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    pduce1012

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    pduce1012

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    キスブラ

    付き合ってます。

    ストロベリームーン 『今日の二十時、セントラルホテル四十階のレストランで。到着したらレセプションで俺の名前を伝えるように。』
     時計がもうすぐ十九時を回る頃、恋人から届いたのはたった二行のメッセージだった。半月ぶりのデートの誘いとは思えないほど素気ないそれは、もはや召喚命令に近い。仕事終わりにパブに向かっていたオレは、メッセージを読むなり方向転換してセントラルホテルに向かった。結局、暴君サマの命令に従ってしまうくらいには、オレもお前に会いたい。
     
     デートの誘いに浮き足立って直行したはよかったが、ホテルのロビーに到着した途端に自分の過ちに気が付いた。あ、ここ仕事着で来ていい場所じゃねぇわ。いくらエリオスの制服がタイ付きといっても、上品にドレスアップした紳士淑女に囲まれると流石に場違いだ。あの育ちが良い御坊ちゃまが選んだレストランだということを完璧に失念していた。しかし、腕時計はすでに八時少し前を示している。あぁ、またブラッドに小言を言われるのだろう。久々のデートの時間が減ってしまうよりは小言を言われた方がマシだと自分に言い聞かせて、オレはエレベーターに乗り込むと、四十階のボタンを押した。

