Recent Search
    You can send more Emoji when you create an account.
    Sign Up, Sign In

    kmtmixmixmixkmt

    X→@kmtmixmixmixkmt
    kmtさねげん/JBがとうる
    まぁまぁな幻覚を見てる

    ☆quiet follow Send AirSkeb request Yell with Emoji 💖 👍 🎉 😍
    POIPOI 5

    kmtmixmixmixkmt

    ☆quiet follow

    どぉぉぉしてもPPP戦後に二人が付き合うまでの過程を描きたくてひたすらこねくり回してるの、見てほしい。第二話。思ったよりペースが早い

    #がとうる #牙漆

    ハッピーエンドの向こう側②【2】

     ――翌日、都心の天候は珍しく雪模様だった。
     一月の終わりとなれば雪が降るのは珍しくないが、天気予報通り暖冬傾向にあるため、今年初めての雪になる。
     あぁ、どうりで寒いはずだ……。
     あんなにも疲れ切って帰ってきたはずなのに、妙にすっきりと起きた漆原は、身支度をしながらテレビに映る天気予報をぼんやりと眺めていた。
     深夜から明け方にかけて降っているが、通勤前には止み、ところによっては雨に変わると天気予報のキャスターは言っているが、そもそも雪が降ることを前提に作られていない都心近郊は、たとえ積もらなくても大打撃を喰らう。少し早めに家を出た方がいいだろうかと、窓越しに外を見やると、マンションの窓からもわかるくらい、アルファルトにはうっすらと雪が積もっている。漆原は思わず眉を寄せた。
     これは……雨用の靴で行った方が良さそうだな……あと、家は少し早めに出よう。こういう時って何があるかわからないし。
     あんな命のやり取りをするギャンブルがあった翌日でも、仕事が止まることはない。至って普通に、漆原に何が起きたなどの考慮もなしに日々は過ぎていく。
     当たり前だ。それが仕事なのだから。
     自分としては、ゲームに召喚された際は必ずこのゲームで命が墜えることも考え、仕事の引き継ぎができるようにしておいたが、無事に帰ってくれば翌日の仕事は何事もなかったように自分が処理をする。
     この、最悪のケースを想定した準備もしなくていいんだなと思うと、大きな重荷がまた一つ降りた心地になるな。やっぱりあのギャンブルって精神衛生上、あんまりいいものじゃなかったんだな……今更だけど。
     多分自分はその事実すらも目を背けていたのだろう。あの場所から共に離れると決めた今、どうして二人揃って出入りを繰り返していたのかと不思議にすら思う。
     ――愚かさに愚かさを重ね、死の淵に立つまで幸福に気が付かなかった咎共よ。
     天堂はあのゲームで、漆原たちにはっきりとそう言い放っていた。たかだか数時間ほどしか接していない、関係の薄い人間にも関わらず、自分たちがやっていることにズレがあると見抜いたのだ。もしかしたら、本当に自分たちは他人から見たら明らかにおかしなループに迷い込んでいたのかもしれない。
     あの神父、この世で一番嫌いなタイプだけど……神を自称するには相応しいくらいの実力はあったんだよな……。 
     それどころか、相手を殺すよりも相手を生かし、行いを悔い改めさせる方が、長期的に見て影響を残す度合いが大きい。そこまで計算に入れているなら末恐ろしい相手に当たったものだと今更ながら武者震いが起きる。
     まぁいいや、こうやってあいつらに言われたことを咀嚼しようとする方が、よっぽど奴らの思う壺だ。
     ふるりと首をふり、漆原は再び外に目を映る。曇天模様の寒空は相変わらずで、今日の通勤には覚悟が必要だなと腹を括っていると、ふとダイニングテーブルの上にあるスマホがピコンと音を出す。
     誰だろう、こんな朝早くから。
     表示された通知に、目を見開く。メッセージアプリのアイコンとともに並んでいるのは「牙頭猛晴」の四文字。スマホのロックを解除してすると、メッセージアプリのアイコンにどんどん数字が連なっていく。
    『外見たか』
    『雪』
    『今日仕事か?気をつけろよ。電車も遅延してるっぽい』
     当たり前のようにこちらを心配する文面に、漆原は彼らしいなと目を細める。こういう彼の細やかな配慮に心が温かくなる。
    『おはよう』
    『雪すごい、こっちは今から出勤なんだけど、今日外出?もう家をでたのか?』
     牙頭の職業はファミレスチェーンの経営者である。元々は本社に出勤して仕事をしていたらしいが、コロナ禍以降、本社機能は全てリモート化してオフィスを手放している。今や自宅と店舗を行き来して仕事をしている毎日だった。
