文化祭当日。
前々から準備していた、クラスの出し物である喫茶店の店番を斗和は勤めていた。
お客さんは正直多くはないが、皆楽しそうにしてくれている。
「ねぇ、そろそろライブ始まるんじゃない?」
「そうだね、ステージどこだっけ?中庭?体育館?」
「中庭の特設ステージだよ、早めに行って場所取りしよ!」
そんな会話をしていた二人組の女性客が、「すみません、お会計お願いしますー!」と手を上げ、クラスメイトのひとりがその席へと向かう。
ライブかー、楽しそうだなー、と斗和がその背中を見ながら思っていると
「聞いた?ライブやって。派手かねぇ」
と隣にいたカタナがひそひそと話しかけてきた。
「…店番の交代まで、あと15分くらいだし、間に合うかも。行ってみる?」
斗和はカタナに提案した。カタナは目を輝かせて、「行く!」と即答した。
シフトを終えた斗和がカタナと一緒に中庭に行くと、そこにはたくさんの観客がひしめいていた。
ステージ上では、凝った衣装に身を包んだ生徒達が、それぞれ楽器を手にし、パフォーマンスを行っていた。
その真ん中に居る、派手な髪色の生徒が、元気いっぱいに飛び跳ねて観客を煽っている。
なんか、いいなぁ。
と、斗和は我知らず笑顔になった。
一緒に見に来たカタナは、「すごかー!良かねぇ、あがん衣装作りたかー!」とすっかり夢中だ。
曲が終わる。
万雷の拍手と歓声。
斗和はどきどきしながら、自分もめいっぱい拍手した。
大きく手を振りながら、バンドメンバーがはけて行く。
入れ替わりに次のグループがステージに上がってきた。
「来年はステージ衣装、俺に作らせてくれんやろかー!」
「ね、凄いね!歌も楽器も衣装も!」
「今のバンド、華やかやったねぇ」
「うん。………すごくかっこよかっ…、わっ?」
人波に押されて、斗和はバランスを崩す。
今日は1日、色んなグループがこのステージでパフォーマンスをする。
そのため、このステージ前は常に場所取りで賑わっているのだ。
それにしたって。
「ちょ、すいませ……っ!押さない、で、ください……!」
斗和の声など熱狂する観衆には聞こえていない。というか、皆、自分じゃない誰かに掛けられた声だと思っているのだろう。
人混みが得意ではない斗和は、目眩がしてきて、動けなくなってしまいそうだった。
「カタナくん、どこ…!?」
いつの間にか隣にカタナはいない。
斗和が、苦しさに顔を手で覆った時。
「きみ!大丈夫?こっちおいで!」
と誰かに腕を引っ張られた。
強く引かれるに任せて、斗和はふらふらと人にぶつかりながら、中庭のステージ前を離れる。
気がつくと、人の少ない中庭の外れに連れてこられていた。
「はぁっ、………はぁっ…」
「大丈夫?気分悪い?」
ぱっと掴まれていた腕から手が離れた。
「いえ、…大丈夫、です。すみませ…ん、」
斗和は大きく胸を上下させながら、その手の先を見た。
「……っあ、」
先程ステージで熱いパフォーマンスを見せていた、派手な髪の人が、そこにいた。
「さっきのバンドの人…!」
「うん、そーだよー!リーダーの燈紫酉尾だよー!」
「リーダー……!」
斗和はまた、胸がどきどきし始めた。
まるで、コンクール前の舞台袖にいるかのような、高揚と緊張。
だって、目の前にいる人はきっとすごい人だ。
「あの、助けてくださり、ありがとうございました……!!」
がばっ!と斗和は頭を下げる。
勢いよく頭を下げすぎて、また目眩がしてふらついた斗和を、酉尾と名乗った目の前の人が、「おっと」と、支えてくれる。
「すみません……っ!」
「いーよ、大丈夫」
「ほんとに、ご迷惑をお掛けしてしまい…」
斗和が恐縮していると、ポケットでスマホが着信を告げてメロディを鳴らした。
「あ、……電話、出なよ」
