「いくな、ブラッド」
いつになく真面目な声で囁くキース。
「頼む…傍に居てくれ…」
今にも泣きそうに声を震わせるのは珍しい。
普段は感情をはぐらかし、天邪鬼な発言をしたりと読み易いが素直ではないキースが真っ直ぐに感情と言葉をぶつけてくることは多くは無い。
「ブラッド…」
ただし、
「キース。絡み酒は今更だが、物理的に絡むのはやめろ。皺になる」
酔っ払いが足元に絡み付いてスラックスを握り締めて駄々をこね始めて早30分。
こうなるキースは珍しくないが、今日はより面倒な酔い方をしている。
「やだやだやだ行くなブラッド〜〜〜」
ぐりぐりと脚に額を押し付けて首を振るキースはまるで幼児退行しているかのようだが、体格も力も立派な成人男性な上酔って力加減など無い為に脚はぴくりとも動かない。
「…だから、制服から着替えるだけだ」
「うそだ」
「嘘じゃない」
「じゃあオレも着替える」
「もう先に着替えさせただろう」
酔っ払ったキースからお迎えのコールが鳴り、回収して自宅に送り届けたまではいつも通りだった。自宅に着くなり上機嫌で制服を脱ぎながらベッドへ向かうキースの後を制服を拾いながら追い、クローゼットから部屋着を取り出して着せるうちにうつらうつらと船を漕ぎだしたから、シャワーを浴びさせるのを諦めベッドに寝かせて自分はシャワーを浴びてから着替えようと立ち上がったところでキースが慌てて飛びついてきて今に至る。
「そう言ってタワーに戻んだろ」
「明日は休みだ。先日伝えただろう」
「…仕事の道具持ってきてたり」
「していない」
むむむ、とでも言うかのように眉を寄せ唇を尖らせるキースは少しの沈黙の後にゆっくりと手を離した。自由になった脚から体温が離れていく。
「…仕事相手にヤキモチ焼いた」
「そうだな」
「面倒だって思っただろ」
「思っていない」
「…」
まるで拗ねた子供のようにしょんぼりとするキースの頭を撫でて、視線を合わせるように屈む。
「実は俺もヤキモチを焼く」
「…ブラッドが?」
心底驚いたように目を丸めるキースに頷く。
「お前を迎えに行った時に、隣の席に空のグラスだけあった時など、どんな相手が座っていたのだろうか、など…な」
詮索しても仕方がないし、その隣に居れない原因は自分にもあるというのに、面倒な感情だと思う。
「…ふーーーん、そっか、お前が…ねぇ」
先程までの落ち込みようはどこへやら、酔っ払いは上機嫌で立ち上がる。
「先にベッド行ってる」
酔いの醒めていない足取りでベッドに向かうキースを見送ってから、着替えを持ってシャワールームへと向かう。制服を脱いでみれば、やはりスラックスは少し皺になっていた。
だが、どこか優越感のような満足感を感じる。
空のグラスの相手を見送ってまで俺の迎えを待つキースに面倒だなどと思うわけがない。
どちらかと言えば、
「…酔って覚えていない相手にしか素直な感情を伝えられない俺の方が面倒、だな」
自覚はあるのだが、なかなか上手くいかない。
愛情というのは効率的には進まない面倒な感情だ。