気になっていた書籍が発売になった、と聞いて久しぶりに休日に本屋に足を運んだ。
通販でも済むものではあるが、本屋独特の空気感が好きだし自分が把握しきれていない関連書籍との出会いもあるかもしれないと時折時間を見つけては足を運んでいる。
先日ヒーローによる読み聞かせがあった本屋、ということもあり店内はまだ賑やかさを残しており客足も多く書籍も平置きや展示で華やかさを演出している。
本来であればゆっくりと店内を見回りたいところだが変に気付かれて店内を騒がせては悪いと思い、目当ての書籍を掴み邪魔になる前に撤収しようかと顔を上げた所で1冊の本と目が合った。
この本屋の名前に因んだ猫のコーナーだ。
様々な猫の関連書籍が並ぶ中目を引いたのは少し懐かしい絵本。
幼少期に親に強請って買って貰った日本で発売された絵本で、自分でも何度も読み返したし、弟に読み聞かせもした。
内容も思い出深いが、いま目を引いたのは表紙のイラストだ。表紙に描かれた猫のイラストから目が離せず、暫く見つめた後に1冊手に取り会計へと向かった。
合鍵を使い、少し散らかった部屋を軽く掃除する。家主は今日は仕事の為夕方までは1人の時間を堪能する。
買ってきた書籍を夢中になって読み進めていると、ふいに玄関から鍵を回す音が聞こえた。どうやら既に日は沈み、家主の帰宅のようだ。
「おかえり、キース」
「おー、ただいまブラッド」
ぽいぽいと椅子に投げる防寒着とネクタイを拾いハンガーに掛けていく。一言言わせてもらおうと口を開く前にキースが本を手に取った。
「…絵本?」
「…懐かしいのと、つい」
「つい?ブラッドがぁ?珍しいこともあるもんだな」
興味から、ぺら、と本を捲るキースの顔にじわじわと皺が寄る。
「…日本語じゃん。読めねぇ」
ぶすっとむくれるキースはどこか子供じみていて、なんだか懐かしい感情が湧いてきた。
絵本を受け取り、ソファーの隣を軽く叩くとキースは大人しく座った。
キースにもイラストが見えるように体をぴったりとくっつけて表紙をめくる。
━輪廻転生を繰り返した猫の話だ。
輪廻転生を繰り返す中で、主人公猫は飼い主にも他の猫にも心を開かず虚栄心のみで生きていく。
だがある時に、初めて自分に媚びを売らない白猫と出会う。
主人公猫が白猫に恋をして、家庭を築き、そして白猫との死別から、初めて本当の愛と悲しみを知り、昼夜泣き続けた後に長い輪廻転生と生涯を終える、といった話だ。
読み聞かせを終え、本を閉じるとキースは鼻を鳴らしていた。
「…んだよ」
「いや、まさか泣くほどとは…意外だった」
「情感たっぷりに読み聞かせ上手すぎだろ……っていうか、お前普段からそれくらい感情出せ」
「?」
「ブラッドも、泣いてるだろ」
キースが手を伸ばし、親指で目尻の涙を拭われて初めて自分が涙を流していた事に気が付いた。
「内容、知ってたんじゃねぇの?」
「勿論覚えていたが…そうか」
「ん?」
閉じた絵本の表紙を指で示す。緑色の瞳を持つ猫のイラスト。
「キースを重ねてしまったようだ」
幼少期にも心動かされた内容だが、身近な人間を重ねて心が震えた。
「おっ……まえなぁ…!」
キースはむずむずと口を動かした後に両腕を伸ばして暖かい胸に招き入れられる。
「…オレが惚れたのは白猫っつーより黒猫だけどな」
キースの低い声が胸からも響いて体全体を包む感じに安心感を覚える。感情を出す、という行為は難しく感じるが今なら胸に浮かんだ感情をそのまま口に出せそうな気がする。
「…キース」
「…ん?」
一定のリズムを刻む鼓動と腕の温かさ、優しい声色の心地良さに目を閉じる。
「愛している」
返事の代わりに降りてきた唇には、返事以上の感情を感じた。