夜が深まり、23時もとっくに過ぎた頃。
ミハエルはベッドには入らず、ソファにちょこんと座り、眠たい目を擦りつつ、まだ起きていた。
「眠たいなら、眠っても良いのですよ」
少し呆れたように言う隣のシュミットの腕に「イヤーッ!」と絡みついて駄々を捏ねると、シュミットは優しい溜息をつき、
「エーリッヒ、コーヒーでも」
とエーリッヒに言った。
ソファを立ったエーリッヒの背を見送り、ミハエルはシュミットの腕をまだ抱きしめたまま、上目遣いにシュミットを見る。
「あとほんの15分だもん。起きていたいよ」
「まったく。夜更かしはあまり褒められたことではないのですが」
シュミットはそう言いながらも、手にしている本ではなくミハエルに視線を向けてくれている。
「せっかくお泊まりで、明日は僕の誕生日なんだよ?寝るなんてもったいない。カウントダウンしようよ」
ミハエルのその言葉に、シュミットは「そうですね」と柔らかく微笑んだ。
普段見ているシュミットと少し違う夜の顔。
薄いパジャマ越しの体温、風呂上がりの微かで上品な花の香り。
ドキドキした。シュミットは、こんな顔もするんだ。と。
いつもミハエルの補佐をしてくれている、キリッと凛々しいシュミットだって、ずっと張り詰めてはいられない。こんなにリラックスしている、ゆるいシュミットを見られるなんて、ミハエルにとってはすごく新鮮なことだった。
「お待たせしました」
エーリッヒがコーヒーを持って戻ってくる。こちらも寛いだパジャマ姿で、髪もいつもよりラフに少し乱れている。
「ありがと、エーリッヒ」
ミハエルはエーリッヒが持ってきたトレイの上の、ひとつだけ違うマグカップを受け取る。
「あなたも飲むでしょう?」
とエーリッヒは当たり前のようにシュミットにもカップを渡した。そして彼の手元には彼の分のカップが残り、エーリッヒはミハエルの隣に腰を下ろす。
お揃いのマグカップ、お揃いのパジャマで、一緒にコーヒーを飲んで笑い合うシュミットとエーリッヒを見て、ひとり違うパジャマ、違うカップの自分はもしかして二人の邪魔ではないのか──と浮かんでしまったちいちゃなネガティブを、ミハエルは頭を振って追い払った。
「どうしたんですか、ミハエル?」
それに気づいたエーリッヒが、訊ねながらミハエルの顔を覗き込む。声も表情も優しい。
彼にとってシュミットが特別なのは火を見るより明らかなことだけれど、だからといってミハエルのことを蔑ろになんてしていない。ミハエルのことも大切に思ってくれている。そう思える慈愛に満ちた雰囲気をエーリッヒに感じとり、じゃあシュミットは?とそちらに視線を移すと。
「コーヒー、熱いので気をつけてくださいね」
と言いながらミハエルを見つめている。まっすぐな目はキラキラと、ミハエルのことを慕っていて、一緒に居られて嬉しい、と、饒舌に語っているようだった。尊敬、尊重、深い愛情。それらを隠しもしないシュミットの素直さが、愛しい。
「………ねぇ、僕、君たちのことほんとに大好きだよ」
両手でマグカップを握り、ミハエルは水面の自分の顔を見つめてぽつりと言った。
息を飲んだ気配がして、それから
「……私もあなたのことが大好きです」
とシュミットがとろけるような声音で告げた。
「もちろん僕もです」
エーリッヒもすぐにそう続けてくれて、嬉しさにミハエルがぱっと顔を上げると、ふたりともひどく締まらない顔でにまぁと笑んでいる。
「なぁに、その顔」
思わずぷっと吹き出してしまうミハエル。シュミットはエーリッヒを見、
「おい、デレデレするな」
と少し眉を吊り上げるが、
「あなたこそ」
とエーリッヒにやり返されて視線を彷徨わせた。
「ふふ。僕ってなんて幸せものなんだろうね」
にこにこしながらコーヒーに口をつけると、シュミットが動揺を誤魔化すように同じ仕草をする。エーリッヒは穏やかに微笑み、そんなミハエルとシュミットを見つめている。
「なんだか君たちのこどもになったような気分」
ミハエルが零すと、シュミットとエーリッヒは顔を見合せ、それから笑って、
「ええ、あなたは私が産みました!」
「僕たちが愛を込めて大切に育てました!」
と冗談を言いながらミハエルの髪をくしゃっとそれぞれに撫でた。
「ああ、そろそろ日付が変わりますよ」
エーリッヒの言葉を合図に三人でカウントダウンして、そしてミハエルは誕生日を迎えた。
「お誕生日おめでとうございます」
「おめでとうございます、ミハエル」
両隣のふたりから祝福され、ミハエルは足をぱたぱたさせて
「ありがとう!」
と答えた。
大人になるまで毎年、
──大人になってもずっと。
こんな素敵な誕生日を迎えられたらいいな、
ずっと一緒にいたいな、
……と願いながら。