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    serinsdgs

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    serinsdgs

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    第2回バロ従ワンドロに参加した際の話。
    1h+15min お題「クリスマス」「贈り物」

     十二月二十五日。その日の倫敦は厳しい冬の寒さを感じさせないほど誰もが浮足立っていた。ある家では華やかな、ある家ではささやかな祝いの席が設けられて思い思いに家族で過ごす祝いの日。

     だが倫敦きっての優秀な検事であるバロック・バンジークスと彼を支持する亜双義一真にとってそんなことは関係なかった。凶悪な殺人事件を扱った裁判で審理を進めていくうちに二人は疑問を抱き、翌日に持ち越されることになった判決のために現場へ赴いた。浮かれた倫敦っ子達には目もくれず、憂鬱そうに顔を曇らせる倫敦警視庁の刑事達に混ざって調査を進めること数時間。あっという間に日は暮れて、二人は疑問が確信へと変わった成果を持ち帰る。
     揺れる馬車の中で浮上した第三者の存在について議論を交わしていると不意に会話の切れ目ができた。お互いに言いたいことを言い終えたのとは少し違う、意味のある沈黙だ。
    「こう言ってはなんだが、断りを入れておいて良かったと思う」
    「……ああ、パーティーの誘いですか」
    「明日に間に合わせるための文書を用意していれば予定されていた時間に終わらせることなど到底不可能だ」
     人気小説の作家にして医学博士である愛らしい少女からクリスマスのパーティーに招待されたのは十日前のことだった。単身で検事執務室に現れて招待状を渡された時のバンジークスの狼狽えた様を亜双義は鮮明に覚えている。落ち着いた彼は一度受け取った招待状を努めて真面目な表情を保ちながらアイリスに返した。
     仕方のないことではある。二人が担当するような事件はいつ起きるか分からない。プロフェッサー事件の真実が明らかにされた倫敦は無法の時代に逆戻りし、大なり小なり事件が起きない日はなかった。今日は何もない日でも、明日は何が起こっているのか分からない。事件真相の余波は大きく、バンジークスも亜双義もそれぞれ立場どころか身の危険さえ脅かされたが女王陛下と英国王室の力により無事なくらいだった。
     そんな事情が分からないほど相手が幼く、物分かりが悪ければこうも罪悪感が湧くことはなかったのだろうか。自分の手元に戻ってきた二つの招待状を見て、しょうがないと笑った少女に二人は胸が締め付けられた。歯切れ悪く言葉を詰まらせながらせめて贈り物をさせてほしいというバンジークスの申し出に晴れやかに頷いて、アイリス・ワトソンは執務室を後にする。
    「荷物はちゃんと届いただろうか……」
    「配達員が浮かれて仕事を放り出していたり、事件に巻き込まれていなければ大丈夫でしょう」
    「貴公は不吉なことしか言えないのか?」
    「あれもこれも心配し過ぎるより良いのでは?」
     バンジークスと亜双義の連名での慎ましい――バンジークスがあまりにも値が張る物を選ぼうとしたのを亜双義が阻止した――贈り物を彼女は喜んでくれるだろうかと口には出さずに思いを馳せる。
    馬車が都合よくベイカー街を通るわけでもない二人にできることはあの笑顔を思い浮かべることだけだ。執務室に戻れば再び事件との睨み合いが始まるまでの、束の間の休息だった。

    「アソーギ検事、よろしいでしょうか」
    「はい。ああ、先に行ってください」
     帰還した二人の亜双義だけを呼び止める声に四本の足は立ち止まる。亜双義に言われるがまま、実際時間が惜しいバンジークスは弟子をその場に残して執務室へ向かう足取りを僅かに早めた。馬車の中では少女への罪悪感しか吐露することができなかったが、あの若者に対しても言葉にし難い気持ちを抱えている。口にすれば優先順位が揺るぎない亜双義が怒るか呆れるような、そんな気持ちだ。言葉は武器の一つでもあるというのにこうもままならないとはと、解決策を講じながらドアノブへ手をかけて、開く。

