Recent Search
    You can send more Emoji when you create an account.
    Sign Up, Sign In

    itoujohan

    @itoujohan

    ☆quiet follow Yell with Emoji ♨
    POIPOI 20

    itoujohan

    ☆quiet follow

    チ/フベルト夢/現パロ

    喫煙室早朝の喫煙室は人が少なくて静かだ。ついさっき情報システム部のデイヴがなかなか通らない稟議についてひとしきり愚痴をこぼして満足して出ていってからは、自分のタバコの紙が燃えるチリチリという音しか聞こえない。朝日を浴びてから、まだ覚醒しきらない頭で煙を吐き出す。何度か煙とともに深い呼吸を繰り返すと、少し頭が冴えてくる。

    5m四方の部屋の中はシンプルなアイボリーの壁にグレーの磁器タイルの床、部屋の中心に四角形を形作るように4箇所スタンド灰皿が設置されている。壁は4面中、通路側の1つの面だけガラス張りになっていて、今の時間はほとんど人は通らない。

    細く煙を吐いていると、ドアノブが音を立てて回った。

    巨躯のてっぺんの黒髪が照明の光を青く照り返す。喫煙室に入ってきたその人は迷いなく定位置である入り口から壁に沿って真っ直ぐ、奥側の方の灰皿にたどり着くと白衣の胸ポケットからタバコとジッポライターを取り出す。タバコを口にくわえて火を付ける。

    宇宙科学研究員のフベルトといえば、この職場では有名人だ。数々の革新的な宇宙研究論文を発表している実績から社内での評価は高い。本人に対面するとぶっきらぼうな印象だが、部下やチームからの信頼も厚いところを見ると仕事に厳しいだけで周囲へのフォローもしっかりしているタイプのようだ。

    人工衛星のデザインエンジニアである私は仕事上、彼と直接に関わる機会はほとんど無いが、所内を歩く彼は目立っていたので一方的に興味を持っていた。身の内から湧き出るような存在感は上背があるからだけではないだろう。彼の周囲だけ重力が24m/s2あるかのような静謐さ。他者を寄せ付けない半径1mはそれでも引力を伴うかのように心惹かれて魅力的だ。そこに足を踏み入れてみたいと見かける度に空想する。

    幸運にもフベルトは喫煙者だったので、喫煙室は彼を眺めるための特等席だった。
    日中タバコを吸いに来ると時々見かけていたが、どうやら早朝に一服してから仕事を始めるのをルーティンにしているらしいと気付いてからは、調子のいい日は朝に弱い自分の体に鞭打ち朝イチで喫煙室に乗り込み、こうしてさりげなく待ち伏せしている。人も少ないので話し掛けられて邪魔が入ることもほとんどない。面識もなく話すこともないのに同じ空間に二人しかいない、この時間がなんともいえずおかしくて好きだ。

    タバコを吸い始めたフベルトを盗み見る。彼の右目の瞳孔がこちらを向いていてドキリとしたが、その常に目尻に固定された瞳孔は怪我の影響でほとんど視力がないと聞いているので盗み見を続けた。ターコイズグリーンが透ける黒髪は濡れたように緩やかに、意志の強い眉にかかっている。その下の目尻は白い肌の薄い部分に透ける毛細血管で赤く滲む。痛々しい右頬の傷跡は植物の蔓のように伸びている。山々の稜線のような鼻梁。タバコを噛む唇は美しい曲線を描いている。

    人体は自然の構造物であるがゆえに機能は環境に最適化され、合理的で美しさに満ちている。体内にある150gの濾過器官を人間が作れば70000gの重さとなるし、1000gの臓器が500種類以上の機能を備えている。

    彼の、人より大きな体を支える骨格は、肉と皮膚の上からからでもその骨の密度を感じられる。世界有数の頭脳を硬い骨で守る頭蓋骨は、特に顔面頭蓋の骨の形は、表面の皮膚がどれほど爛れようとも美しさを肉の下から湛えている。痛々しいはずの怪我の跡も、自己修復する生物の素晴らしい機能の痕跡だ。

    ぼーっとその容姿を眺めていると、気付けばタバコの火がフィルターにまで迫っていた。随分短くなった吸い殻を灰皿に落として、素知らぬ顔でフベルトの前を通って扉にたどり着く。ドアノブに手をかける。タバコを挟む節くれ立った指先を思い出しながら、今日こそ良いデザインのアイディアが浮かびそうだと晴れやかな気持ちで喫煙室を後にした。
    Tap to full screen .Repost is prohibited
    💞💞💞💞🙏🙏🙏🙏💯💯💖❤
    Let's send reactions!
    Replies from the creator

    recommended works