文化祭まであとすこし。
斗和のクラスの出し物は、レトロな喫茶店、と決まった。
メニューもおおよそ決定し、クラス一丸となり文化祭に向けて頑張っている所だった。
「やっぱりクリームソーダに緑は欠かせないでしょ」
「でも、定番だけじゃ物足りねーよ。色んな色のやつ作ろう!」
と、その日はクリームソーダについて有志の話し合いが持たれていた。
「色も大事ばってん、綺麗に盛り付けのでくっか心配たいね」
クラスメイトで斗和と仲のいいカタナが、顎に手をやり呟く。
「確かに。練習した方が良くない?」
「しよう、練習!材料費経費で落ちるよね多分」
「よし、誰かアイスとメロンソーダと氷買ってきて!」
口々に、クラスメイト達は言った。
「じゃあ僕、グラスとアイスクリームディッシャー借りてくる。調理室にあるよね?行ってきまーす」
斗和は、騒がしい教室を出て、調理室に向かった。
今回の文化祭、カタナが張り切っているので斗和も出来る限り手伝いたかった。
それで、調理室なんて遠い所まで出向く役を買って出たのだ。
(尤も斗和自身は、喫茶店より紅茶に特化したティールームをやりたかったが、多数決であっさりと負けたため、カタナの手伝いはしても率先してみんなを引っ張っていくつもりは無い)
さて、広い学園の長い廊下を何度か曲がり、斗和は調理室に辿りついた。
コンコン、とドアをノックし、「失礼しまーす」と中に入る。
すると、色んな学年、クラスの生徒が、そこで文化祭で出す食べ物の試作をしていて、調理室はとても混んでざわざわとしていた。
(うわ、これ皆ライバル?うちのクラス大丈夫かなぁ…)
斗和は少し心配になり、また、活気づく知らない生徒たちに圧倒されて、立ち竦んだ。
「今、調理台全部空いてないよ。悪いな」
そばに居た知らない人が、なぜか申し訳なさそうに斗和に話しかける。
「あ、いえ。オレは備品を借りに来ただけで……」
斗和が首を振ると、
「そっか。何が必要?」
とその人は穏やかに訊ねてくれた。
「グラスが何個かと、アイスクリームディッシャー…です」
「グラスとディッシャーね」
親切なその生徒は、大きな食器棚のところまで斗和を連れて行ってくれて、「グラスはここ。ディッシャーはこの引き出しの中!」と、教えてくれた。
「あ、ありがとうございます」
「もしかして、クリームソーダ?」
見知らぬ人ながら、優しいその人は、グラスを一つ一つ取り出しながらなつこく笑いかけてくれる。
「はい。うちのクラス、喫茶店をやるんです」
斗和はそのグラスを受け取りながら笑い返した。
「そっか。俺のバイト先でもクリームソーダ人気だよ。俺、喫茶店でバイトしてるんだ」
「そうなんですね!作るのにコツとかありますか?」
「うーん。アイスを傾けずに乗せるのは、意外と難しいぞ」
「ええー。大丈夫かなぁ」
斗和が両手いっぱいにグラスを抱えながら顔を歪めると、大きなトレイをどこからともなく取り出し、
「これに乗せて持って行きなよ」
とその人は助けてくれる。
調理室の、備品の配置にとても詳しいようだ。
調理室なんて、斗和は場所こそ知っているものの、二、三度しか入ったことがない。
「ありがとうございます。……この学校って、料理部とかあるんですか?」
「ん?」
「いや、あなたが、まるで自分の部屋みたいに調理室にお詳しいから、料理部とかの方かなって」
「あー…そういうことか」
作業台にグラスを置き、首を傾げる斗和に、その人はまた笑う。
あ、八重歯だ。可愛い。と、斗和は発見した。
「俺ね、よく調理室使わせて貰って、料理してんの。料理すんの好きだからさ」
「へぇー!すごい!」
斗和は目を輝かせた。
趣味がお茶会の斗和であるが、お茶菓子は買うばかりで、作ったことは殆どない。
スコーンやクッキー、パウンドケーキなど、自分で作れたらいいなぁ、といつも思ってはいるのだが、習い事のバイオリンのレッスンもあり、なかなか時間が取れないのだ。
そしてなにより、ど素人の斗和の手作りなどより、買った方が美味しい。と、失敗作のお菓子を前にして何度思ったことか。
「昼休みとか放課後とか、ここ来たらだいたい俺、居ると思うよ」
「そうなんですね。お菓子も作られます?」
「うん、作る」
「わー、凄いなぁ……教えて欲しい…」
思わず口から出た斗和の言葉に、その人は目を輝かせて、
「食べたい、っていうのはよく言われるけど、教えて欲しいって言われるのは珍しいなぁ」
と嬉しそうにした。
「俺、三年の遊馬ゆう。いつでもお菓子作り教えてやるから、時間がある時においで」
「ありがとうございます。オレ、一年の佐藤斗和です!料理は殆どした事がないんですが……紅茶とお茶会が好きで」
その人──遊馬先輩は、ふんふんと興味深げに頷いた。
「いつも、お菓子は買ってくるんです。お茶会の時は、美味しいものをゲストに振る舞いたくて。オレ、作っても失敗しちゃうから」
「じゃあ紅茶に合う初心者向けお菓子のレシピ、考えておくよ」
「えっ……レシピって、本とかネットとかのやつ作るんじゃなくて!?」
さらりと言われた言葉に、斗和がびっくりして目を見開くと、
「レシピ開発も、料理の楽しみのうちだよ」
と遊馬先輩はにこっと笑う。
プロだ!と斗和は目を見開いたまま高揚に頬を染めた。
「じゃあ、ほんとに、教えて頂けたら嬉しいです!」
「おう。勿論!」
「やったぁ、すごい!これでお茶会が一層楽しくなります♡」
斗和は無邪気に笑んだ。
「レシピ出来たら連絡するから、連絡先聞いてもいい?」
遊馬先輩はポケットからスマホを取り出し、斗和は「勿論です」と、自分もスマホを出す。
連絡先を交換して、遊馬先輩に「どんなお菓子を作りたい?」と訊かれた斗和が「スコーンとか……あとはクッキー、マドレーヌ、フィナンシェ、……ああ、上達したら、ケーキも!スポンジケーキとかシフォンケーキとか…デコレーションも勉強したいです!」なんて語っていると、聞き慣れたカタナの声が聞こえてきた。
「斗和ー、グラス重いっちゃないと?手伝うばい!」
「カタナくん」
斗和の帰りが遅いのを心配したカタナが迎えに来てくれて、それで斗和は遊馬先輩との世間話に随分時間を使ってしまったことを知った。
「じゃあ、またな、佐藤」
「はい、ご連絡お待ちしてます!よろしくお願い致します!」
ぺこりと遊馬先輩に頭を下げて、斗和はカタナに向き合った。
「ごめんね、時間かかっちゃって」
「よかよか!さ、教室に帰るばい」
「うん。じゃあ、遊馬先輩、また!」
調理室を出て去っていく斗和に、遊馬先輩がわざわざ廊下まで出て、バイバイと手を振ってくれたので、斗和は再度軽く会釈した。
「あの人、友達ね?」
「ううん、先輩で、料理の先生!」
斗和はカタナに満面の笑みを向け、お茶会で手作りのお菓子を出せる日に思いを馳せた。