     こんな天気だからバイクだって厳しいよなぁ。スリップしそう。
     さっき窓の外から見た道路にまだ雪は積もっておらずアイスリンクにもなってないが、走りにくいのは変わらない。ガッちゃん、出かけない日だといいなと考えていると、スマホが震えていく。
    『いや、今日は休みにしてる。試合の次の日だったから、なんかあるかもしれねえって思ってたし』
     そういう用心深いところが牙頭らしい。だから今までのビジネスでも大きな間違いはなくやってこれたのだろう。
    『こんな天気だし客も来ねえよ』
     それはそう。雪になると客足は落ちる。
    『そっちはそう簡単に予定をキャンセルなんて出来ねぇだろ?どうせ仕事する気だっただろうと思っていたし』
     やってきた返事に漆原はスマホに指を滑らせる。こっちは今から出かけるところだよ、と。
     牙頭もスマホを持っているところなのか、漆原が送った文面に端から既読がついていく。
    『電車か?』
    『駅までの道、気をつけろよ』
    『転けて骨折したら見舞いに行ってやる』
    「なんで僕が転けたら骨折する前提なんだよ」
     戻ってきた軽口に漆原は唇に笑みを乗せる。でも見舞いに来てくれるという文面は優しさが滲んでいた。
    『転けないよ』
    『そっちも出かけるなら気をつけて』
    『外、すごい寒いみたいだし』
     そう目を細めて漆原は息を吐く。そろそろ出かけなければ。
    『オレは今日外にでねぇって決めたから大丈夫』
    『そっちこそあったかくしていけよ。マフラー巻いてけ』
    『首冷えると、ヤベェから』
     あぁ、そうだな、マフラーまで巻いて行ったほうが良さそうだな。
     アドバイス通りにクローゼットからマフラーを取り出した漆原は 『行ってくるね』パパパと打ち込んだ文面に紙飛行機のボタンを押すとサイドボタンに指をかけて液晶をオフにする。
     スマホは震えたが、あとで確認しようと心に決め、家を出た。
     自宅の最寄駅から十五分ほど移動した、都内のど真ん中。そこに漆原が勤める事務所はあった。
     弁護士の仕事はどうしても裁判をしてる姿に脚光を浴びがちだが、実はそれがメイン業務ではない。裁判を行い、判決が出た後にも事務処理に明け暮れる。終わったはずの件で裁判所に呼び出されることもあるし、クライアントからの依頼で申し立てをしにいくこともある。そしてその作業のための書類作成や調整にも追われている。裁判をしてる姿など、全体の一割にも満たない。法廷の剣士と言われても、実態は意外と地味な仕事が多くそのほとんどが事務所で作業をすることが多かった。
     駅に降りたち、地上出口まで移動する。たまさか通勤経路が地下鉄だったこともあり、心配されていた列車遅延はなく、漆原が地上出口に到着する頃には予報通り雪も止んでいてくれていた。
     あとはスムーズに濡れたアルファルトを慎重に歩くだけだ。
     それでもだいぶ寒いな……。
     地下鉄の出口を出た瞬間、凍りつくような風に身震いをする。寒さについてはある程度覚悟していたが想像以上だった。びゅっと吹いた冷たい風が耳を切り裂く。体の芯から冷え切る寒さに、牙頭から言われた通りマフラー持ってきてよかったと、首元に巻いたそれを引き上げた。
     暖かさに目を細めて、漆原は再び歩みを進める。
     仕事場である事務所は、最寄りの地下鉄出口からおよそ十分ほどの位置にある。真冬の冷え切った空気の中、ところどころ白いものがちらつくアスファルトの上を歩き続けていると、あることに気がついた。
     ……今日、学生が多くないか……?
     漆原の所属する弁護士事務所は都心の真ん中にある。この時間帯は近隣の会社に勤めるサラリーマンばかりだが、どうも違う。
     緊張した面持ちで歩く男子高校生に、顔色を真っ白にして母親と連れ添って歩く女子高生。あまり見かけないタイプの人々は、みんな揃って駅からの道をまるで列をなしているように歩いていく。
     この先ってなんだったっけな……。
     ポツポツと列を成す学生たちの列を横目で眺めて歩き、彼らが目指す先を辿ると、ようやく気がついた。
    「あ……」
     行きたつに先にあるのは、この国で最も難関と呼ばれる大学――漆原の卒業校の正門。今日はこの大学の入学試験日なのだ。
     なるほど……通りで学生ばっかり見かけるのか。全然、気が付かなかった。 
     改めて周囲を見渡してみると、学生たちの表情は総じて硬い。皆、自分の未来を掴むための切符を手に入れようとこの場に戦いを挑みにきているのがわかる。その姿にありし日の自分を思い出す。そういえば十七年前、自分もこの場所に彼らと同じように試験を受けにきていた。
