お菓子と悪戯赤と紫のジャムクッキー、カボチャのフィナンシェ、マーブル模様のパウンドケーキ。
甘い匂いと心地いい温かさにエルモートは知らず鼻歌混じりに調理を進めていく。
グランサイファーに乗ってから何度目かのハロウィン。今年も賑やかになりそうだなと、開店前のラードゥガで子ども達に配る焼菓子を作りながら思う。
年を追うごとに増える団員たちを賄う為に、という建前で思う存分炎を扱えるイベント事の1つでもあるハロウィンがいつの間にか楽しみになっていた。
ほどよい色に焼き上がったナッツのクッキーを粗熱を取るために大きめの木皿に移している所で開けっ放しの扉をノックする音が聞こえた。
驚いて顔を上げればラードゥガの入口でパーシヴァルが柔らかく笑う姿が目に入る。
「随分と愉しそうだな」
いつもなら気配で気がつくのに、思いの外夢中になっていたらしい。少し気恥ずかしくて耳がふよふよと揺れてしまった。
「…今日は依頼があるって」
そう聞いていたのに目前の彼は鎧ではなくゆったりとした部屋着に身を包んでいる。
「早めに事が済んでな、少し前に戻ってきた所だ」
そう言いながらカウンターの椅子に腰を下ろす。
「…なンか飲むか?大したモンは出せねェけど」
ファスティバならともかく、たまにここを借りる程度なのであれこれと弄るわけにもいかない。
「任せる」
にこりと微笑む騎士に適当に相槌を返してから、たしか紅茶があったはずだと棚を探す。四角い缶に入ったそれを見つけ、湯を沸かす間にティーポットやカップを見繕い並べていればパーシヴァルがふと笑う気配がした。
「…ンだよ」
「いや、初めは面倒だなんだと言っていたのにと思って」
「誰かサンが口煩くご指導下さったからなァ?」
そう言いつつもエルモートはどこか愉しそうなまま慣れた手つきで紅茶を煎れていく。紅茶の香りが焼菓子の甘い匂いと混ざり穏やかな空間にふわりと広がった。
「それにしてもすごい量だな…」
いつもは宵っ張りの団員たちをもてなすラードゥガのカウンターに、今はところ狭しと焼菓子が並んでいる。
「…団員もだいぶ増えたからなァ」
貰えない奴が居るよりは余った方がいいだろ?と言えば
「…俺の分は?」
「ン?」
しげしげとたくさんの焼菓子を眺めてからパーシヴァルが言葉を投げる。紅茶をだした後、次は何を焼こうかと思案していたエルモートの赤い耳がぴこりと跳ねた。
「無いのか?」
「ヤ、えっと…」
無いわけではない、というか何にしようか迷いながら作っていたのもあってこの有り様だったりするのだが…。もちろんそれは口にしない。
「何がいいンだ?って聞いたところで、」
「お前がくれるものなら何でも良い」
当然、という顔で返してくる炎帝にだと思ったと目線だけで応え肩をすくめる。
「あぁ、むしろ無くても良いのか」
何かを閃いたようにパーシヴァルが言い、不敵な笑みを浮かべた。
「悪戯、させてくれるんだろう?」
カウンター越しに伸びてきた手がエルモートの手を捕らえ、長い指が薄い手の甲をなぜる。言葉の奥の意味と思わせ振りな指先に、頬に熱が集まるのを感じ思わず目をそらす。
流されるまいと一息おいてから
「…イチゴタルト」
「?」
「イチゴのマフィン」
「……」
パーシヴァルの方は見ないまま作る予定だった菓子を挙げていく。
「ストロベリーパイ」
黙って聞いている騎士の握ったままの手がぴくりと反応を返してくる。
「ストロベリーチーズケーキ」
「…エルモート」
呼ばれた名前に振り向けば何とも言えない顔で照れた様に笑うパーシヴァルと目が合う。
「どれが良い?」
ニヤリと笑い返しながら改めて聞いてみる。
「味も保証出来るぜ?」
「そこは疑ってない」
彼が隠しているつもりらしい好物は、もはや知らない者の方が少ないのではないかと思う程度の秘め事なのだが
「誰から聞いた?」
やはり気にはなるらしい。
「聞かなくても分かるって」
気になる相手の好みなんて、嫌でも目に入る。パーシヴァルのように分かりやすいなら尚の事。
「で、ドレにする?」
もう一度聞けば、降参したように嘆息したパーシヴァルが両手を挙げる。
「お前が1番好きなやつがいい」
「オーケイ、じゃパイだな」
そうと決まれば、と必要な器具を並べていく。
うまくかわされて少し悔しげなパーシヴァルが、すっかりさめた紅茶を啜るのを横目に見てから
「そうだ、お返しは悪戯でもイイぜ?」
くつくつと笑いながら告げれば、思わぬ言葉に紅茶を無理矢理に飲み込んだパーシヴァルがげほげほと派手に噎せる。
吹き出さないのは流石だな、と感心しつつ成功した悪戯にエルモートは思わず声をあげて笑うのだった。