが。勝ったとしても所詮これは闇賭博だ。頂点を目指すことは悪くねぇけどその先に自分のメリットがあるのかって言ったらわからなくなってきて。あと――』
     ふっつりと牙頭の声が切れた。言葉を選んでいるのだろう。一音も聞き漏らして溜まるものかとスマホに意識を集中すると、漆原は「あと……?」と先を促した。
    『……今日のゲームでちょっと考えさせられたんだよ。その……………本当に負けた時のこと』
     ガッちゃん……。
     低く、くぐもった牙頭の声に、体の奥が軋む。頭の中では天堂に最後通牒を突きつけられた時のことが蘇る。
    『最後のカードめくる前にイカれ神父が「友の命と引き換えに」とか言ったろ?』
    「あぁ、覚えてる」
     その場面をたった今、ありありと思い出していたところだった。
    『あの時、生きた心地しなかった』と牙頭は静かに言った。
    『で、はっきりわかったんだよ。あぁ、これ、本当に命を賭けて進んでんだなって。いや、前々からわかってはいたし、理解はしていたんだけど、どうもな……』
     ――お前の命が賭けられてるんだって実感したら生きた心地しなかった。
     僕も、同じこと思ってたよ。
     自分が死ぬよりも、隣にいる牙頭が死ぬのが何よりも恐ろしかった。恐ろしさは感情を増幅させ、混乱に陥れようとするが、心のうちは決まっていた。机の上に叩きつけたカードに、なんとしても牙頭を守ると思いを込めていた。
    『結果、ゲームは負け。あの天堂とかいうイカれ神父の采配で死ぬことは免れたけど、やっぱりこれは長く続けるもんじゃねぇな、むしろここがやめどきだったんじゃねぇかと思って』
     電話も向こうの息遣いに漆原は目を閉じる。そばに牙頭がいる感覚が心地よかった。
    『何よりも二人揃って五体満足で戻ってきたんだ、俺はもう別にいい。もうあそこにはいかねぇ、俺はもう決めた』
     それでな、伊月とスマホの向こう側から、牙頭の緊張した声が聞こえてきた。
    『お前も一緒にやめてくれねぇか。あのギャンブル。今日のゲームで死ぬ可能性ってあるんだなって思ったらどうもな……』
     自分が考えていたこととほぼ同じ回答を聞かされ、漆原もほっと息を吐く。辞めるだろうと思っていたが、こうやって本人の口から聞かされるのは安心感が格段と違う。提案された内容に、漆原も前のめりで答える。
    「実は僕も……!僕も辞める気だった」
     スマホから牙頭の息を呑む気配が伝わってきた。
    「辞める気だった。ガッちゃんと同じだよ。今日のゲームで本当にガッちゃんを失うかもって思ったら、もうめちゃくちゃ怖くて。負けたけどこうやって生き残れたしもうそれだけでいい。今日のゲームは最後に特大のあたりくじを引いたんだから」
    『そっか……』
     よかったと、心底安心したと息を吐いている。ただそれだけがすごく嬉しかった。
    『悪いな、俺からこんなこと言い出して。そもそも俺が発端だったのに』
    「ううん、いいよ、別に。巻き込まれただなんて思ってない」
     牙頭の方が先にカラス銀行の賭博にのめり込んだのは事実だが、追いかけたのは自分の意思だった。二人揃って無事に離脱できるならそれに越したことはない。それにしても――。
    「優しいね、ガッちゃんは」
    『え?』
     今日何度も思った言葉がつるりと口からこぼれ落ちる。
    『いや、優しくねぇよ。テメェが巻き込んだ責任を取ろうと思っただけだ』
    「その責任て考えるあたりが真面目だなって思うよ。もしかして、あの最後に藁の家を出したのもそれが理由なのか?」
     なくはない話だと漆原は思った。
     最後、牙頭も叩きつけた藁の家は、自分がこのデスギャンブルに巻き込んだ責任として出したのなら、納得もいく。そんなこと考えなくていいのに。自分が勝手に牙頭についてきたのだから。
    『いや、あれは――……』
     そこまで言いかけて、牙頭の声が小さくなった
    『いや、なんでもねぇ……』
    「うん?」
    『なんでもねぇよ。まぁ最後のカードはあれを出したのは、お前が死んでほしくなかったからだ。俺の責任とか、そういうんじゃなくて。……それよりも、だ。行員には辞めるってこと、言ったのか』
    「あぁ、うん、言った。それで蔵木に帰る最中に辞め方を聞いていたんだ。概ねガッちゃんが言った話とズレはなかったね。案外簡単にやめられるもんなんだな、これ」
    『らしいぜ、意外なことに』
    「この闇賭博の最も大きな収益だっていうのはあの観客たちからの資金だろ?僕たちのようなプレーヤーがいないと成り立たないだろうから、そう簡単にやめさせてもらえないって覚悟はあったんだけど」
    「雪村が言うには、銀行側としてやめさせたくないのは担当行員がつくスタープレーヤーらしい。いわゆる1/2ライフ以降な。それ以下のゲームは人も入らないしそもそものチケット金額も安いっぽい」
    「じゃあ今回のゲームで1/2以下になっただろう僕らは範疇外だ」
    「そういうことになる。あとはまぁ……借金だよな。5スロット以下にいる奴らの中には負けが積み重なって銀行に借金してまでやってるやついるんだろ?』
     その話は聞いたことがあった。この賭博に出入りしている奴の中にはどんなに負けがかさんでもやめられない中毒者たちがいる、と。ランカーのスタープレーヤーたちはその中毒者たちの犠牲の上で成り立って存在しているのだ。
     よく考えればすごい仕組みだよな……。
