終幕僅かに残った灰を巻き上げて一陣の風が夕日で染まる戦場を吹き抜ける。連戦を重ねた古戦場も閉幕を迎え島はひっそりと静まり返り、渦巻く炎も今は消え失せ見る影もない。熱を無くし冷え切った戦場は寂しさすら感じた。
多分それは迫る別れの時を想わせるからかもしれない。
グランと他の団員達が先に艇へと戻り閑散とする焼けた平野を、エルモートは手近にあった大きめの岩に座りぼんやりと眺めていた。長い外套の裾が少し冷えた風に揺れぱたぱたと音を立てる。
(終わっちまったなァ)
目を閉じればまだすぐそこに揺れる炎が見える。
美しく愛しい紅い紅い真っ直ぐな炎と、それを操る紅い騎士。
噛みしめるように思い出して短く息を吐きアーソンを両腕で抱え直す。
(存分にやれたか?)
幼い頃からの相棒を撫で慈しむ様に頬を寄せる。
己が身から溢れる魔力を抑制する為に造り上げられた大きな杖の上部、輪から十字に伸びる尖りの部分にあしらわれた赫色の魔石が応えるようにチリリと煌めいた。
「…妬けるな」
「なァにが」
背後から近づいて来ていた気配の主が苦笑混じりに言うのに、振り返らないまま笑い言葉を返す。
「俺も労ってくれ」
傍らに歩み寄ったパーシヴァルは炎そのものの様な紅い鎧と豪奢なサーコートが汚れるのも厭わず、流れる様な所作で跪きエルモートを仰ぎ見る。立てた膝に置かれた紅い篭手には細かい傷が見て取れ、こちらを見上げる顔もいつもより少し疲れが滲んでいる気がする。
「…まァ、ずっと闘い通しだったしなァ」
砂埃を払うついでにこんな時でも整ったままの紅い髪を梳くように撫でれば、騎士は甘えた猫の様に目を閉じ頬を擦り寄せてくる。滅多に見せない仕草が何だかひどく愛しく思えてしまってじわりと胸が熱くなった。
「お疲れサン」
そう言ってから髪を撫でた両手で頭を引き寄せ覗く額に口付けをひとつ落とす。閉じられていた双眸が驚いた様にぱちりと開き、次いで頬に朱が差した。
「…お前」
「なンだよ、労ってやってンだろ」
ギザギザの歯を覗かせてエルモートが悪戯に笑い屈んでお互いの額を合わせる。赤い耳が覗く黒いフードが閉じ込める様に2人の視界を覆う。
「…いつまで、居れンだ?」
忙しい合間を縫って古戦場の為に招集されたパーシヴァルは、事が済めばまたウェールズへと戻らなければならない。分かっている事だけれど寂しさが拭いきれず僅かに声のトーンが落ちる。
「明日の討伐が終わるまで、だな」
闘いきった古戦場とは別に明日はまた違う敵が現れるのだとグランから説明があったのを思い出す。
「そっか」
強敵だと言っていたから落ち着く暇は無いかもしれないとつい残念に思ってしまい、合わせていた額を離しパーシヴァルの肩口へと懐く様に頭を乗せエルモートは小さくため息を吐く。
「だが、明日は俺達じゃ無くても良いらしいから」
魔術師らしい薄い背中を慰めるように優しくさすり、抱きしめる腕に力を込める。
「良かったらデートでもすれば?だそうだ」
招集を受けた初日に編成の相談をしていたグランから言われた言葉をそのまま伝えると、頬に擦り寄っていた赤い耳がぴこりと揺れる。
「デート…」
「するか?」
こんな戦場しかない島でどうやってとも思ったが、それよりも連日の戦闘でお互いに草臥れているのを思い出す。
「…ゆっくり、したい」
もぞりと身体を起こし少し照れた様に言うエルモートに紅い瞳がゆるりと微笑む。
「そうだな」
同意を返しながらもう一度額を合わせ、今度はパーシヴァルから薄い唇にキスを送る。僅かな間触れるだけの短いキスは小さく音を立てて離れ、ごく近い距離で金色と紅色が見つめ合う。
「そろそろ戻るか」
気がつけば夕日も欠片を残すだけとなり、夜が迫る空にはいくつか星も出始めていた。戻らなければ団長達が探しに来るかもしれない、そう思ってもなかなか立ち上がれ無いのは疲れだけではなく名残惜しいから。
言葉を返せないまま気まずそうに揺れる金色に、パーシヴァルが笑う気配がする。なンだよ、と言う前に背中に回っていた腕にぐいと引き寄せられ抱きしめられたと思った瞬間、ふわりと身体が浮いた。
「なっ…!?」
横向きに抱えられたエルモートはさながら騎士に抱かれる姫君の様で、恥じらいどころか真っ直ぐな羞恥に藻掻く。
「暴れるな、落ちるぞ」
「じゃあ降ろせよ!」
涼しい顔で言われ叫ぶように反論を返すと腕の力が強まり、そのままの体制でぎゅうと抱きすくめられ緩く燃える紅い瞳が至近距離で不敵に笑う。
「断る」
きっぱりと言い切ってからパーシヴァルは痩身を抱きかかえたまま歩き出す。暴れたせいでぐらつき落ちそうになる体に、つい反射的にしがみつくと騎士が満足気に笑ったのが分かった。ほんの少し前までは草臥れた猫の様で可愛気すらあったのに今はもう見る影もない。
小さくため息を吐いてからフードから覗く赤い大きな耳を不服そうに伏せ不満気に口を尖らせてアーソンを抱いた腕を組み、エルモートはもう全てを諦めて大人しく運ばれる荷物に徹することにした。
︙
艇につく前に激戦を共にした鴇色の六枚羽をもつ火の天司に見つかり、少し驚いた後に慈しむ様に微笑まれてしまい、暴れ出した荷物は運び手の腕をすり抜け全力の炎撃を放つのだった。