たいやき「あ、やべ玄関」
「ぬ?」
年季の入ったストーブが動いてはいるが何処からかやってくるすきま風で部屋はひんやりとしている。汗ばんだ肌が冷えないようにくっつき合ったまま布団にくるまっていた。お互いの四肢の先まで余すところなく触れ合った身体はおよそ清潔とは言い難くとも、このまま抱き合って眠ることが何より心地良いのだと知っているから掛け布団の下で身を寄せ合う。
「玄関?」
突として聞こえてきた言葉に眉間のしわがよる。疑問符をつけて単語を反復すると後悔の色濃い唸り声が布団を通り抜けて部屋に響いた。
「どーした」
「さむっ」
大きな身体がすこし向きを変えると新しい空気がふたりの間に入りこんだ。続けてぱさりと布団がめくられて黒髪と顰めた顔が覗く。人肌の熱れが去った布団にすがるように動いた手をすかさず捕まえた掌はじんわりと温かい。
「あー……。あーあ」
「んだよ、さっきっから」
「……玄関に置きっぱ」
「なにを」
「たい焼き」
「あ!?」
間髪おかず掛け布団が宙に舞い、どすどすと足音が床につたう。
「さみぃよう」
「あ! コレか!?」
一段と冷えきった廊下にぽつんと佇む紙袋がひとつ。嗚呼そういえば、と玄関から招いた時に恋人の腕にあった茶色い紙袋を想起した。侘しい気持ちでそれを手に取るとしっとりとした質量を感じる。中を開けると冷えきって息もしていない四ひきの鯛がこちらを向いていた。
「よーへえ!」
「……だってドア閉めるなり抱きついてきたじゃんか」
「た、たい焼きがあんなら後にしたわいっ」
「あっそう。どーせ俺はたい焼き以下ですよ」
廊下を通って聞こえてくる声が思ったよりも消沈していたので少し慌てて部屋に戻る。シーツの上で半裸のまま自分を抱きしめて丸まっている姿は申し訳ないがいじらしく見えた。
「拗ねてんのか」
「拗ねてねー」
「ショゲんなよ」
「ショゲねーし」
紙袋を片手にしたまま傍らへしゃがみ、鳥肌が立っている腕を撫でる。
少し反省した。ほかほかの筈だったたい焼きがひんやりとしている衝撃のあまり、つい責めるような物言いをしてしまったこと。さぞ喜ぶだろうと勇み買ってきた土産をかちかちに冷やしてしまってすっかり落ち込んでいる恋人に対する仕打ちではなかったかもしれない。
「ようへい」
〝冗談だよ、ありがとな〟ってもし立場か逆だとしたら言ってくれたろうと思う。俺はどうしても言えない。たぶん小っ恥ずかしくて。
「ほらよ。天才が文明のリキであっためてきてやるから包まってろ」
掛け布団と毛布で簀巻きにされ、抵抗するすべなくわしゃわしゃと頭を撫でられてもむっつりとした顔を保っている。
「これぜんぶ餡子か」
「……ひとつクリーム」
「おれが食っていーのか」
「ん」
「みっついーのか」
「いいに決まってんだろ」
いつも勝手に食うくせに、とボヤいた口は毛布の影でよく見えない。こういう洋平は珍しいから目に焼き付けておいた方がいい、とその彼氏が心の中でつぶやいた。
だってもしもこれがあいつら三馬鹿と一緒のときだとしたら〝あーワリ。まあ冷えてても食えんべ〟とか笑いながら言う。或いは俺と二人きりだとしても、暖かい日だったりシーツの上じゃなければ〝やっちったわ。これレンジすんのってラップ要る? 〟とかになるはずだ。洋平はノリとカッコつけをいい塩梅で使いこなす奴だから。自分のポカは笑い飛ばすか立て直すタイプ。
「……なんだよ。それチンしねーの」
こういう泥みたいになってる洋平はきっと俺しかしらない。一年前は俺だって知らなかった。
「するぞ。ラップもする」
「へー」
「もうちっと後でな」
まだ観察していたい。その視線を感じとってか布団の海苔巻きは居心地悪そうにごろんと転がった。