このクソな世界を守って(1) この世界はクソだ。母親は物心ついたときには俺におっさん相手にカラダを売らせた。その母親はビッチで俺の父親はどこの馬の骨だかわからない。学校の教科の中で唯一、音楽だけは好きで得意で、まともな家に生まれていたなら吹奏楽の強豪高校とか、音大とか、行きたかったけど、クソ母親と一緒にいたくなくて十五で家出していたからそれどころじゃなかった。
倫生(みちお)の人生はそんなじゃない。俺と同じく母子家庭育ちではあるが、家出なんかはしていなくて、貧しい暮らしだが、母親は倫生を愛している。羨ましいと思う。だが、嫉妬心を攻撃性に変換して傷つけるんじゃなく、俺の手で倫生を守りたい。倫生はいい子だから。天使みたいにいい子だから。
その日はいつもみたく、倫生と二人で街を歩いていた。倫生は都会が好きだ。人見知りの僕だからこそ、知り合いのいない都会の中心が好きなのだと倫生は言う。なんとなく、俺にも理解できる気がする感性だった。だから、ずっと一緒にいるのかもしれない。俺たちは五歳と十歳からの幼馴染で、俺が家出したあとも交流は続いている。
二人で歩いていると、倫生がショーウィンドウの前で足を止めた。ガラスの向こうではロリィタ服を着たマネキンが飾られており、藍色で統一されたふりふりひらひらの豪奢なコーディネートに倫生は見惚れていた。
「…着てぇの?」
俺が聞くと倫生はびくっと肩を跳ねさせた。
「買えないよ。バイト代は学費に充ててるから使えないし、僕の家、貧乏だから、母さんには到底、ねだれない…」
倫生は俯いた。
「欲しいのか? って、聞いてんだよ」
俺が強めの口調で言うと、倫生は消え入りそうな声で
「……欲しぃ…」
と答えた。俺は満足して頷く。
「よし来た。兄ちゃんが買ってやらぁ」
俺はスマホを取り出し、手ごろな“客”を探す。そのスマホを操作する手首を倫生が掴んだ。
「お兄ちゃんが僕のために“何をして”お金を稼いでいるか、大学生にもなればとっくにわかってくるんだよ。いつ止めようかって、ずっと躊躇ってたけど」
倫生が初めて、俺のプレゼントを拒んだ。しかも、俺が倫生の欲しいものを買ってやるために売春をしていたことも、全部見透かされていた。
(やっぱり、世界はクソだ…)
俺は心の中で呟き、下唇を噛んだ。