     あの銀行賭博で知り合いになっているのは自分の担当行員と強いて言えば牙頭の行員だけである。今まで戦ってきた相手のことはほとんど覚えていない。ゲームが終わったあとはつづがなく控え室に戻されてそこで終了。相手の状況やゲーム後の生死など、漆原の耳に入ってくるものではなかった。
     過去のゲームでも、再起不能、ないしは死んだ相手もいたはずなのに、今回だけがこんなにも自分の身に迫ったことだと感じられたのは、あの医者と神父に全てを曝け出されたからだろう。すがっていた価値観を壊され、心を丸裸にされ、あまつさえ、遺言めいたことまで口走されていた。
     なんか……たった一つのゲームだったのにあれだけで随分見えるものが変わった気がするな。
    『――俺はお前が生きていれば、それでいいよ。もちろん、俺自身もだけど。一番はお前だわ』
     笑い混じりに伝えられた言葉に、心がギュッと締め付けられる。
     なんで、なんでこの人は、こんなにも自分のことを。
     こんな、自分のことを。
    「……そんな」と言いかけて、漆原は椅子を座り直す。椅子の軋む音が、まるで泣けない自分の代わりのように泣いていると思った。
    「自分のことを軽んじないでくれよ」
    『……軽んじてるか?』
    「軽んじてるよ。だって、ガッちゃん、いっつも僕のことが先じゃないか。もっとこう……自分中心で考えなよ、どうしてそんなに――」
     そこまで言いかけ、漆原ははたと息を呑む。
     そうだよ、ガッちゃんてなんでこんなに僕のこと――。
    『……伊月?』
     受話口から怪訝そうな声が響いてくる。気持ちが溢れすぎて、形を成さずに落ちていく。言いたいことがたくさんあるはずなのに、急に言葉が出てこなくなった。
     あの時、なんで躊躇なく藁の家のカードを切ってくれたのか。
     そもそもなぜずっと自分の傍にいてくれたのか。 
     身に降ってきた不幸に絶望し、この世の全てを無価値だと断絶する人間なんて、放っておいてくれてもよかったのに。
     あの村雨という医者が言っていた「心についていた嘘」ってなんのことなのか。
    『おい、伊月、大丈夫か?』
     もう一度電話越しに尋ねられて、漆原ははっと意識を戻した。
    「いいや、なんでもない。忘れてくれ」
     そうこちらから話をきれば牙頭はそれ以上追求もしてこないのは昔からよくわかっている。電話の向こう側に悟られないように息を整えていると牙頭が言った。
    『なぁ、今度の休み、会えねぇか?』
    「……え」
    『どっか店を予約するんでもいいし、俺ん家でもいいぜ。反省会……っていってもあのギャンブルやめたから、反省するもんはねぇけど……なんか、もうちょっと色々話してねぇなって……そう思って……』
     照れているのか、はたまた断られると思っているのか。いつもの自信満々な態度とはおよそ想像ができない消極的な誘い方に漆原は笑みを溢す。
     昔っからそうなんだけど、人を誘うってあんまり得意じゃないんだよね、ガッちゃん。
     自分としてもこの電話だけで今日の件、そして今までの話を全てを話し切れるとは思わなかった。
    「いいよ。僕もそう思っていたところだ」
    『お、それじゃあいつがいい?いくつか候補出してくれ。俺がお前の予定に合わせるほうが楽だと思う』
    「わかった、ありがとう。じゃあ、明日スケジュール見て、送っておくよ」
     それから二、三言交わして、深夜の通話は解散となった。液晶が消えたスマホをしばし見つめ、ベッドルームへ向かう。
     あんなに疲れていたはずなのに、妙に心は満ち足りていた。今日最後に話せたのが牙頭でよかったと、そう思いながら、漆原は眠りに落ちていった。
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     あぁそうだ、と漆原伊月は小さくく息を吐く。
     ゲームが終わって、家まで送ってもらっていたんだった。
     あまりの疲労に少しだけ眠りに落ちていたのかもしれない。そうは悟られまいと背筋を伸ばすと、 バックミラー越しにこちらを見ていた担当行員の蔵木と目が合った。口角をわざとらしく上げた、いつものアルカイックスマイルでこちらをずっと見つめている。貼り付けたままの笑顔で何も言わないのは、大変わかりにくいが、彼なりにこちらの返答や反応を待っている状態だった。漆原もまた唇を引き上げる。
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    ハッピーエンドの向こう側①【1】

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     その呼びかけに、ぼんやりとしていた現実が輪郭を顕にする。静かに止まったエンジン音に、二、三回瞬きをし、周囲の状況を改めて把握する。
     あぁそうだ、と漆原伊月は小さくく息を吐く。
     ゲームが終わって、家まで送ってもらっていたんだった。
     あまりの疲労に少しだけ眠りに落ちていたのかもしれない。そうは悟られまいと背筋を伸ばすと、 バックミラー越しにこちらを見ていた担当行員の蔵木と目が合った。口角をわざとらしく上げた、いつものアルカイックスマイルでこちらをずっと見つめている。貼り付けたままの笑顔で何も言わないのは、大変わかりにくいが、彼なりにこちらの返答や反応を待っている状態だった。漆原もまた唇を引き上げる。
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