火ともし頃ツバサが一時的な留学、という形でグランサイファーに乗り込んでから数ヶ月。
艇での生活にも慣れ、団長から少しずつ買い出しや装備のメンテナンス等々、ツバサにでも出来る簡単な手伝いを頼まれるようになり、やっと騎空団の一員になれてきた気がして少し嬉しく思えていた。
「今日はコレをお願いしたいんだけど」
そう言って渡されたのは夜になると灯るグランサイファーのランタンの1つだった。
「ランタン?」
「コレをね、暗くなったら点けるんだけど…」
ふむふむと説明を聞いていると、後ろから声をかけられる。
「今日のオテツダイはそれかァ?」
聞き慣れた声に眼を向ければ黒いフードから大きな紅い耳を覗かせたエルーンの姿があった。
魔物の討伐から戻ったらしい彼からは少しだけ炎の匂いがする。
「おかえり。早かったねエルモート、もう少しかかると思ったけど…」
「聞いてたより小振りな奴が相手でなァ燃やし足りねェ位だ」
にやりと笑う口の端からギザギザの歯が見える。
相変わらずガラの悪い風体だ。
マナリアで臨時教師をしていた時はだいぶ猫を被っていたんだな、というのは艇に乗って数日後に再開した際に思い知った。
「あ、それなら後はエルモートにお願いしてもいい?」
「アァ?」
「ツバサの事」
にっこりと微笑む団長に対し眉根を寄せたエルモートが2人を眺めていたツバサを見やり、次いで手にしているランタンへと視線が移る。
「僕よりエルモートの方が詳しいし!」
よろしくね。と本人の了承を得る前に言い残し団長は行ってしまった。
「…まァ、いいけどよォ」
去り行く団長の背を見送ってエルモートはがしがしと首の辺りを掻き、しょうがねぇなと大袈裟にため息をついてからツバサに向き直る。
「ドコまで聞いた?」
手に持ったままのランタンを長い爪の指が示す。
「まだ全然」
ツバサが素直にふるふると首を振ると、丸投げしやがって…と小さく舌打ちされてしまった。
「とりあえずソレ持って付いてこい」
「ウス」
いちいち悪態はつくものの何だかんだ気にかけてくれているのは分かっている。
マナリアでは教師と生徒としてだけでなく、それこそ色々と世話になった。
いつかその恩を返そうと心に決めている。
前を行くエルモートの細い背中を眺めながら決意を新たにしていると、沈みかけた夕日が照らす甲板に出た。
「いい塩梅だなァ」
空を仰いだエルモートが柔らかく笑う。
黄昏時の夜と昼の混ざった空が炎に似た紅い色によく似合うと思った。
ゆっくりと振り返りこちらに向けられた金色に何故かドキリとしてしまう。
「…ツバサ?」
どうした?と名前を呼ばれて我に返り慌てて側に寄る。
「なんでもねぇ…」
不思議そうな顔をされたが、自分にもわからないのでとりあえず今は置いておく事にした。
「…で、このランタンが艇の甲板と中とで何個かあるから」
「全部点けりゃ良いんだな?」
「まァそういうこった。ちょうど魔法の練習にもなンだろ」
説明をしながらツバサの持つランタンにエルモートが手を翳すとふわりと火が灯る。
詠唱も呪文もなく当然になされるソレがどれだけ凄いことなのか、知識を得るたびに思い知らされる。
「最初はひとつずつやってって、慣れたら何個かまとめてやってみな」
「まとめて…?」
こんな風に、とエルモートが甲板の所々で揺れているランタンを見て手にしていた杖を振るう。
近い所から順にぼ、ぼ、ぼ、と音をたてて見える範囲のランタンに次々と火が灯っていく。
「……は?」
「距離と力加減覚えりゃいーんだよ」
「んな軽く言うんじゃねぇよ…」
「くれぐれも艇を燃やすなよ?」
くくく、と意地悪く笑い目を細める。
「わーってらぁ!」
悔しくて思わず声を張る、それすらも眼前の元教師には面白い様で
「おーおー元気だなァ」
ケラケラと愉しそうに笑われてしまった。
「…てんめぇ!」
人を小馬鹿にした様な態度がさすがに頭にきてメンチを切るつもりで勢いよく顔をあげ怒鳴りつけてやろうと口を開いた所で、ひどく優しげに笑うエルモートと目が合い言葉が詰まる。
「まァ、少しずつやってきゃイイさ」
マナリアで落級の生徒に勉強を教えている時にたまに見せていた顔。昼と夜が混ざり始める頃の夕方みたいな、あたたかで優しいばかりの笑顔。
ツバサの困惑には気づかないままエルモートはぽんぽんと特徴的な髪型の頭を撫でる。
せっかくセットしてる髪が崩れるだとか、子ども扱いするなとか言いたい事は浮かぶけれどどれもうまく言葉に出来なかった。
何か言ってしまえば、優しい笑顔が消えてしまう気がして。
「…ツバサ?」
俯き黙りこんでしまったツバサを不思議に思いエルモートが声をかける。
「先公、オレ頑張っから」
暗くなり始めた甲板に溶けて馴染む2人分の影を見つめたままツバサが呟く。
「頑張っから、見ててくれよ」
がばりと上げられた顔には決意の眼差し。真っ直ぐすぎるそれにエルモートは少しだけ驚いてから目を細めた。
「あァ。ちゃんと見ててやるよ」
精々頑張れ、と再び頭に伸ばされた手を今度は掴まえて止める。
「…セットが、崩れんだろーが!」
いくつか浮かんだ内の文句の1つをとりあえず口にして、ドキドキとなる心臓の音には気づかない振りをした。