     なんだか懐かしいな……。
     自分の時はどうだっただろうか。彼らと同じく硬い顔をしてこの道を歩いていただろうかと思い、その時の記憶を探るが薄ぼんやりしたものばかりが脳内に浮かぶ。
     まぁ、そうか……。もう何年前だ?今三十四だから……。
     己の歳を考え、数え出した年に絶句する。十六年。生まれた子が高校に上がるまでの月日が経っている。
     あの頃はまだ、自分が努力した分未来が開けると思っていた。その努力がどこまで実るかのかワクワクした心地で試験を受けにきていたように思う。その後、合格とともに、己の価値観に大きな影響を及ぼす事件が起こるとも知らずに。
     ということは、僕は十六年ほどあの感覚に囚われていたって……そういうことか。
     改めて時の流れの速さに恐れ慄いていると、いつの間にやら大学の正門の前に辿り着いていた。二人組の男子学生が正門の前で話し込んでいた脇を通り過ぎようとした時、彼らの話し声が聞こえてきた。
    「緊張してるか?」
    「いや、別に。もうここまで来たら試験受けるだけだからな」
    「余裕じゃん。さっすが……!」
     どうやら片方が受験するのをもう片方が見送りに来たらしい。軽口を叩き合うその姿に微笑ましいなと思っていると、これから受験するであろう方が言った。
    「てか、お前よくきたな。こんな雪なのに」
    「え、だってお前がこの大学受けるってんで頑張ってきたの、横で見たしな。こうなりゃ最後まで見守ってやるのがダチだろ?」
    「やさしー!!」
     ケラケラと笑い合っている彼らの言葉に、ハッとなり、漆原は足を止める。
     ――そうだ、僕の受験の時、ガッちゃん一緒に来てたよな……?
     さっきまでぼんやりとしか思い出せなかった記憶がありありと蘇る。そうだ。十六年前の今日、漆原と牙頭は今目の前にいる彼らと同様に、この正門の前にいた。漆原の受験に牙頭が見送りに来ていたのだ。
     あの日も、雪が降ってて――。
     曇天模様にちらちらと雪が降り始める。落ちてきた一粒がするりと頬を撫でた。
     確かすごい寒い日で――。
     巻いていたマフラーをギュッと握りしめる。悴んだ指の関節が白く浮き上がった。
     ガッちゃんは、頑張ってこいよって、この正門の前で僕を送り出した――。
     振り向くと受験をする方が、正門の奥へ消えていく。残された方はその姿をずっと見つめていた。ギュッと手を握りしめているのがこちらからもよく見える。相手が構内に入ったのだろう、満足したように正門から離れていく。
     なんで忘れてたんだろう、今の今まで。こんな、こんな重要なことなのに。
     牙頭はずっと自分のことを見守ってくれていたのだ。十六年、いや、正確には十七年前の出会った時からずっと。
     さっきの青年が言っていた言葉が頭の中で響く。
     ――こうなりゃ最後まで見守るのがダチだろ。
     あの男子の言葉と同じように、友達だからって理由でガッちゃんが僕を見捨てずにいるのなら?
     大学受験を見守るくらいなら、微笑ましい友情で終わるかもしれない。けれど、もう漆原も牙頭もいい大人だ。友達だから、ずっと見守ってきたから、そんな理由で付き合うにはどう考えても長すぎる。
     しかも、十六年もペシミストな思考に囚われていた相手に付き合うなんて時間の無駄もいいところだ。
     ――だめだ、言わないと。
     きっと牙頭は見捨てられなくなったのだ。自分が正当な形で努力が実らないことに絶望し続けて、全ては無価値だと言い放ち、何もかも目を背けた自分を。さっきの学生が言っていた通り、旧知の仲だから、今までの流れを知っているからこそ、捨てられなくなった。
     だってガッちゃん、優しいしな。
     特に牙頭は孤独も知っている。自分が去ったあと、残された漆原が孤独になる図を見ていられなかったのだろう。
     ――じゃあ僕から言わないと。もう大丈夫だからって。あいつらに言われたからじゃないけど、僕も僕でこの人生に価値があると思えたからって。
     薄く繋がっていた手を解くのは、牙頭からはできるはずがない。ならば手を離すのは自分からだ。
     大学の正門を通りすぎ事務所の手前で立ち止まると、ポケットの中にあるスマホを取り出した。
     かける相手はただ一人。発信履歴の一番上に残ってる名前をタップすると耳に押し当てて目を閉じる。
     今日家で仕事するって言ってたから、多分出ると思うけど……。
     何回か鳴り響いた呼び出し音の後に聞こえてきた相手の声に、漆原は覚悟を決めたように目を開けた。

