Recent Search
    Sign in to register your favorite tags
    Sign Up, Sign In

    penekko

    @penekko

    ☆quiet follow Yell with Emoji 💖 👍 🎉 😍
    POIPOI 17

    penekko

    ☆quiet follow

    最終回後の月鯉

    夜を識る営外にとった宿のまわりは、もう随分と静かになっていた。短い夏を嗜む虫の声がしんとした暗がりに響くばかりで、窓に差し込む月明かりが少し眩しくも感じる。
    「遠い」
    時代ものの行燈へ褐色の面差しを橙へ染められながら、鯉登は密やかに呟くようにしてそう言った。
    そして、ふたつ離して敷かれた布団を無言で引き合わせ、浴衣の裾から覗く足首をこともなく晒し──二枚の布団のちょうど境目へと腰を下ろす。
    湯を浴びたばかりの胸元がほんのりと濡れた濃い色をして艶かしく、月島は居た堪れない思いで僅かに目を逸らした。ほんの先ごろのこの人が「お前の長風呂には付き合っていられん」と上気せる直前で湯船から出ていったそのときは、背後からその張りのある身体を、いくらでも眺めていたというのにだ。
    それを知ってか知らずか、鯉登は立ったままの月島をじっと見つめて、ふ、とその美しい面差しを笑わせる。
    「月島。早く」
    軽い手招きが差し出され、唇が再び「早く」と言った。逆らう理由もなく膝を落とすと、鯉登は迷いもなく月島の背に腕を回して抱き締めてくる。
    浴衣越しにもその身体は温かで、むっちりと柔らかい。女体のふわふわとした肉付きとは違う弾力にくるまれて、月島はふうっと興奮を逃すように息を吐いた。股間が浅ましくも硬く屹立するのを感じたけれど、腰を引こうにも動けない。何しろ鯉登の腕は力強くぎゅうぎゅうと月島を抱いていて──…。
    ああ、違う。これは言い訳だ。
    今夜はお互いにきっと、もう一寸たりとも離れたくないと思っている。
    月島は自分の意思をして腰を引かず、腕の中の青年が上官の皮を捨て、ただ甘えた淫らさをして月島の股の間の昂りを感じ取ることに興奮を来しているのだ。
    お互いの硬く憤ったものが布越しに触れ、とろん、と甘く潤んだ菫色の眼差しが瞬く。自然と吐息が荒くなり、互いの唇をじっと濡らした。
    「月島…」
    先に、耐えられなくなったのは鯉登のほうだった。熱っぽい声をして月島を呼び、彼は口付けを強請るように唇を薄く開く。薄明かりに濡れた舌が覗き、吸い付いてくれと言わんばかりに赤くてらてらと光っていた。
    不意に、上気した頬へすらりとひかれた引き攣れる傷口に目がいって、月島は欲情に至りきれない眉を寄せる。すると鯉登は心得ているとばかり息を吐き、男の無骨な指先を拾って頬に当てがった。
    熱いくらいの体温を手のひらに感じる。鯉登は薄く開いた唇から、僅かに試すような口振りの声を上げた。
    「…醜いか」
    「ひとつも」
    語気に苛立ちを──怒りに近い感情を含ませて、月島は親指の先でそっと鯉登の頬に刻まれた深い傷跡をなぞる。そんなことがあるわけもない。傷があろうがなかろうが、月島の想う鯉登音之進が美しくないことは決してない。
    けれど、──彼の頬に残るまだ新しく鈍い血の色をした刀傷を眺めていると、自分の身体に残るどんな傷口よりもずっと痛々しく心の滲みる思いがするのは確かだった。
    「──なら、…萎えるか?傷ものだ」
    「もう黙ってください…」
    言いながら塞ぐように唇を重ねて、薄びらきの咥内へ舌をねじ入れる。鯉登は再び両腕で月島の背をかき抱き、口の中を舐める男の舌をつるりと吸った。
    煙草のひとつも未だ知らない唾液の味は甘く、いたいけさに背徳の業が迫り上がる。ひとしずくも逃さぬとばかり甘露を飲み下して、月島は鯉登の肩に手のひらを触れ、浴衣の合わせをするりと開いた。
    口付けを離して首筋を喰み、耳の裏のやわらかい皮膚を咬むように吸う。濡れ髪の帯びる石鹸の青く清潔な匂いが腰をぐんと重くして、片手でそのしなやかに逞しい腰を引き寄せると、殊更に股ぐらを押し付けてやった。
    「ッ、あ、…ッふふ、…なんだ、…随分…」
    吐息混じりの声音が、からかうように静かに笑う。清純にも似た匂いを深々と肺に入れ込みながら、月島は鯉登の尻を無遠慮に掴み、そのまま手の中で揉みしだいた。
    耳朶に唇を落とし、それから頬へ、傷をなぞるように舌を這わせてかたちを確かめる。感じいるように竦んだ身体を許さずに尻の間までいやらしく揉みながら、頬をじっくりと舐めた。
