雨風さえしのげれば住居に不満は無い。例え階下が見える造りの錆び付いた階段が、どんなに気を配ろうとカンカンと音を立ててしまおうと。殊更気を付けたかった、しかしどうしても足音を鳴らしてしまうし、階下に住む、とある長身痩躯の男の部屋が、目に入ってしまう。今も図ったようにその扉が開き、中から男女が口論しながら出て来る。険悪さがボロアパートを幾らか揺らした後、怒りを化粧の下から覗かせた儘、女性の方は足早に立ち去って行った。そこで階段越しに男に気付かれた。「おやさべだーさん、お帰りなさい。」「…ああ。」打って変わってとろりと笑みを向けられる。それに対する自分のなんと愛想無いことか。