    「あ、ごめん、ガッちゃん。今大丈夫?」


    ★★★

    「急にびっくりしたぞ。今日空いてるか?だなんて」
     お前、予定は予め決めておきたいタイプじゃねぇかと、さも意外だったと顔をして牙頭はマグカップを差し出した。注がれているのは暖かいココアだった。コーヒーじゃないんだと座っていたソファから見上げると肩を竦められる。お前、甘いもの好きだろ?と瞳が言っている。
    「あぁ、うん。ちょっとね……」
     大学の正門で牙頭と約束を取り付けた後――漆原は仕事を早めに切り上げ、すぐに彼の自宅へ向かった。 
     こういうとき、今日の悪天候に助けられた。本来予定されていたクライアントたちの打ち合わせは延期され、顔を合わせずに済んだからだ。新規の客も訪ねてくることもなく、事務所は開店休業状態で営業時間を終えられたのである。
     差し出された来客者用のマグカップの中身を啜ると甘い香りが口の中に広がっていく。わざわざ作ってくれたのだろうか。優しげな甘味に頬を緩める。牙頭も自分のマグカップに口をつけている。そちらはきっとコーヒーだろう。牙頭はあまり甘いものが得意ではない。
    「それで……話って?オレが言ってた反省会のことか……」
    「あぁ、まぁそれもあるんだけどさ……」
     口をつけたマグカップを目の前のローテーブルに置くと、牙頭も習うようにテーブルに置いた。どうした?と怪訝そうに覗き込むオークル色の瞳に、漆原は小さく息を呑む。
    「あ、あのな……」
    「うん?」
    「今までありがとう。昨日の件もそうだけど、今のいままで」
     乾いた唇をひとなめして気持ちを落ち着かせる。普段はあんなにもベラベラ回る口なのに、どうにも頭が回らない。けれど、そんなことも言ってられない。とにかく伝えないと。今までのお礼を全部。でないとますます牙頭を巻き込むばかり。いつまで経っても彼を解放できない。
    「昨日からずっと考えてたんだよ、ガッちゃんのこと。ガッちゃんさ、ゲームの時もそうだったけど、絶対に僕のこと優先するよな?自分のこと顧みず」
     牙頭の瞳が大きく見開いた。しかし、それも一瞬のこと。すぐに瞬きをして「いや、そんなことねぇよ」と視線をそらす。
    「あるよ、あのゲームの最中だって、そうだった。僕が狼の憤怒で二つ豚を無くした時、僕よりも焦っていたよな?」
     あの瞬間、それまで隠し続けてたお互いの感情が一気に露出した。牙頭は漆原の豚が消えたことに、漆原は計算外の事態に動揺した。あの医者と神が仕掛けた罠にまんまとハマり、揺さぶりをかけられたのである。
    「それは……ちょっとはな」
     観念したように牙頭が呟いた。
    「あの医者の動きが唐突に変わったんだ。想定外の動きに焦りも出たと思う」
    「でもあの時、僕に起きたことをそれはそれとして動いていてくれたら、もしかしたら勝てたんじゃないかと思ってる」
     ――オレがやるトコはオレがやる。お前のトコはお前がやれ。
     ゲームが始まる前、牙頭とそう打ち合わせをしていた。その連携が崩れたのは間違いなくあの時だった。牙頭は漆原の豚が予想外に減った事態に何よりも動揺したのである。
    「なんだよそれ」と綺麗な眉が寄せられる。
    「それじゃお前は、昨日の試合に負けたことについての文句を言いにきたってことか。わざわざ、寒い中仕事切り上げて。辞めるんじゃなかったのかよ。昨日そう言ってたくせに」
     言葉尻は嫌味たらしいが、牙頭の表情はそのように物語ってはいなかった。まるで子供が友達との約束を破られたような拗ねた顔をしている。厳つい見た目からは想像できない幼い表情に、漆原は「そうじゃないよ」と優しく宥める。
    「負けた責任の追求や、ガッちゃんのせいだっていうために来たんじゃない。そんなことをしにきたんじゃないんだ」
     それじゃなんで、と言いたげに向けられた牙頭の視線から、つと、目線をはずす。この強い視線を正面から受けて語るのはどうしてもできない。だって今から漆原はこの大事な親友に「別れ」を告げるんだから。
    「今日な、T大の後期日程だったんだよ。駅の出口でたら、普段見ないような学生が正門に向かって歩いてて。ほら、うちの事務所、T大に近いだろ?」
    「あ、あぁ……」
     脳裏に浮かぶのは十六年前の今日、彼らと同じように試験を受けようとしていた自分と――その横で当たり前のように付き添った親友の姿。
