晴日抜けるように晴れた日グランサイファーの甲板には心地よい風が吹き抜け、洗い立ての真っ白なシーツやタオルがパタパタと靡いている。
壁に凭れ物思いにふけるエルモートは、清々しく風を受ける洗濯物を眺めながら小さくため息をついた。
『しばらく艇を降りる事になった』
パーシヴァルから突然聞かされたその言葉に何も言えなくなった自分に驚いた。
『兄上に国政の手伝いをして欲しいと頼まれてな…』
色々と詳しく話してくれたはずなのに最初の言葉ばかりが渦巻いてほとんど覚えていない。
新しい鎧の紅い色が綺麗だなとか、刀身の炎が力に満ちていていいなとか、関係ない所は覚えているのに。
先日のやりとりを思い出しながらまたぼんやりと洗濯物を眺めていると、慣れた気配が聞きなれない足音で近づいてくるのに気がついた。
「珍しい所にいるな」
こんな晴れた空の下、せめても日陰は選んだけれど明らかに似つかわしくないという事はエルモート自身が一番自覚している。
「辛気臭ェ顔してねェで日に当たって来いって追い出されたンだよ…」
はためく洗濯物を眺めたまま告げる。
今朝、余所事に気を取られ過ぎて珈琲さえ飲めなかったのをスフラマールに見つかり、あれやこれやと言い募られ気がつけば洗濯物と共に閉め出されていた。
単純作業は確かに気晴らしにはなったが、黙々とこなした為にあっという間に終わってしまい今に至る。
「…俺のせいか?」
事の成り行きを聞いていたパーシヴァルが深刻そうに溢す。
「なぁンでだよ」
凭れていた壁から離れ、パーシヴァルへと向き直り努めて明るく返した。
真新しい紅い鎧は晴天の空にも良く映える。パーシヴァルの美しい炎そのものの様だ。
「いつか来る事だったろォ?」
それが今になっただけ。
お互いに大切な人との終の別れの過去がある。
それに比べれば華々しい門出だ。
寂しくないと言ったら嘘になるけれども。
「生きてりゃそのうち会えンだろ」
「それは、そうなんだが…」
歯切れ悪く言うパーシヴァルの様子にエルモートの大きな紅い耳がふよふよと揺れる。
「…パーシ、」
呼び掛けようとしたところで、元々僅かだった距離を詰めたパーシヴァルに抱きすくめられる。
「このまま、攫ってしまえたらいいのに」
ぎゅう、と力の籠る腕に閉じ込められる。
肌に触れる金属が少しだけ冷たい。
離してくれそうにも無いので、観念するように肩口に頭を預け耳でふわりと頬を撫でてやる。
「…待っててやるよ」
生憎と他に行く場所もないし、この艇に乗らなければそもそも会うこともなかった縁だ。
幸いこの艇の旅路はまだまだ続くだろうし。
「アンタが俺を忘れなきゃイイけどな」
「忘れたりするわけが無い」
自嘲気味に笑えば、きっぱりと言いきられた。
「お前こそ忘れてくれるなよ?」
抱きしめていた身体を離し紅色の瞳が金色を見つめる。
「どォだかなぁ」
その瞳が自信に満ちた見慣れた色だった事に安堵して、エルモートはニヤリと笑い普段通りの軽口を返す。
「おい」
「冗談だって」
ケラケラと笑えば、それを咎める様に柔らかな唇の感触に口を塞がれ、ほんの僅かな間触れあってからゆっくりと離れていった。
「こンなとこで…」
今居る場所を思い出してかぁ、と頬に熱がこもる。
「忘れないでくれ」
ひどく真剣な顔で言ってからまたぎゅうと抱きしめられる。
何度も見つめた紅色を、燃え盛る心を移した様な炎を、仄かに香る匂いを、優しく触れる暖かさを、忘れることなどできるものか。
言葉を返す代わりに広い背中に腕を回し、少しの隙間も無くすようにぴたりと頭も寄せる。
真新しい生地の匂いの奥から仄かにいつもの香水の香りと暖かな炎を感じる。
離れても忘れない様にひとつでも多くの事を刻んでおこうと、エルモートは少しだけ腕に力を込めた。