    今や興奮ははっきりと匂い立ち、脚の間が熱くてたまらない。何せそもそもこうした戯れはずいぶんと久しぶりだったのだ。ここ数ヶ月の鯉登と月島は、かの闘いの残務処理に奔走していて──こんなふうに体を合わせ息をつく時間すらろくにありはしなかったのである。
    だからこそ、余計に目についたのかもしれない。彼がその身に受けた重たい傷痕を咀嚼し損ねて、あれから暫く、この身体へ触れずに来てしまったから。
    「…あなたを傷ものにするのは、…私だけで十分でしょう」
    「ン、…──なんだ、妬いているのか」
    「ひと言で表すなら、…そうですね」
    「…じゃっどん、向こう傷じゃ。こげん傷、新撰組の土方から受けたちゆたや──」
    「黙ってください…」
    二度目の台詞を言うが早いか再びに舌をぐっと奥まで捩じ込んで、舌の上を、下をとじっくり絡めて舐り回す。舌の根から舌上をぬるりと辿り、手のなかに収めた奔放な尻を撫で回せば、びくん!と大きく身体が身じろいだ。鯉登の息遣いが荒く短く揺れる。くったりと力の抜けはじめた背中に触れると、かの人はぞくぞくといやらしくその身を震わせた。
    「ッ、…ぅ、ン──ッ…!」
    ぴん、と背筋を張り詰めさせた身体を腕に抱きとめて舌を抜く。二人分の唾液に濡れた唇を頬の傷口へ押しつけ、それから、その背を布団の境目へと押し倒した。
    夜は長い。知っているはずなのに、気が急いてたまらない。
    この人にこの胸の内に渦巻く澱みを知らしめるには、元より今夜ひと晩で足りるわけもないけれど。
    「少尉殿。──鯉登少尉殿」
    若くふっくらと柔らかい濡れた唇へ、咬むように歯を立てる。自分の唇から溢れる声音の重さが、静かな室内でどうにも耳についた。
    「私は、…嫉妬深い男です」
    「…──知っちょっ」
    天井を仰ぐ鯉登の喉が、少しだけ笑うように震える。荒んだ息をふう、っと吐いた唇の濡れた潤みが、密やかな灯りによく映えていた。
    「なら、お分かりでしょうに。…誰であろうと、ほかの男の残した傷などは…、気分の良いものではありません」
    言って、指先で鯉登の鎖骨のあたりを指先でなぞる。皮膚の裂けた痕が、そこにも深々と刻まれている。肩に触れればきっと、ざっくりと断たれたまた別の傷口に手が触れるだろう。
    戦地に出る以上、彼を無傷な、まっさらなままで手元に置くことは叶わない夢想であったけれども──、月島は彼の身体に傷のひとつもなかった頃のことを知っている。知っているから、眉を顰めずにはいられなかった。
    「月島あ。そこはな、土方のつけた傷ではないぞ」
    「なお悪いですよ」
    「…うふふ。そうか、…──そうだな」
    鯉登の手のひらが、す、と伸び、頭の形を確かめるように撫でてくる。赤子にするような仕草に棘を抜かれて首元へ鼻先を埋めると、彼は片手で月島の手を握った。
    重い、と笑う声を聞かない顔で、けれど、少しだけ身を浮かせる。
    「…しかしな、月島。私はお前の身体に残る傷のいわれを、ほんの少ししか知らんのだぞ」
    「──知りたいですか」
    「いや。…今は、もういい」
    握った手の間で体温が行き交い、鯉登は月島の耳元へ唇を寄せる。そこでごく微かな声音をして、つきしま、と名前を呼ばれるだけで、はっきりと欲情が下腹部に満ちた。
    「今は、お前の気持ちしか、聞こごたなか」
    少しだけ切実な響きをして囁くと、彼は静かに浴衣の裾を割り、つま先で男の足を絡めてくる。思わずに奥歯を軽く噛み、それから、鯉登の額へこつりと己の額を押し付けた。
    「…あなたが可愛いです、誰より」
    低い鼻をつんと寄せ、触れるだけ柔らかく口付ける。
    こんなにも甘美なばかりの戯れを、たまらなく思う日が来るなんて。
    きっと、この人の隣に居なければ知ることもなかっただろう。
    「…もっと…」
    言葉にはせずやさしく唇を舐めてやれば、鯉登は嬉しそうに目を細め、男の固く結んだ帯に指を掛ける。口付けをもつれ合わせながらお互いの体に触れ、浴衣をはだけた肌をじっくりと重ねた。
    いつしか虫の声は届かなくなり、濡れた息遣いばかりが部屋に満ちていく。頬の傷に唇をつけ、「いとしい」と呟くと、鯉登は静かに「うん」と、──蕩けるような声を上げた。
    Tap to full screen .Repost is prohibited
    💴❤💖❤❤❤❤❤❤❤❤❤😭😭😭😭😭🙏🙏💞💗🙏💖🙏😭😭🙏😭🙏😭😭😭🙏💘💖💗💯🎏🌛💒🌛🎏🌛👏😭❤💖👏👏💯💗💗💗😭👏☺☺☺🙏
    Let's send reactions!
    Replies from the creator

    recommended works