    「その学生たちの姿を見てて、色々思い出してきた。ガッちゃん、僕の試験の日、一緒にきてくれたよな。覚えてる?」
    「あぁ、覚えてるぜ。今日みたいな雪の日だった」
     そう、あの日も雪が降っていた。寒い中、牙頭は試験を受けるわけでもないのに、わざわざついてきた。漆原を送り出すために。行ってこいというために。
     友達のために、そこまでできる人間がこの世にどれだけいるだろう。
     牙頭はあの頃から、ずっと漆原に優しかったのだ。
     ――僕は、そのガッちゃんの優しさに甘えていた。全然気が付かずに。
     その己の甘えこそが、今回の事態を招いていたのだろう。もっと先に牙頭が突き放していてくれたら、二人揃って闇賭博にも興じなかったし、牙頭にとっての十六年間を無駄にさせなかった。
     この優しくて強い親友を巻き込み続けたのは、突然見せられた不幸に囚われて全てを無価値と断罪した自分のせいだったのだ。
     ――価値のあるものがガッちゃんは好きだから、それにそぐわないようにしないとって頑張ってたけど、逆だった。ガッちゃんが囚われているのに、僕自身が気が付かずに付き合わせていたんだ。
    「あの時一緒にいてくれてすごい助かったよ。本当はちょっとドキドキしてた。でもお前がいてくれたから試験もいつも通りのテンションで受けれたし、首席での合格も実現できた。実際は不戦勝って感じだったけど」
     その不戦勝が漆原に暗い影を落としたのだ。間近で見てきた努力を、何の関係のない人間が踏み潰した瞬間を。生かされた自分は生かされるための努力をしたわけでもないのに生き残ってる。
     どれだけ努力しても自分の運命を自分自信で掴み取れないと絶望した友人を牙頭は捨てることができなかったのだろう。
     だってガッちゃん優しいもの。自分の入試でもないのにわざわざ雪の日に付き合ってくれたし、その後も僕のそばに寄り添ってくれていた。あんなにも自分が価値があるものしか興味がない、と言いつつも、こんなに自暴自棄になった友人を見捨てないでくれたのは、ひとえに彼の優しさからに他ならない。
     その優しさに気が付かず、漆原はただただ一人で堕ち続け――皮肉なことに牙頭の生死を突きつけられて、初めて己の思いに気がついたのだ。
     漆原の言葉に牙頭が「何言ってるんだよ」とボソボソと返した。あの一件は牙頭の中でも大きな闇を落としている。
    「不戦勝って……まぁ相手は受けてねぇけど、お前が努力して首席取ったってのは変わらない事実で――」
    「そう、変わらない事実。彼は運悪く死んでしまい、生き残った僕は入学試験で一位をとって入学。彼が受けてないことを知った僕は世の中全てくじ引きみたい、と思い込み、いろんなこと拗らせて昨日の試合で初対面の相手に「お前がどう思ってるかは知らん、が、私はお前たちには価値がある」と言い切られて負かされたわけだけど、それでね――」
     そこまで一気に喋り、漆原は大きく息を吸った。
    「もう、もう大丈夫だよ、ガッちゃん」
     こちらをじっと見つめている牙頭が眼を見張った。
    「こんな言い方するのは実に悔しいけど、あの神父の言葉がすごい響いた。価値を見出したければ勝手に見出せ、と。ただ、私はお前たちの生き方には価値があると思ったから見逃してやる、好きに生きろってさ。頭を殴られたような衝撃があって」
     天堂の言う「価値」とは、あの戦いで垣間見せた牙頭と漆原の関係性と尚且つ二人の十六年間後生大事に抱えた思いのこと。お互いを守る動きを見せた牙頭と漆原の動きに対し、実直な感想を突きつけられた時、己の中に巣食う「無価値」という言葉が消えた。
     お前が価値がないと言っているものは、実は価値があるものだろう?違うのか?と言われて、改めて周りを見れるようになったのだ。
    「全てが無価値なんて、もう思えない」
     牙頭は黙って聞いている。
    「だからもう、僕は一人でも大丈夫だよ。ガッちゃん。今まで付き合わせてすまなかった。ガッちゃんもどこへでも好きなところに行ってくれていいよ。僕に構ってなくてさ。……今まで一緒にいてくれてどうもありがとう」
     せめてもの礼にと深く頭を下げると、牙頭が持っていたマグカップをローテーブルの上に置いた気配がした。
    「……何、何言ってんだよ、伊月……」
