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    lalapapa_kikaku

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    ライネリオ誕生日 ②6/8/2021

    ②6/8/2021トントントントン。
    リズミカルな包丁の音。
    下着が肌にまとわりつく、暑い。
    シュゥ、グツグツ。
    鍋で何かを煮ている音。
    鼻腔をくすぐる、懐かしいマッマの手料理の匂い。
    ザ、ザザ。ジー…
    『—競技大会、サッカーはいよいよ皆さまお待ちかねのブラジル対スペインの最終決戦!正念場を明日に控えた選手たちの様子を取材——』
    懐かしいカセットからのラジオ放送。
    夏季休暇で、俺は…
    そうか。故郷に帰ってきていたのか。

    今は何時だ。
    身体を起こすと、自分が一階リビングのソファで寝ていたことに気がつく。視線を少し上にずらせば、幼い頃から見慣れたフクロウ形の時計がこちらを見つめる。17時も半分を過ぎた頃だ。
    キッチンの窓からは橙色の夕暮れが差し込み、マッマの頼れる背中が、そのシルエットが目に入る。

    「おや、リオ。起きたんだね!」
    「あ、うん…マッマ」
    「アンタ昼飯食ってからちょっと休憩する〜って行って、今もう何時さね!」
    「夕方、だね…」
    「もーー、いいよ。そのままゆっくりしてな!どうせ新しい仕事でずっと気を張ってて、その疲れがドッときたんでしょうが」
    「あはは、そうかも」

    去年の12月の中頃。俺はエリクセン探偵事務所に雇われた。なかなか自分に合う仕事が見つからなくて、最終的にアイスクリーム屋さえも解雇された俺を、先生は快く迎え入れてくれた。
    「真実」の求道者たる探偵を、俺は心から尊敬している。いつかそんな人の元で働けたらいいなと思っていた。
    西へ、北へ、バックパッカーをしていた時、一枚の古びたチラシが俺を先生の元へ導いてくれた。まったく、あの時のサブウェイの店主には頭が上がらない。
    俺はそのチラシの何に惹かれたのだろうか。
    いや、きっとこれを人は運命と言うのだろう。
    オランダを超え、深夜鉄道でドイツを跨ぎ、はるばるデンマークの北の地まで来てしまった。
    「もう半年以上か…」
    俺の体感では、まだ数週間も経っていない気分だったが、あの雪の降る日は遠くなっていた。

    「それで仕事はどうだい?」
    「仕事。うん。とても刺激的で、そして楽しい。」
    「初任給だから!って、わざわざアタシに髪飾りを贈ってくれるなんてちょっともぉ〜〜!
    私キュンキュンしちゃったわよ!」
    「へへ…その様子、気に入ってくれたんだね」
    「なんでアンタに今まで彼女が出来なかったのか不思議なくらいよぉ。イイ男に育ってくれてるはずなのに…」
    後ろ姿だけど、照れて笑いしわが濃くなるマッマの表情は容易に分かった。俺はどうも表情筋が硬いようで、彼女のような豊かな表情を未だに持ち合わせていない。

    陽が落ちてきたのか、外の景色がだんだん暗くなってくる。マッマがかけてくれたブランケットを膝にかけ、俺はもう少しだけマッマの厚意に甘えることにした。

    「助手になってからの仕事でさ、おじさんが何度も一緒に連れてくれた、あの経験が今役に立ってる」
    「ああ、もうあの兄貴ったら。幼い頃からリオを何処かに連れていく時、決まって
    『今後の彼のために必要な教育だ』
    なんて言うのさ!まったく!」
    「検死の様子とか見て、医者のおじさんは本当に凄いなって俺、思った。血とか、肉とか、臓物とか、中身が飛び出ていても冷静に状況を把握するんだもん」
    「そうねぇ。兄貴は検視官としても優秀だったのよね。でも結局今は、親父の製薬会社で副社長になった話はしたっけ?」
    「おじさん、副社長になったんだ!」
    「そうよぉ、リオの学費やら何まで全部おじさんがお金の工面してくれたんだから。全く、あの人はこんな可愛いリオに何を仕込んだんだか」
    「そっか。おじさんに直接お礼、言いたいな…大学に入る前に会ったのが最後か」
    「今はイタリアの本拠地でお仕事してるのよ…
    っと。ほら、長いシエスタは終わり〜!テーブルの準備、一緒に手伝ってくれるかい?」
    「Ok。」

