Recent Search
    Sign in to register your favorite tags
    Sign Up, Sign In

    serinsdgs

    小話とか書いたりするかもしれない

    ☆quiet follow Yell with Emoji 💖 👍 🎉 😍
    POIPOI 7

    serinsdgs

    ☆quiet follow

    ワンドロのテーマを使って1h未満で仕上げた小話

     うっかり彼の日記を開いてしまったのは本当に偶然だった。部屋にいると思っていた姿がなく、次の心当たりを考えていると机の上に山積みになっていた留学生として然るべき機関へ提出しなければならない論文が音を立てて崩れていく。肘が掠ったと気づいたのは山が随分と平たくなってからだ。床に落ちず、机上に広がっただけで済んだのは幸運だったとしか言えない。片付けなければという思いと下手に触ってしまうのはよくないという思いがせめぎ合う中で、形だけは整えようとたまたま手に取った手帳が日記だと察したのは大方片付いた頃だ。
     先に弁明しておきたいが、開くつもりはなかった。断じて。指が薄い革の表紙だけをすくい取り、勢いのまま持ち上げたそれは何かが書かれているのは分かった。正確には何か、としか言いようがない。まず間違いなく英語ではない、くにゃくにゃと長い紐が文字とも記号とも判別がつかない筆跡が紙面を踊っている。恐らく彼の祖国の字なのだろう。読めなくて当たり前のそれらを識別しようとしたのか眺めていると、これは他人の記した物を盗み見ているのと同義ではないかと気づく。何が書いているのか分からずとも、盗み見は盗み見だ。
     はっとして手帳を閉じようとするが長年の経験とでも言えばいいのか、文面の共通点を見つけてしまう。長い文章の前に書かれているのは日付ではないかと。日付を書き込む必要があるもの、つまりこれは彼が認めている日記なのではないかという推論に行き着いた時、見てはいけないものどころではないのだと知る。日記とは書き手によるがその日の行動ばかりか細かな心情を書き記すものだ。その中には誰にも知られたくない思いも綴られているかもしれない。あろうことかそれを盗み見ている自身にかつてない罪悪感が押し寄せた。繰り返すが何が書かれているかは分からない。
    「百面相をするならもっと分かりやすくして頂きたいものだ」
     心臓が胸を突き破って出てくるほどの衝撃だった。彼は、亜双義は呆れた顔をしていて私の愚行に怒り狂っている訳ではないらしい。そのことに安堵したのが嫌になるがそれどころではなく、只々非礼を侘びた。推測通り手帳は日記らしく冷や汗がどっと吹き出るがどういう訳か彼は笑いが止まらないようだ。そしてこうやって読むのです、と手帳をくるりと回転させた。日本では縦に字を書くのでどうやったって読めませんよと笑いながら文化の違いを説明してくれる。
     あらゆる意味で私は彼の日記を読むことはできなかったが、それでも青い顔をしているのを気遣ったのか内容を教え始めた。ここからが五月のことだと言われた彼が指差す字はとても数字には見えない。この日は探偵宅の猫が脱走しただのという騒ぎを書いていると言われても字ではなく絵のように形を見ていては一生読める気がしなかった。それでも先程の日付のように共通点は見出だせる。
    「これは何と書いてある」
    「え?」
    「この字は多く書かれている」
     彼の国の、文字や文章の法則性は勿論分からない。それでも頻繁に登場する一字は何を指すのか尋ねれば、問われることなど考えていなかった亜双義の呆けた表情を引き出すことになる。ぐ、と唇を引き結び仄かに顔を赤くした彼はもしかすると怒っているのかもしれないが、どちらかというと照れているように思えた。そして観念したのか振り絞るように貴君のことだと言われては私も呆けるしかない。字の読みではなく、字の意味を告白されるなどと誰が思うのだろう。字の読めない私が気づくほどに彼の日記には私が登場するのかと思うと悪い気はしなかった。すっかり黙り込んでしまった私の沈黙に耐えかねたのか乱暴に手帳を奪うと何の用だと私自身すっかり忘れてしまっていたことを思い出させてくれる。「彼」は実に有能だ。
    Tap to full screen .Repost is prohibited
    ☺☺☺☺☺☺☺☺☺☺😍😍😍📖💖💜❤💜❤👍👍☺😍💖💘☺☺☺☺💜❤💞💞☺☺💘💖💘💖😍😍👏🙏💜❤❤❤☺☺☺☺
    Let's send reactions!
    Replies from the creator

    serinsdgs

    SPOILERワンドロのテーマを使って1h未満で仕上げた小話
     うっかり彼の日記を開いてしまったのは本当に偶然だった。部屋にいると思っていた姿がなく、次の心当たりを考えていると机の上に山積みになっていた留学生として然るべき機関へ提出しなければならない論文が音を立てて崩れていく。肘が掠ったと気づいたのは山が随分と平たくなってからだ。床に落ちず、机上に広がっただけで済んだのは幸運だったとしか言えない。片付けなければという思いと下手に触ってしまうのはよくないという思いがせめぎ合う中で、形だけは整えようとたまたま手に取った手帳が日記だと察したのは大方片付いた頃だ。
     先に弁明しておきたいが、開くつもりはなかった。断じて。指が薄い革の表紙だけをすくい取り、勢いのまま持ち上げたそれは何かが書かれているのは分かった。正確には何か、としか言いようがない。まず間違いなく英語ではない、くにゃくにゃと長い紐が文字とも記号とも判別がつかない筆跡が紙面を踊っている。恐らく彼の祖国の字なのだろう。読めなくて当たり前のそれらを識別しようとしたのか眺めていると、これは他人の記した物を盗み見ているのと同義ではないかと気づく。何が書いているのか分からずとも、盗み見は盗み見だ。
    1553

    recommended works