斗和はその日、いつもの如く、学園の小さな薔薇園でお茶を楽しんでいた。
「にゃー」
可愛らしい声に視線をやれば、小柄な三毛猫が薔薇の陰からこちらを見ていた。
「わ、可愛い。おいでおいで」
斗和は思わず席を立ち、しゃがみこむ。
三毛猫は人懐こく、小走りに近寄ってきて斗和の手に頭を擦り付けた。
「わーーーーー可愛いーーーーーー♡♡♡♡♡」
斗和が耳の裏や顎の下を撫でる度に、ゴロゴロと喉を鳴らす猫。斗和はメロメロだ。
と、少し遠くから、「ミケー?どこ行ったー?」と人の声が聞こえた。
「あれ、きみのご主人が探しに来たかな?」
斗和が猫に問いかけたと同時。
薔薇の木立の陰から、手に猫用おやつを持った人物が姿を現す。
「あ、いた、ミケ!」
「あなたのねこちゃんですか?可愛いですね」
斗和はにっこり、その人に笑いかける。
その人は、そこに人がいると思っていなかったらしく、びっくりした様子で「いや、オレが飼ってる訳じゃないけど、学校に住み着いてる子なんだ」と早口にまくし立てた。
「この子、すごく人に慣れてるから、飼い猫かと思っちゃいました」
斗和が猫の額を撫でると、猫は小さく一声「うにゃん」と鳴き、おやつを持っているその人の元へと足を向けた。
「あーん、行っちゃった」
斗和が残念がっていると、その人は少し警戒しているような声音で、
「君も、猫、好き?」
と尋ねてきた。
………何を警戒されているんだろう。
斗和は首を傾げ、「大好きです」と出来るだけ柔らかく答える。
「そっか。……猫、好きなんだ」
視線を逸らし、その人は少しなにか考えている様子を見せた。
「おやつ、あげてみる?」
「え!いいんですか?」
「いいよ。いっぱい持ってるし」
そう言いながらその人は、着ているパーカーのポケットからたくさんの猫おやつを取り出して見せた。
「わ、いっぱい!ねこ、すごく好きなんですね」
斗和はびっくりして、そして破顔する。
「まぁね。この学校の猫たちのことなら、なんでも知ってるよ!」
斗和につられたように、その人も笑ってくれた。
太陽のような笑顔だな、と斗和は思った。
「オレ、佐藤斗和って言います。一年です。あなたは?」
「え!オレ、って……君、男?」
斗和の自己紹介に、相手は驚いた様子を見せた。
「え、男……です………が………」
ああ。と斗和は納得した。
斗和のことを女の子と間違えていたから、緊張した様子だったのか、と。
制服を見れば分かりそうなものだが、斗和の姿なんて、猫の前では霞んでしまい碌に目に入らなかったのだろう。
──猫バカ。
くすりと斗和は微笑ましさに口の端を上げて、
「女の子じゃなくて、すみません」
と一応、謝っておいた。
「全然っ!こっちこそ勝手に勘違いしてごめんっ!」
ぶんぶんと手と首を振り、パーカーのその人は、少し頬を赤くして
「二年の猫山うずひこ。よろしくっ」
と名乗ってくれた。
「二年生。先輩ですね!よろしくお願い致します」
斗和はぺこりと頭を下げた。
「にゃーぉ」
返事をしたのは、猫山先輩ではなく、猫山先輩の足元に絡みついている三毛猫ちゃんだった。
ふふっ、と、どちらからともなく笑う斗和と猫山先輩。
「佐藤くんは、ここで何してたの?オレ、この子を追いかけてここまで来たんだけど、こんなとこに薔薇が咲いてるなんて知らなかった!」
「オレは、この場所が好きで……人が来ないから、よくここでお茶してるんです。猫山先輩もご一緒にいかがですか?」
斗和は振り返って、さっきまでお茶をしていた、薔薇園に備え付けのガーデンテーブルと椅子を目線で示す。
テーブルの上には、斗和が広げたクロスと、紅茶の入ったマグボトル、それから数種類のお菓子があった。
「わーっお菓子!」
「甘いもの、お嫌いでなければ是非ご一緒しましょう」
にこにこと斗和は、思わぬゲストの為に椅子を引く。
「ありがとう!」
「飲み物が……これしかなくて。口をつけてしまったから、お勧め出来なくてすみません」
と、斗和は心底残念に思いながらマグボトルを振る。
「いーよお。お菓子だけでもラッキー!」
「猫山先輩がいらっしゃるのが分かっていたら、紅茶もちゃんと二人分用意しますのに。…先輩、今度はいついらっしゃいますか」
猫山先輩が席に着くかどうかだと言うのに、気の早い斗和はもう次のことを尋ねてしまっていた。
「さあ、いつだろ」
「えー。分かりました、じゃあ、常にボトルを複数本持ち歩くことにしますね」
斗和は大真面目にそう告げた。
それが面白かったのか、猫山先輩はあははっと笑った。
その日から、気まぐれに──それこそまるで猫のように、時折猫山先輩は、斗和のお茶会に参加してくれるようになった。