酉尾に促され、斗和は画面を確認した。
カタナだった。
「もしもし、カタナくん?」
『斗和!どけおっと?』
「はぐれてごめん。中庭の端っこの方に避難してる。さっきのバンドの方に助けていただいちゃった」
斗和が話すのを、じっと酉尾は見守っていた。
後で教室で会おうね、と、ぷつりと通話を終えて、斗和は改めて酉尾に向き合う。
「バンド、かっこよかったです。それに、ここまで連れてきていただいて、すごく助かりました」
「ほんと!?かっこよかった?」
酉尾は嬉しそうに、にっこーと笑った。
いかにも人の輪の中心に居そうな、明るくて眩しい、屈託のない笑顔だった。
可愛いな、と斗和は思った。
すごいパフォーマンスを見た後にピンチを助けて貰って、酉尾に対して緊張感を持っていたが、この笑顔を見ると彼も普通の男子高校生だった。
「あの…もし宜しければお礼がしたいです。オレこの後クラスに戻るんですが、うちのクラス喫茶店やってるんで、良かったら…」
「喫茶店!アイスある?!」
申し出た斗和に、ぱあっと酉尾は顔を輝かせた。
「アイスありますよ!クリームソーダ、出してるので」
斗和が言うと、酉尾は「やった〜♡」と両手を上げて喜んだ。
「じゃっ、今すぐ行こう!」
「はい!ご案内します!」
斗和は先に立って歩き出す。
酉尾はすぐに追いつき隣に並んだ。
「そーいやさ、きみの名前は?」
「あ。名乗りもせず本当に失礼致しました!…一年の、佐藤斗和と申します」
「とわっちね!おーけーおーけー」
名乗るなり、あだ名をつけられ、斗和は目をぱちぱちさせる。
こんなに懐に入り込むのが上手い人、会ったことがなかった。
「オレ、二年だけど、好きに呼んでいいからね」
「好きに………と言われましても……」
校舎に入り、階段を登りながら考える。
斗和のクラスはもうすぐだ。
「じゃあ、……酉尾先輩、でよろしいでしょうか?」
初対面の歳上を、下の名前で呼ぶのは、斗和にしてみれば結構冒険だったが、「いーよー」とあっさり許可は降りる。
「あ、ここです、うちのクラス。オレが奢るんで、なんでも好きな物頼んでくださいね!」
二人して足を止めると、教室を覗き込む。
落ち着いた雰囲気、と言えば聞こえはいいが、あまり賑わってはいない。
「斗和ーーーーー!良かったーーーーー!」
斗和を見つけたカタナが駆け寄って来た。
「カタナくん!心配かけてごめんね」
ひしと抱きしめ合う斗和とカタナを見、酉尾は「良かったね、とわっち!」と目を細めた。
不思議なことに……というか、酉尾がステージ衣装のままの移動で目立ったからなのか、斗和のクラスの喫茶店に酉尾が来てから急にお客が増えた。
最初は酉尾と一緒に席に着いた斗和とカタナも、
「ごめん!佐藤と田中も手伝ってくれ!」
とクラスメイトに頼み込まれ、一度当番を終えたにも関わらず席を立つ。
「お相手できずすみません。ゆっくり寛いでくださいね、酉尾先輩」
「気にしないで。それより、奢ってくれてありがとねとわっち!」
「いいえ、お礼ですからお気になさらず」
にこっと笑い掛け合う二人を、カタナが交互に見た。
「珍しかね、斗和が蒼さん以外の上級生とおるの」
こそりと囁かれ、斗和ははにかんだ。
「酉尾先輩に、さっき助けて貰ったんだ。もう、オレにとってはヒーローだよ」
「ヒーロー!」
カタナが酉尾を振り返る。
ん?と酉尾は首を傾げてカタナに向かい手を振った。
カタナは愛想良く手を振り返し、同じく手を振る斗和の背を押して裏に入ると、表情を引きしめてエプロンを身につける。
「よっしゃ、初めての文化祭、稼ぐばい!」
「おー!」
斗和も笑って、エプロンに手を伸ばした。
ホールの方から、クラスメイト達の元気な接客の声が聞こえてきていた。