     いつもの低くて渋い声が心なしか震えている。
    「付き合わせた、巻き込ませたって……お前……違ぇよ。全然違ぇ。そんなんじゃない」
     何かと思い頭をあげかけると、牙頭がソファを座り直した。膝の頭が自分に近づくのが見え、彼が近寄ってきたことを悟る。牙頭の気配はいつ何時でも漆原にとって心地よいものだった。顔を下げたままでいると、牙頭が「顔、あげてくれねえか」と言ってくる。おずおずと顔をあげると、眉を寄せて必死にこちらを見つめるオークル色の瞳にかち合った。目の端が少しだけ潤んでいる。
     一度しか言わねぇからちゃんと聞けよ、と牙頭は言った。
    「は、オレが選んで、お前の傍にいた」
     はっきりと、漆原を見つめ、牙頭はそういった。
    「お前があの時落ち込んで運命論に囚われたから、とか。一人でおかしな方向行きそうだったのを見捨てられなかったから、とか。可哀想だったからとか、そんな同情めいたもんじゃねぇ。誓ってそうじゃねぇ」
     ふるりと首を振るう。
    「オレがお前の傍にいたかったから一緒にいた。お前がオレを孤独から引き上げてくれたんだよ。話しかけたのはお前の方からだっただろ?」
    「あ……」
     それは覚えている。どんなにテストで一位をとっても、誰もが「牙頭が本気出したら漆原は負ける」と言っていて、どんな人間か興味が湧いたのだ。話してみればなんてことない。単に向上心が高く聡明な男。そんな彼のことを漆原はいっぺんに気に入った。柄の悪い見かけとは真逆の思慮深く繊細な自分にはない感性も興味深かった。明らかにレベルの低い同級生とは違い、同じレベルで話してくれる牙頭との関係が心地よかった。
     牙頭といるときだけが、漆原にとって本来の自分に戻れたのだ。 
    「オレは、オレの欲でお前の傍にいる」
     牙頭の瞳が夜空に浮かぶ星のように光っている。このまっすぐな瞳に見つめられることで、何度なく漆原は自分を保ててきた。悪人を悪人として裁くことができず、法の抜け穴からすり抜けさせた時も。何一つ悪くない善良な人間を救えなかった時も。
     彼の元へ行き、会って話をしてくれている時だけは、元の自分でいられるような気がしていた。
     だからこそ、漆原は彼を失うことだけがこの上なく怖かった。
    「オレが、お前を、選んでるんだよ」
     ――だから傍にいさせろ、これからもずっと。
     力強く、しかしながらしっかりと言った牙頭の一言に、込み上げてきたものが一気に決壊する。鼻の奥にツンと痛みが差し、視界がじわりと歪んだ。こんなところで泣くわけにはいかないと思えば思うほど止まらなくなる。
     あぁ……今、気がついた。僕、ガッちゃんのこと、好きなんだ……きっと……ずっと前から。
     だからこんなにも嬉しい。傍にいてくれと、彼に言われることが
     新たに気がついた真実に、また別の意味で漆原は絶望した。気がつかなければよかった。彼を解放しようと決めていたのに、こんなにも熱烈なことを言われれば、その手は離せなくなる。牙頭はそのつもりはないのに。
    「お前は、オレの大事なダチなんだよ、伊月」
     牙頭の言う「ダチ」という言葉が、嫌な感じに心に響いた。目尻に流れた涙をそっと拭っていると、静かに続きが降ってくる。
    「……なぁ、伊月。返事は……?」
     力強く言うくせに、最後に漆原の反応をおそるおそる聞くところがまた彼らしかった。自分が嫌だなんていうわけがないのに、何を怖がっているのだろうか。最終的には我を通し切ることはせず、相手の出方を窺う。
     そういう最後に僕の意思を優先させようとするのもまた、がっちゃんのいいところなんだけど。
     漆原はもう一度牙頭の方を見た。同じように不安げに揺れているオークル色に唇を引き上げると、心底ホッとしている。
    「うん、わかった」
    「伊月……!」
    「これからもよろしく」
     そう言った自分が上手く笑えているかどうか、漆原にはわからない。渦巻く感情を胸に、でもこれでいいんだと己に言い聞かせていた。
    Tap to full screen .Repost is prohibited
    ❤❤😚😚😚😚🍰🌙💗🍊👏😭❤❤❤☺💞💞💞❄❄
    Let's send reactions!
    Replies from the creator