     レセプションでブラッドの名前を告げて通されたのは、レストランの奥にある個室だった。高層階のレストランらしく一面がガラス張りのその部屋では、既にブラッドが席に着いていた。重厚感を演出するためか暗めに設定された空間で、テーブルの上に置かれたキャンドルがブラッドの端正な顔を照らしている。透き通るように白い肌がオレンジ色の炎で照らされて、やけに艶かしく見えた。
    「なんだよ、お前も制服かよ。」
    「さっきまで仕事だったのは俺も同じだ。着替える時間が無かったから、個室を用意してもらった。」
    「それならそう言っとけよな〜。心配して損したぜ。」
     全く、コイツはオレ相手だとフォローが雑になるよな。制服のままでいいならそう言えっつの。それにしても、こんな高そうな店で個室をさらっと用意して貰えるとかビームス家の人間はどうなってるんだ。ひとり心の中でぼやいていると、ブラッドが既にコース料理を予約していたようで、ウエイターがアペタイザーを運んできた。オレは腹が空いていたこともあって、綺麗に盛り付けされた野菜をペロリと平らげてしまった。一方のブラッドは、お上品にひとくちひとくち味わいながら食べている。全く、この男は所作の一つさえ美しい。次の料理が出てくるまで手持ち無沙汰で、でも目の前の恋人を注視するほどの度胸もなくて、窓の外に視線を投げやる。さすが四十階。街の光は小さく、空はやけに近く見える。ふと、夜空に浮かぶ月に違和感を覚えた。
     「今晩の月は随分と赤いんだな。いや、赤っつーか、ピンクか?」
     オレが問いかけると、ブラッドは頷いてみせた。今夜の月は、ストロベリームーンというらしい。大気の影響を受けた月が、一年に一度赤みがかる。今夜がまさにそうなのだとブラッドは言った。
     「キース、お前が月に言及するなど珍しいこともあるものだな。」
     「オレをなんだと思ってんだよ。月を見ながら飲む酒は美味いからな〜。今日の月をツマミに飲んだら、ストロベリーの味がしそうだ。」
     そうだ、せっかくこんな良い店に来て、月が綺麗に見えるのだから、美味い酒を飲むに限る。ウエイターを呼び止め、グラスワインをオーダーする。ブラッドは飲みすぎるなと釘を刺してきたものの止めはしなかった。
     「アカデミーで出会ったばかりの頃のお前は、月明かりなど煩わしいだけだと言っていたのに。」
     ブラッドは静かに目を伏せると、懐かしむような声色でぽろりと溢した。
     あの頃のオレにとって、明るい夜は都合が悪かった。光のない暗い夜の方が、道を外れたことするにも人目に付きにくい。そんな訳で、ガキの頃は月を愛でたこともなければ、美しいと感じたこともなかった。今思えば、あの頃のオレは『美しい』という尺度を持ち合わせていなかったのだ。使えるか、使えないか。高く売れるか、売れないか。生きるために必要な物差しなんて、それぐらいのモンだ。足元を見てなきゃすくわれる、そんなオレの人生には、頭上で輝くものなんてどうでもよかった。
    「まあ、月なんて見上げたって腹は膨れなかったからな。」
     オレの口からこぼれた返事は、思ったより皮肉に聞こえた。運ばれてきたメインディッシュのステーキに、オレは無遠慮にナイフを突き刺した。溢れ出る肉汁を見つめながら、自分の目には月の光より血肉の方が馴染むなと思った。カチャ、と机の向こうから食器があたるような音が聞こえた。あんなに上品に食事する男が音を立てるなんて珍しい。ちらりとブラッドに目をやると、ナイフとフォークを美しく握った白い手が止まっているのが見えた。
     「…すまない、お前の過去について言及したかった訳ではない。」
     お堅い表情こそいつものブラッドだが、言葉の節々からコイツの動揺が伝わってくる。こういう奴だよな、と思った。オレがどんなに酷い言葉をなげかけようが、コイツは眉ひとつ動かさない。それでいて、オレが少しでも自虐的なことを言うと、コイツは悲しそうに瞳を揺らすのだ。今も、マゼンタの瞳は次の言葉を探して揺れている。
     ブラッドの不器用なやさしさに触れるたび、どこまでいってもコイツは綺麗なのだと思い知らされる。どんなに血を流そうと、返り血を浴びようと、その美しい顔が鋼鉄化してしまおうと。この男の体に一本通った芯のようなものは、醜くなんてならない。そんなブラッドに、羨望や嫉妬の眼差しを向ける奴らを山ほど見てきた。オレからすれば、コイツを負かしたいとか、追い越したいとか、そんな感情は全て徒労に思えてならない。月が空に浮かぶのが自然の摂理なように、ブラッド・ビームスという人間はこちら側には堕ちてこないのだ。その事実はオレにとってさみしいようで、同時にひどく安心する。お前はオレには綺麗すぎる。でも、こんなオレの横にいたって、お前が汚れることは永劫ないんだろう。
     「謝るなよ、オマエらしくねぇ。…綺麗だと思うぜ、今は。」
     ここの料理も美味いしなと続けると、やっとブラッドの肩の力が抜けるのがわかった。 
     「…そうか。お前はこういったレストランより、バーやバルを好むかと思ったのだが。今日の月があまりにも見事だったから、空がよく見えるこの店にお前を連れてきたくなった。」
     今晩、急に呼び出された理由って月だったのかよ。ブラッドが綺麗な月を見た時、会いたくなる相手がオレだという事実に年甲斐もなく動揺してしまう。コイツが、オレの前で時折見せるいじらしい仕草に、オレはひたすら心を揺さぶられている。なんだか気まずくなって、運ばれてきたワイングラスを手持ち無沙汰に月にかざしてみる。深紫のワインに透けて見えるストロベリームーン。ガキの頃はあんなに遠くに見えた月が、今はこんなに近くに見える。重力をひっくり返せば、今にもオレの手元に落ちてきそうなそれは、お前によく似た色をしている。
     「キース。」
     不意にブラッドに名前を呼ばれて、我に帰る。テーブルの向こう側にいるお前は、こちらを真っ直ぐに見つめていた。相変わらず無愛想な顔で、でもその瞳はストロベリーみたいに甘く色を溶かして、口を開いた。
     「今夜は、ここのホテルの部屋をとってあるんだが」
     コイツの、こういうところだ。こちら側には堕ちてこないくせに、オレを惑わせてやまない。
     「お前はどうする?」
     どうやら、月がピンクに染まる夜もあれば、自ら降りてくる夜だってあるらしい。答えはイエスに決まってるだろ、あほあほビームス。
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    pduce1012

    TRAININGキスブラ

    付き合ってます。
    ストロベリームーン 『今日の二十時、セントラルホテル四十階のレストランで。到着したらレセプションで俺の名前を伝えるように。』
     時計がもうすぐ十九時を回る頃、恋人から届いたのはたった二行のメッセージだった。半月ぶりのデートの誘いとは思えないほど素気ないそれは、もはや召喚命令に近い。仕事終わりにパブに向かっていたオレは、メッセージを読むなり方向転換してセントラルホテルに向かった。結局、暴君サマの命令に従ってしまうくらいには、オレもお前に会いたい。
     
     デートの誘いに浮き足立って直行したはよかったが、ホテルのロビーに到着した途端に自分の過ちに気が付いた。あ、ここ仕事着で来ていい場所じゃねぇわ。いくらエリオスの制服がタイ付きといっても、上品にドレスアップした紳士淑女に囲まれると流石に場違いだ。あの育ちが良い御坊ちゃまが選んだレストランだということを完璧に失念していた。しかし、腕時計はすでに八時少し前を示している。あぁ、またブラッドに小言を言われるのだろう。久々のデートの時間が減ってしまうよりは小言を言われた方がマシだと自分に言い聞かせて、オレはエレベーターに乗り込むと、四十階のボタンを押した。
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