    ――パアンッ

     破裂音。火薬の臭い。視界を覆う紙吹雪と色鮮やかな煙幕。何が起こったのか分からずにバンジークスはドアノブを握ったまま硬直する。煙が薄まって部屋中に散らばった紙吹雪が目に入ると真っ先に怒りが沸き起こった。あの探偵か。今からでも抗議しに行きたいと昂った気持ちを落ち着かせるような声がバンジークスの後ろから聞こえてくる。
    「そこで立ち止まらないでください」
    「……貴公は知っていたのか」
    「先程聞かされました」
    「何だと?」
    「彼は探偵殿からのお願いを忠実に行ったそうです。オレを引き留めて貴君を先に行かせることをね」
     様々な心遣いや愛娘とのやり取りがあったのだろうが、後片付けを想定していないであろう惨状にバンジークスは頭を抱える。部屋の中央に鎮座する事件を再現したミニチュアはパーティーが行われた後のように賑やかだ。沸々と煮え滾る激情を抑え付けるために優先するべきなのは明日の裁判だと言い聞かせながら椅子に座ると思ったより深い溜め息が零れ出す。
     そんな様子を可笑し気に見つめながら亜双義はテーブルに置かれた可愛らしい包みを持ち上げる。添えられたカードに踊るような筆跡のメッセージが書かれており、アイリス・ワトソンのサインも見受けられた。親子が揃って楽しい悪巧みをした光景が目に浮かび、亜双義は目をきゅっと細める。
    「ほら、贈り物ですよ。彼女特製ブレンドの香茶ですね」
    「……あれは、美味だった」
    「ええ、そうでした。それからこっちは……ホームズ氏からバンジークス卿へと」
    「あの愉快犯め」
     自分にとって愉快なことなど書かれていないだろうと検討をつけながら、亜双義からカードを受け取ったバンジークスはメッセージに目を通して、瞠目した。それは短い一文だ。
     ――ボクの贈り物は本棚に
     メッセージに誘導されるがままバンジークスの視線が本棚へ移れば、最上段に見覚えのない何かが突き出ている。植物の枝だ。そんなものを貴重な本も並んでいる隙間に突き刺すなという文句を枝の正体が塗り潰した。バンジークスの視線を追った亜双義も枝の存在に気付いたらしい。
    「これも贈り物ですか? だがこのままにしておけないな……」
    「キミは倫敦の流行には疎いだろうか」
    「通とは言い難いです。何か不都合でも?」
    「いいや」
     私にとって好都合過ぎるくらいだ。
     枝を取ろうとした亜双義を制止して、バンジークスはゆっくりと椅子から立ち上がる。亜双義の背丈よりも高い位置から伸びるその枝の名はヤドリギと言う。もしかしたら亜双義も植物自体は知っているのかもしれない。しかし枝にまつわる伝説を、ましてやクリスマスにヤドリギの下に立つ女性のことなど知る筈がないとバンジークスには確信があった。訝しむ弟子の唇にそっと触れるだけのキスを落とすと呆気に取られた表情から一転して頬が赤らんだ。
    「な、にをするんですか!」
    「説明は後でする」
    「今! 求めます!」
    「後、だ。明日の用意が終われば説明も、それ以外もキミに渡そう」
     納得がいかなくても裁判を持ち出されては言い返せなくなるらしい亜双義は赤らめた顔のままぐっと唇を引き結んで頷いた。後だ後だとバンジークスは自分自身に言い聞かせ、ヤドリギをそのままに椅子に戻って腰を下ろす。
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    serinsdgs

    SPOILERワンドロのテーマを使って1h未満で仕上げた小話
     うっかり彼の日記を開いてしまったのは本当に偶然だった。部屋にいると思っていた姿がなく、次の心当たりを考えていると机の上に山積みになっていた留学生として然るべき機関へ提出しなければならない論文が音を立てて崩れていく。肘が掠ったと気づいたのは山が随分と平たくなってからだ。床に落ちず、机上に広がっただけで済んだのは幸運だったとしか言えない。片付けなければという思いと下手に触ってしまうのはよくないという思いがせめぎ合う中で、形だけは整えようとたまたま手に取った手帳が日記だと察したのは大方片付いた頃だ。
     先に弁明しておきたいが、開くつもりはなかった。断じて。指が薄い革の表紙だけをすくい取り、勢いのまま持ち上げたそれは何かが書かれているのは分かった。正確には何か、としか言いようがない。まず間違いなく英語ではない、くにゃくにゃと長い紐が文字とも記号とも判別がつかない筆跡が紙面を踊っている。恐らく彼の祖国の字なのだろう。読めなくて当たり前のそれらを識別しようとしたのか眺めていると、これは他人の記した物を盗み見ているのと同義ではないかと気づく。何が書いているのか分からずとも、盗み見は盗み見だ。
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