    kmtmixmixmixkmt

    PROGRESSどぉぉぉしてもPPP戦後に付き合ってまでの過程をこねりたくて、ちょっと連載始めます。
    途中R18にもなるので、その時はパス制にするけど、とりあえずはそのままです。
    あと PPP戦のハーフライフ戦についてギャンブラー側のペナルティがどういうものかよくわかんないんで、都合よく書いてます。作中に言及するところがあったら教えてくれるとありがたい。
    ちょいちょい連載
    #がとうる #ジャンケットバン腐 #牙漆
    ハッピーエンドの向こう側①【1】

    「着きましたよ」
     その呼びかけに、ぼんやりとしていた現実が輪郭を顕にする。静かに止まったエンジン音に、二、三回瞬きをし、周囲の状況を改めて把握する。
     あぁそうだ、と漆原伊月は小さくく息を吐く。
     ゲームが終わって、家まで送ってもらっていたんだった。
     あまりの疲労に少しだけ眠りに落ちていたのかもしれない。そうは悟られまいと背筋を伸ばすと、 バックミラー越しにこちらを見ていた担当行員の蔵木と目が合った。口角をわざとらしく上げた、いつものアルカイックスマイルでこちらをずっと見つめている。貼り付けたままの笑顔で何も言わないのは、大変わかりにくいが、彼なりにこちらの返答や反応を待っている状態だった。漆原もまた唇を引き上げる。
    11001

    related works

    kmtmixmixmixkmt

    PROGRESSどぉぉぉしてもPPP戦後に付き合ってまでの過程をこねりたくて、ちょっと連載始めます。
    途中R18にもなるので、その時はパス制にするけど、とりあえずはそのままです。
    あと PPP戦のハーフライフ戦についてギャンブラー側のペナルティがどういうものかよくわかんないんで、都合よく書いてます。作中に言及するところがあったら教えてくれるとありがたい。
    ちょいちょい連載
    #がとうる #ジャンケットバン腐 #牙漆
    ハッピーエンドの向こう側①【1】

    「着きましたよ」
     その呼びかけに、ぼんやりとしていた現実が輪郭を顕にする。静かに止まったエンジン音に、二、三回瞬きをし、周囲の状況を改めて把握する。
     あぁそうだ、と漆原伊月は小さくく息を吐く。
     ゲームが終わって、家まで送ってもらっていたんだった。
     あまりの疲労に少しだけ眠りに落ちていたのかもしれない。そうは悟られまいと背筋を伸ばすと、 バックミラー越しにこちらを見ていた担当行員の蔵木と目が合った。口角をわざとらしく上げた、いつものアルカイックスマイルでこちらをずっと見つめている。貼り付けたままの笑顔で何も言わないのは、大変わかりにくいが、彼なりにこちらの返答や反応を待っている状態だった。漆原もまた唇を引き上げる。
    11001

    recommended works