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    serinsdgs

    小話とか書いたりするかもしれない

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    serinsdgs

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    ワンドロのテーマを使い1hで仕上げた併走小話。バ視点のバロ従。

     その奇妙な男は初めて顔を合わせた時から今まで、ほとんど何も印象が変わらないままだった。ヴォルテックス卿によって引き合わされた、いかにも怪しげな人物だと主張する仮面に頭から身体を覆い隠す外套は全身で不審者であると表現しているようなものだったが、そんな男を傍に置けと言われた時にはいくら恩人相手であろうと耳を疑うしかない。聞けば、仮面の男は自身に関する一切の記憶を持たないが英国の法律知識は有しているらしく、それならばと私に寄越したのだそうだ。
     弟子を持つには早すぎる年齢であること、何年も法曹界を去っていたことなどいくつか正当な主張をしても主席判事殿にとっては既に決定事項だった。私に与えられたのはイエスと頷き仮面の男を弟子のように扱う選択肢しかない。記憶がないことには同情するが身元が分からない者を身近に置いていたくはないという考えが透けて見えたのかヴォルテックス卿は深く頷いて口角を上げる。
    「記憶がなく、目的がなく、名前すらも分からない。どのような過去があろうと他者を害する意思もないのだ、君にとって心強い味方になるはずだ」
    「どういう意味だろうか」
    「彼はとても腕が立つ。これは君達にとって益をもたらすものなのだよ」
     腰に帯するサーベルはただぶら下がっているだけではないようだ。厄介事を押し付けられただけのように思えたが、いくつも重なった思惑の中に私の身を案じるものが含まれているのならこれ以上反発するなどできはしない。
     承る言葉と共に深々と一礼すればヴォルテックス卿は満足したのか頷いた。不安は有り余るどころか増長していくのは仮面の男が喋るどころか一切微動だにせず佇んでいる姿があまりにも不気味に映るからだ。無口な男なのだとヴォルテックス卿は言うがそういう問題ではなかった。そして仮面の男が私の従者と為り、暫く経ってその時の言葉は偽りではなかったのだと知ることになる。
    「……よく書けている。これならば次から仕上がったものを持ってくるといい」
    「…………」
     手本にできそうな美しい筆記体に指摘する点は見当たらず、呑み込みの早さに感心するが従者からの反応は一つだけだ。言葉を発するでもなく頭を下げれば再び低すぎるテーブルの前に座して私に命じられたことを淡々とこなしている。生気がない、とでも言えばいいのだろうか。あまりにも気配を感じさせずに背後に立たれる辺りも含めて彼はまるで亡霊のようだ。
     いや、ある意味そうなのかもしれない。記憶がない彼は過去がないに等しいのだ。何らかの事故によるものなのか、そうまでして忘れたかった記憶があるのか彼自身も含めて誰も知らない。幸福だとも思わない。どれだけ忘れてしまいたい過去でも私は決して手放したくはない故に従者に同情する。彼にとって忘れたままの方がいいのか取り戻した方がいいのか分からない私にできるのはそこまでだ。
     外套を被り素顔も声も分からず、気づけば気配もなく後ろに立ち、黙々と業務をこなしている姿を見ていると、もし死神に姿があるならばこのような形をしているのかもしれないと思ったことがある。些か失礼な考えだが、それほど彼は生きている者の気配とは程遠い。いつか、活気に満ちた姿を見ることができるのだろうか。
     このまま時が過ぎればいずれ彼も私の不名誉にまつわる泥を被ることになる。謂れのない罪に私だけならばまだしも私の従者にまで汚名を着せられるのは心外だ。逆効果になるかもしれないが、その時は彼を守ろうと誓った矢先に過去の逆恨みに襲われた。ほんの三人、退けるのは容易かろうと剣の柄に手をかけると同時に従者が前に出る。
    「下がっていてください」
     初めて従者の声を聞いた。恐らくはヴォルテックス卿から命じられているのだろう、サーベルを抜いた彼は暴漢達の間に立ち塞がる。彼は何も分からないまま命じられて今の生活をしているがそこに不安はないのだろうかと、緊迫した空気とは場違いな考えが過った。これは彼にとって理不尽な身の危険だ。それなのに彼の背中から感じる意思は間違いなく私を助けようとしているものだった。
     ――この男は信用できる。
     ならば、私だけが危険から逃れてはならない。加勢するべく鞘から剣を抜いた時、私達のこれからの在り方が見えた気がした。
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    serinsdgs

    SPOILERワンドロのテーマを使って1h未満で仕上げた小話
     うっかり彼の日記を開いてしまったのは本当に偶然だった。部屋にいると思っていた姿がなく、次の心当たりを考えていると机の上に山積みになっていた留学生として然るべき機関へ提出しなければならない論文が音を立てて崩れていく。肘が掠ったと気づいたのは山が随分と平たくなってからだ。床に落ちず、机上に広がっただけで済んだのは幸運だったとしか言えない。片付けなければという思いと下手に触ってしまうのはよくないという思いがせめぎ合う中で、形だけは整えようとたまたま手に取った手帳が日記だと察したのは大方片付いた頃だ。
     先に弁明しておきたいが、開くつもりはなかった。断じて。指が薄い革の表紙だけをすくい取り、勢いのまま持ち上げたそれは何かが書かれているのは分かった。正確には何か、としか言いようがない。まず間違いなく英語ではない、くにゃくにゃと長い紐が文字とも記号とも判別がつかない筆跡が紙面を踊っている。恐らく彼の祖国の字なのだろう。読めなくて当たり前のそれらを識別しようとしたのか眺めていると、これは他人の記した物を盗み見ているのと同義ではないかと気づく。何が書いているのか分からずとも、盗み見は盗み見だ。
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