    木造のテーブルに、刺繍が入った鮮やかなランチョマットを敷く。そしてカトラリーを置いて、水差しを用意して。真ん中にはマッマお手製の「うさぎ肉と鶏肉のパエリア」がドンと置かれる。
    「そしてアタシらにはかかせない」
    「会話の潤滑油」
    「「Mahou」」
    カッカッカッ。マッマの快活な笑い声がリビングに響く。俺は冷蔵庫から2人分の瓶ビールを取り出して、カンと机の角でキャップを外す。カチと瓶を打ち鳴らして、乾杯だ。
    「いただきます」
    相変わらずマッマの表情が見えづらいが、いつもの週末の楽しい食卓は変わらない。
    少し塩辛いパエリアを頬張って、ビールを飲む。最高だ。
    「うまい」
    「そりゃなによりで」
    普段は硬い口も段々緩くなってくる。

    「おじさん、イタリアの…どの辺り?」
    「確かだーいぶ南の方だったはずよ」
    「でも直ぐに行けるよ!南にずっとまっすぐ行けば、ドイツを超えて、オーストリアも通って、直ぐそこだ」
    「あら、アンタちょっと何言ってるの。ここからイタリアに行くには西に行かなきゃ行けないでしょうが」
    「だって俺は昨日先生に約束を取り付けて、ディナーを一緒に食べる予定だったんだから…予定…」

    あれ。今日の予定?

    「聞いてよマッマ。誰か知らないけど、孤島の洋館に招かれてヒヤヒヤしたら、美味しいご飯にポカポカお風呂、カジノにバーに、素敵なお部屋。修学旅行みたいな気分で、それで」
    「はいはい、学年末にはルフトハンザで国外旅行行って帰りに事件に巻き込まれた話、もう何回も聞いたわよ。珍事件だったわね〜」
    「えぇ、そう、アムステルダムの空港のカジノ……空港のカジノ?いや違う。俺は古風な館に招かれて」
    先生と一緒に、小旅行的なものを楽しんだ。服装は、そう、揃いのグレーのダブルスーツ。



    「リオ君、まさかユニ○ロの…いや、あの会社が悪いとは言わないんだけれど、その服でお呼ばれした場所に行くつもり?」
    「えぇ。俺、これ以外のまともなスーツは実家に置いてきてしまったので。郵送でマッマに送ってもらう手もありますが…」
    「うん、決まった。今日はこの後事務所は休業」
    「もうお店を閉めていいんですか?一体なにを…」
    「洋服、買いに行くよ」
    身だしなみから人の価値は見定められるんだよ。
    そう言って先生は自身と揃いでスーツを仕立ててくれた。



    ビールの泡が弾けている。
    スープの中に入っているこれは何だったっけ。
    カチャリ、とマッマがフォークを置いた音が、急に静かすぎるように感じるリビングに、よく響いた。
    『準決勝では0対1でスペインが見事に勝利を収めましたね〜。同じくメキシコと戦ったブラジルと明日対戦することになりますが、ここでスポーツ記者部の方に解説をお願いしましょう』

    「オリンピックのサッカーでは、スペインが優勝したんだ」
    覚えている。
    少し遠出して、気の知れた友人や先生と一緒にバルでサッカーの観戦をした。そこで初めて先生がお酒に強いことも知ったし、ちょっと仲良くなれた気がした。
    『明日8月7日の12時半から、決勝戦はスタートです』

    おかしい、ありえない。2021年8月6日の存在しない過去に、今、俺はいる?

    ここは思い出の中じゃない。夢でもない。

    思わず席を立ち上がる。
    「こーら、お行儀が悪いでしょうが。最低限のテーブルマナーはアタシが教えたでしょう?」
    逆光でマッマの顔が見えない。
    過去を思い返しているわけじゃない。でもここは間違いなく、俺が幼少期から親しんだ故郷のリビングだ。ラジオも、テレビも、身長を刻んだ柱も、ウサギの人形も、食器棚の中身も、全て寸分狂わず、俺が家を出た時のそのままだ。

    じゃあ、今日の予定、最後の記憶は?

    「僕はちょっと…他のお店に寄ってくるね。リオ君は先に事務所に帰って、お部屋の準備しててくれない?」
    「分かった、先生。待ってます」
    自室の部屋を綺麗に掃除していたら、ドアを回す音が聞こえた。「おかえり」と先生を迎えようとした。直後、ガラスの割れる音、明らかに数の多い足音。

    一歩、二歩、後退りをする。目の前にいるマッマは、本当に、本当の俺のマッマなのか?
    震える手で、チラとスマートウォッチを見ようとした。
    「腕時計、ない」

    今は、何月何日だ?
    ここは、何処だ?
    「仕方ないのよ、リオ。兄貴の頼みは断れないもの。」

    グワんと急に視界が歪みだす。立っていられなくなり、膝をついて、どうにか意識を保とうとするも、何かに引きずり込まれるかのような感覚が全身を襲う。
    マッマの温かい手が俺の頬を撫でた。
    「おやすみ、坊や」


    11/25/2021 21:00
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